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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
535/659

黄金の試練★

 押し開かれる扉から溢れた光がサッと、網膜を刺しました。

 視界を埋め尽くす黄金の輝き。

 金色(こんじき)の光の洪水に、全員が顔を背けました。


 一秒……二秒……。


 瞳孔の調節が追いついてきたところで恐る恐るかざしていた腕を下げ、目を開けます。

 息を呑む光景が……広がっていました。

 広大な空間いっぱいに積み上げられた……インゴット(延べ棒)


「すげえ、これが全部、金なのかよ……」


 呆けた顔で呟く早乙女くん。


「迷宮金貨で何枚になるかしらね。何千枚? 何億枚?」


 田宮さんの声はどこか冷めていました。


「今となっては無価値だ。必要なのは鋼鉄だけで……」


 隼人くんの言葉が、田宮さんの心情を説明しています。

 悪魔王によって地上が滅ぼされた、この時代。

 貨幣経済は衰退して久しく、黄金の価値は著しく減じています。

 融点が低く金属としては非常に柔らかい金は、農工具はもちろん、武器や防具にするにも適しません。


「はは……虫歯になったら来ることにしようぜ」


「金歯を入れられる歯医者さんがいるならね……」


 誤魔化すように笑った早乙女くんに、安西さんが小さく吐息をつきます。


「他の出入り口を探そう。この様子だと望み薄だろうが……」


 隼人くんが冴えない表情で指示を出します。

 価値をなくしたとは言え、多量の金塊を保管している金庫です。

 搬入口が複数あるとは思えません。


 それでもわたしたちは、インゴットに塞がれていない壁を調べて回りました。

 さすがに搬入口を金塊で塞ぐような真似はしないでしょうから、他に出入り口があればすぐに見つかるはずです。

 しかし……。


「駄目だな。他に扉はねえよ」


 一通り金庫の壁を調べて回ったあと、早乙女くんが顔を振りました。


隠し扉(シークレット・ドア)もないな。見えてるのは全部ただの煉瓦(れんが)壁だ」


 詳細に内壁を調べた五代くんも同意します。


「どうするの?」


「今日はもう撤収しよう。おそらくこの大金庫が、銀行(エリア)の最奥だと思う。ここからどこにも抜けられない以上――」


「隼人くん、それはなんです?」


「なに?」


 徒労感の滲む田宮さんと隼人くんの背後に、わたしは異変を見て取りました。

 積み上げられた黄金のインゴットが、まるで水銀になったように流体化し――。


 ボグゥ!!!


 一撃された隼人くんが吹き飛ばされ、天井まで積み上げられたインゴットの山にツッコミます。

 崩壊する金塊の山。


「志摩くんっ!?」


接敵(エンゲージ)!」


 悲鳴を上げる田宮さんの横で、五代くんが短剣(ショートソード) を逆手に抜き放ち叫びます。

 流体化したインゴットが形作ったのは黄金の人型。

 金色に輝く生ける彫像(リビング・スタチュー)――。


挿絵(By みてみん)


黄金聖闘士(ゴールドセイント)かよ!」


 仰天する早乙女くんに向かって、田宮さんが叫びます。


「ここはわたしが抑える! 志摩くんを助け出して!」


「援護します!」


 わたしは魔法の戦棍(メイス)を掲げて封じられている加護を解き放つと、田宮さんの横に立ちました。


「あの相手には、刀よりも戦棍でしょう」


「言ってくれるじゃない。達人が振るう刀は南蛮鉄だって断つのよ」


「よほど柔らかい金の素っ首くらい――ですか?」


「そういうこと」


(大丈夫! 隼人くんの生命力(ヒットポイント)装甲値(アーマークラス)なら、大丈夫! 息さえあれれば、早乙女くんがいます!)


 例え金塊の山に埋もれても、 今の隼人くんなら耐えられるはずです。


 軽口の叩き合いはそこまで! とばかりに “黄金の彫像” が再び拳を振り上げました。

 重く鋭い一撃。

 魔法や竜息(ブレス)はなさそうですが、その分物理攻撃に秀でたパワーファイターのようです。


 軽い横ステップで回避したわたしたちの至近を巨大な拳骨が通過し、金庫室の床を破砕します。

 張り巡らせた “神璧(グレイト・ウォール)” が飛び散った破片を弾くよりも速く、わたしと田宮さんは反撃に転じていました。


 打撃と斬撃がほぼ同時に “黄金の彫像”を襲います。

 掌に返ったのは、痺れを伴う硬い感触。

 切り込みと凹みが付きましたが 、金色の守護者(ガードマン)にはほとんど痛痒を与えていないようです。


「思ったよりも頑丈ね! 装甲値が低いわ!」


「金属の中では柔らかいだけですから! “鉄巨人(アイアンゴーレム)” よりはマシということでしょう!」


 答えながら、頭の中で策を練ります。

 隼人くんの救出と治療が終わるまで、時間を稼がねばなりません。


(金の弱点としてパッと思い浮かぶのは “王水” ですが、この状況では入手も化合も不可能です! 熱も電気も通しやすいので炎と雷の魔法は有効でしょう!)


 わたしは前回のレベルアップで熟練者(マスタークラス)であるレベル13になり、最高位階のふたつの加護を授かりました。

 そのうちのひとつが、天空から諸神(もろがみ)の怒雷を呼び落とす “神威(ホーリースマイト)” です。

 聖職者の “対滅アカシック・アナイアレイター” とも言える、強力な攻撃魔法ですが……。


(“神威” は広範囲(複数グループ)攻撃魔法! この状況では全員が感電してしまいます!)


 広大な貯蔵庫の大部分は、天井近くまで積み上げられた金のインゴットが圧しています。

 バトルフィールドはその間に残された細い通路のみ。

 導電性の高い狭隘(きょうあい)な場所に雷を落とせばどうなるかは、()()()()()()()明らかです。


 残るは熱――炎ですが、わたしの願える炎の加護は第四位階の “焔柱(ファイヤー・カラム)” のみで、あの程度の熱量ではこの “黄金の彫像” を止めることはできないでしょう。

 そもそもこの手の “魔法生物系” の魔物は、呪文や加護に対する抵抗力が高いことが多いのです。


(せめてわたしに、パーシャのような魔法制御力があれば!)


 炎の呪文を一点に集中してレーザーのように錠前(じょうまえ)を灼き切れる魔法制御力があれば、あるいは――。

 雷が落ちたのは、()()()()()でした。


「田宮さん、わたしの後ろに!」


「どうする気!?」


「悪巧みです!」


 答えるや否や、わたしは右手に握っている魔法の戦棍を振りました!


 二振り! 三振り! 四振り!


 無詠唱で発現した “神璧” が四方から “黄金の彫像” を囲い込みます!

 魔物の耐呪(レジスト)能力に関係なく動きを封じられますが、永久品の “聖女の(メイス オブ)戦棍( セイント)” でなければ出来ない贅沢な芸当です!


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ!」


 そして今度こそ祝詞(しゅくし)を唱えます!

 嘆願するのはもちろん炎を加護、“焔柱” !

 複数の火柱が四枚の “神璧” で囲まれた狭い空間で、一本の大火となって燃え上がります!


「なにをしたの!?」


「“神璧” と “焔柱” の合わせ技です。炎の加護を無理矢理一点に集中させました」


 猛炎に炙られ “黄金の彫像” が融解を始めます。

 それでも感情も痛覚もない魔法生物です。

 溶けながらも平然と半透明の障壁を叩く姿には、言いようのない不気味さと憐れみを覚えます。


 と突然、半ば以上融解した “黄金の彫像” が跳躍しました。

 唯一塞がれていない、頭上の空間に気がついたのです。


「塞いでいなかったの!?」


「炎の加護には酸素が不可欠です。密閉はできません」


 わたしは冷静に答えました。


「ですが、ここまでです」


 “黄金の彫像” は障壁を飛び越えたところで活動限界に達し、倒れ伏しました。

 溶けた身体が床の破損部に流れ込み、最後に自ら砕いた床を塞いで、黄金の警備員は役目を終えたのです。


「よく思いついたわね」


 田宮さんが残心の構えを解きながら、笑顔を向けました。


「今回は運良く」


 わたしは微笑み返し、すぐに振り返ります。

 隼人くんが五代くんと安西さんに、助け起こされているところでした。

 早乙女くんが疲労の滲んだ顔で汗を拭っています。

 “神癒(ゴッド・ヒール)” を使ったのでしょう。


「大丈夫ですか?」


「ああ、月照のお陰だ」


「まったく危ないところだったぜ」


「今日はもう帰ろう。これ以上は危ないよ」


「まだだ!」


 安西さんの言葉を五代くんの鋭い警告が打ち消しました瞬間、バラバラになるような衝撃が全身を襲いました。


「瑞穂!」


 迷宮で一番、危険な瞬間……。

 それは戦闘に勝利した直後……。

 隼人くんが受けたのとまったく同じ奇襲を、わたしも受けてしまったのです……。

 意識を失う寸前に見たものはわたしを見下ろす、一体目よりもずっとほっそりした “女型(めがた)の彫像” でした……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 黄金聖闘士の名前とイラストの乖離っぷりが酷いですね。 牛だとしても、外見が違いすぎるかとw
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