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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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金庫破り

「安西のお陰で助かった」


 隼人くんが兜の半面頬(バイザー)をあげて、プハッと息を吐きました。


「あとでアヒルさんにお礼をしないとね」


 はにかむ安西さん。


 厚く苔むした床から、わずかに浮く身体。

 “反発” は “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” さんから教わった(まじな)い(呪文)です。

 足裏が床から浮き上がるので陥穽(ピット)などの罠に掛からなくなり、跫音あしおともしなくなるため魔物に察知される危険も下がります。

 安西さんが事前に施していた新呪文が、ズルズルに滑りやすい床での戦闘で決定的なアドヴァンテージをもたらしたのです。


「集中力が切れていたようです。休息を摂って悪い流れを変えましょう」


 警戒することなくスイッチを押してしまったのは、良くない兆候です。

 リフレッシュが必要でした。

 わたしの提案は受け入れられ、パーティは血臭漂う “盗賊(シーブズ)” の死体からできるだけ離れてキャンプを張りました。

 魔除けの聖水で魔方陣を描き、内側に車座になります。


生命力(ヒットポイント)精神力(マジックポイント)も減ってないのに、妙に疲れた……」


 早乙女くんが胡座(あぐら)の両膝に手を置いて、ガクッと肩を落としました。


「ほんと、一回しか戦ってないのに」


 同意する田宮さんの顔にも、疲労が滲んでいます。


「初見の階層(フロア)ですから、目に見えない消耗が激しいのでしょう」


「今日はもうトキミさんのところに戻るべき?」


 安西さんに訊ねられ、わたしは黙り込みました。

 戦闘は一度だけ。

 その一度も完勝で、生命力も精神力も減ってはいません。

 今のところは『気疲れ』をしただけです。

 ですが――。


「むずかしいところです。わたしは以前にも “龍の文鎮(岩山の迷宮)” で、今と似た状況に遭遇しました」


 迷宮の二層と四層を果てしなく彷徨(さまよ)い続け、遭難寸前にまで陥った、“フレンドシップ7” 最大の危機。


「あの時も “まだ行ける” が “本当に行ける” だったのです。迷宮探索には状態(ステータス)には表せない『流れ』があります。油断、慢心、緊張、恐怖。目に見えないデバフが徐々に歯車を狂わせて、気がついたときには手遅れになっている――その『流れ』を読むのはとても難しいのです」


「だからって状態が充分なのに引き返してたら、いつまで経っても探索は進まない。ここで戻ったらセキュリティーがリセットされて、次回はまた最初から――なんてこともあり得るしな」


「ええ、それは確かにそのとおりです」


 五代くんの意見に、わたしはうなずくしかありません。

 今ここで引き返したとして、次回の探索が今回以上に上手くいくとは限らないのです。


「探索は続ける。生命力も精神力も充分な以上、今日の成果を無駄にはしたくない」


 隼人くんが探索の続行を決め、他のメンバーも賛同しました。

 わたしもそれ以上は何も言わず、判断に従います。


「安西、現状を説明してくれ」


「うん」


 隼人くんにうながされ、安西さんが車座の中心に地図を広げました。


「今いる場所がここだよ。大文字の “G”」


 羊皮紙には二×二区画(ブロック)の玄室が複数と、それを結ぶ回廊が描き込まれていました。

 さらに玄室には大文字の “A” から “F” が、回廊には小文字の “a” から “f” が記されています。


「大文字がスイッチで、小文字が『四つの円盤』だな?」


「そう――この部屋の “G” は “警報(アラーム)” の罠だったから、対応する小文字はないの」


「A、B、C、D、E、F、G――なんだ、行けるところはもう全部行ってるじゃねえか」


 アルファベットの歌みたいなフレーズのあとに、早乙女くんが首を捻りました。


「四つの円盤で開くのは、ひとつの方向だけじゃないんだよ――ほら見て、今まで開いてきた回廊は、最終的には三叉路になってるんだ」


 細く白い指を地図に走らせる安西さん。


「ううむ、となると “F” だけがまだ三叉路じゃねえな」


「だね」


 納得する早乙女くんに、クスッと笑う安西さん。

 次に調べる場所は決まったようです。


「水分を補給して、必要なら食事もしろ。交代で仮眠を摂ったら出発する」


 心身をリフレッシュするのに、睡眠は有効な方法です。

 危険な迷宮で熟睡はできませんが、短時間の仮眠なら摂ることができます。


「苔に “反発” のベッド、意外と寝心地がいいかも」


 身体を横たえ目を瞑ったわたしの耳に、田宮さんの声が聞こえました。





 休息を終えたわたしたちは “ジググルーの信託銀行” の探索を再開しました。

 適宜な水分補給と食事、仮眠のお陰で集中力は戻り、頭にかかっていた(もや)が霧散した感じです。


 パーティは玄室のスイッチと回廊の円盤を操作し、新たなルートを拓いていきました。

 途中でまた何度か “警報(アラーム)” の罠を発動させましたが冷静に対処し、逆にいくつかの戦利品を得ました。

 そして安西さんが小文字の “m” を記した回廊の先に、その扉は現れたのです。



“金塊貯蔵庫。許可なき者の立ち入りを禁ず。おまえのことだよ!”



「「「「「「……」」」」」」


 扉の注意書きを読んで、言葉を失うわたしたち。


「ま、まぁ、銀行に忍び込むってことは、要するにこういうことだから」


 田宮さんがギコチナイ笑顔を浮かべます。


「なんか “ダイハード3” みてえになってきたな」


「“ジョニーが帰るとき” ……ですね」


 早乙女くんの述懐に、思わず同意してしまったわたしです。


「金庫ってことは当然いるよね……警備員(ガーディアン)


 全員の困惑の本質を突く、安西さん。

 まさしく、それこそが問題なのです。


「迂回路はなさそうか?」


「迂回路の迂回路な」


 隼人くんの言葉を、五代くんが訂正します。

 落盤で埋まった “時の賢者ルーソ” 様の研究室に辿り着くのが、今回の探索の目的です。

 裏口への迂回路を探しているうちに、今度は金庫を迂回するルートが必要になってしまいました。


「地図ではなさそう……」


 安西さんが地図を確認して、隼人くんに答えます。


「なら突入だ」


「でも金庫の中に迂回路がある?」


「それを確かめる」


 説得力のある言葉に田宮さんも納得し、五代くんが扉を調べに掛かりました。

 当然ながら、施錠されているようです。

 五代くんは解錠のため床に広げた盗賊の七つ道具(シーブズ・ツール)に手を伸ばしかけ――ふとわたしを見ました。


「枝葉、黄金の鍵だ」


「ああ、なるほど」


 五代くんの()()()に、わたしは思わず微笑みました。

 そして腰の雑嚢から、三層の “黄色い部屋” でショートさんが見つけた黄金製の鍵を取り出します。


「冴えてますね。金の貯蔵庫に金の鍵。確かに符号します」


「褒めるのは扉が開いてからだ」


 素っ気なくいうと、五代くんは手渡された鍵を慎重な手つきで扉の鍵穴に差し込み――。


 カチャンッ!


 耳に心地よい解錠音が響きました。

 肩を竦める五代くんにもう一度微笑んだとき、安西さんが怖い顔をしているのが見えたので、慌てて視線を逸らします。


「鍵を使ったんだから、金庫破りじゃなくなったよな?」


 早乙女くんが緊張の増した声で戦棍(メイス)を握り直します。


守護者(ガーディアン)はいるものとして行動しろ――行くぞ」


 剣と盾を構え、前衛のふたりに目配せする隼人くん。

 五代くんと田宮さんが重い扉に身体を押し当て、押し開きます。


 鬼が出るか蛇が出るか。

 それとも――。



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― 新着の感想 ―
[一言] 恋は少し積極的になったほうが良いですよね。 嫉妬するぐらいなら可愛いものかと。
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