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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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黄金のマリア

 枝葉瑞穂の身体が仲間たちの前で、スローモーションのように舞った。

 虚を衝かれた知覚が見せた幻惑だったが、それだけに映像は鮮明で、五人の網膜に焼き付いた。


 ドサッ!


 感覚が時間に追いつき、錯覚が解ける。

 床に叩きつけられた瑞穂は、糸の切れた人形のようにピクリともしない。


「瑞穂!」


 走り寄ろうとした隼人との間に、もう一体の “黄金の彫像(ゴールドスタチュー)” が割って入る。

 瑞穂が融解させた最初の一体よりも細身で、洗練された体躯。


「女か!」


 絶句したのは月照だった。

 初めて嘆願した “神癒(ゴッド・ヒール)” で隼人を全快させた満足感が、一瞬で吹き飛ぶ。

 二体目の警備員は柔らかな曲線の肢体を模した、“女型(めがた)の彫像” だった。


「月照! 瑞穂を癒やせ!」


 隼人が怒号する。

 実際、隼人の中では怒りが渦巻いていた。

 不意を衝かれて行動不能になった挙げ句、貴重な “神癒” を消費させた。

 さらには冒険者が最も警戒しなければならない『戦闘に勝利した直後』にまたも奇襲を受け、仲間を――瑞穂を負傷させてしまった。

 リーダーとしても盾役(タンク) としても失格だ。


「それよりも “神璧(グレイト・ウォール)” だ! 奴の動きを封じろ!」


 五代 忍が短剣(ショートソード) を逆手に構えたまま怒鳴り返す。

 “黄金の彫像” の攻略法は、直前に瑞穂が示している。

 まずは目の前の敵を倒し、安全を確保する。

 負傷者の治療はそれからでいい。


「どっちだよ!?」


「枝葉は熟練者(マスタークラス)だ!」


 躊躇(ちゅうちょ)する月照に向かって再度、忍が怒鳴る。

 熟練者である瑞穂の生命力は100を超える。

 致命傷はない。


「“神璧” だ!」


「よ、よし!」


 隼人からの指示の変更を受けて、すぐに月照が祝詞(しゅくし)の詠唱を始める――。


「だ、駄目だ、速すぎて囲えねえ!」


 小柄で細身なだけに “女型の彫像” の動きは、一体目より数倍も敏捷だった。

 瑞穂にしても、パワーファイター型で比較的動きの遅い一体目&無詠唱の魔道具(マジックアイテム)を使ったからこそ、成功したのである。


 タンッ! タンッ!


 まるで空手の三角蹴りの要領で積み上げられたインゴットを蹴り、“女型の彫像” が跳躍、回避と同時に攻撃に転じる。

 槍のような跳び蹴りが、月照を襲う。


 ダンンッッ!


 月照をかばった隼人が盾で、その一撃を受け止めた。

 強烈な蹴撃(しゅうげき)が重装備の隼人を吹き飛ばしかけ、支えた月照ともども後ずらせた。


「なんて奴!」


 斬りかかる間合いがつかめずにいた佐那子が、刀の柄に手を添えたまま叫ぶ。

 男型(おがた)と同等の打撃力に、はるかに優る敏捷性。


「一体目よりもずっと手強い――こっちが本命よ!」


 “女型の彫像”がゆっくりと、パーティに向き直る。

 美しく輝き、氷のように冷徹。

 古典SF映画(メトロポリス)に登場するアンドロイド(マリア)に似ている……と、痺れた腕で盾を構え直す隼人は思った。


「瑞穂の戦棍(メイス)を拾え!」


 隼人が指示を出す。

 “聖女の(メイス オブ)戦棍( セイント)” とは言っても、職業(クラス) が僧侶であるなら性別に関係なく使える。

 月照が持つ “粉砕するもの(メイス+1)” よりも強力で、何より “神璧” を無限に嘆願できる。


「借りるぜ!」


 月照が気を失った瑞穂に駆け寄り、側に転がっている戦棍に手を伸ばす。


「うおっ!?」


 前衛が防ぐよりも速く “女型の彫像” が動き、月照の妨害に出た。

 黄金の美女の()()をすんでの所で避けた月照の総身から、冷たい汗が噴き出す。

 戦棍は慌てた月照自身に蹴り飛ばされ、遠くに転がった。


「俺の誕生日は七月四日! 黄金聖闘士は大嫌いなんだよ!」


「……確かにデスマスクみてえな顔だ」


 ジリジリと背後に回り込みながら、忍が呟く。

 盗賊(シーフ) の短剣であの金属の身体に致命傷を与えるのは、まず不可能。

 (Hide in)れる( Shadow) からの不意(Sneak)打ち(Attack) を狙うにしても、そもそも魔法生物(リビング スタチュー)に急所があるのか。


精核(コア)! ゴーレムなら精核があるはず! それを潰して!」


 恋が叫ぶ。


「でもどうやって!?」


「結局バラバラにするしかなさそうだ――やるぞ!」


 佐那子に答えるや否や、隼人が斬りかかった。

 光速の機動で魔剣の斬撃を回避する “女型の彫像”

 阿吽の呼吸で佐那子が抜き打ちを放つ。

 彫像の左腕が肘から落ちる。


「やった!」


 快哉する恋の目の前で “女型の彫像” が、積み上げた延べ棒の山に欠損した腕を接触させた。

 インゴットが泡立ち、流体化した黄金がすぐさま新たな左腕を形作った。


「そんなのありかよ!?」


 絶句する月照を背に、佐那子が刀を鞘に戻す。


(……手強い!)


 回復力もさることながら、今のは首筋を狙った必殺の一刀だった。

 それを腕一本を犠牲に防いで見せたのである。

 魔法生物とは思えない戦闘センスだ。

 枝葉瑞穂はよくぞ、こんな化け物を屠ったものだ。

 その機知には畏敬の念すら覚える。


(負けるものですか!)


 佐那子の中で闘志が燃え上がる。

 彼女がライバルと認めた存在は、これまでにひとりだけ。

 自分と同い年の、やはり剣の道を志す少女だった。

 瑞穂はふたり目だ。


(最大の脅威はやっぱり速さ! あの動きを止めるにはどうしたらいい!?)


 彫像の動きを止めるのに瑞穂は、四枚もの “神璧” を張った。

 その上で弱点である炎の加護を使った。

 通常なら中規模範囲に噴き上がる火柱を障壁の中で一本化し、黄金の身体を溶解させた。

 見事な機知、見事な閃きだ。


 しかし、同じ手は使えない。

 障壁を張るための魔法の戦棍は “女型の彫像” の後方に転がっていて、すぐに拾える状況ではない。


(それなら反対をやるまでよ!)


「恋、枝葉さんの反対! 足を止めて!」


 以心伝心。

 佐那子の真意はそれだけで、親友に伝わった。

 唱えられるこの日二度目の “氷嵐(アイス・ストーム)” !

 ここぞという時の集中力が、呪文無効化能力五〇パーセントの壁を打ち破る。


 それでも放たれた無数の氷刃を、持ち前の高速機動で回避する “女型の彫像”

 マスターニンジャですら及ばぬ速さでカミソリよりも鋭い氷の嵐を、ことごとく(かわ)してみせる。


 しかし瞬間的に中規模範囲に伝播した冷気の範囲外までは出られない。

 熱伝導率の高い身体が真っ白な霜に覆われ、極低温が内部にまで浸透した。

 両脚が凍り付き、それでも動こうとした膝から下が砕け散る。

 修復したくても周囲のインゴットもまた、凍り付いている。


 瑞穂が炎なら、佐那子と恋は氷。

 瑞穂が集約なら、佐那子と恋は拡散。

 まったく逆の方法でふたりは、二体目の “黄金の彫像” の動きを封じたのだ。


「今よ! 氷が解ける前にトドメを刺して!」


 前衛の三人ばかりか戦棍を拾った月照までもが群がりよって、氷結し動きの鈍った黄金の美女(マリア)を滅多打ちにした。

 砕かれた身体から転がり出た真紅の精核を、隼人の鉄靴(サバトン)が踏み砕く。

 戦いはようやく終わった。


 誰もが疲労にへたり込みそうになるのを堪えて、残心の構えをとる。

 戦闘に勝利した直後の弛緩。

 同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 三体目の警備員は現れなかった。


「瑞穂!」


 安全が確認され、やっと倒れたままの瑞穂に駆け寄る隼人。


「大丈夫、気を失ってるだけ」


 打擲(ちょうちゃく)に加わらず瑞穂を守っていた恋が、動揺する隼人を安心させる。


「“神璧” を張っていて助かったね」


気付(きつ)けを使ってくれ」


 隼人は安堵の息を吐いて、恋に頼んだ。


「……ひでえ有様だな」


 疲れ汚れきったパーティの惨状に、月照がトホホ……な表情を浮かべた。


「……今回はとんだ骨折りだ」


「……成果なしを積み上げていくのが迷宮探索よ」


 そう言った佐那子の声にも力がなく、顔色は疲労でドス黒かった。


「……今日はもう「そうでもないみたいだぜ」」


 隼人が撤収の指示を、忍の声が上書きした。


「どうやら誰かが掘ってたみたいだな」


 視線の先。

 崩れたインゴットの陰から現れたもの。

 それは何者かが穿(うが)った隧道(トンネル)だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 黄金聖闘士のせいで、牛座と蟹座と魚座の扱いがひどくなりましたよねw
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