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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
529/659

ローズ・ガーブ★

 力が拮抗し、ふたりの君主(ロード)の動きが止まる。

 実力は共に熟練者(マスタークラス)

 力量(レベル)もまったくの互角。


 ドーンロアの “貪るもの(カニバーン)” が+5相当の魔剣なのに対し、アッシュロードの双剣は大小ともに+3相当。

 ()が立たないわけではない。

 両者の決定的な違いは力量でも得物でもなく、まとっている “鎧” だった。


 アッシュロードの鎧は+4相当の強化が施された板金鎧(プレートアーマー)、悪の属性の者だけが身につけられる “悪の鎧(イビル・アーマー)


 ドーンロアのそれは、虹を紡いだとされる魔法の糸で編み織られた君主専用の鎧、“君主の聖衣(ローズ・ガーブ)

 布製の鎧(クロースアーマー)でありながら “悪の鎧” を上回る装甲値(アーマークラス)を誇り、これはミスリル製の+5相当の板金鎧に匹敵する。


 装甲値そのものは、法衣(ローブ)一枚分の差しかない。

 しかし “君主の聖衣” の真の価値は、装備者に付与される特殊効果にこそあった。


 すなわち、


 魔族(デーモン)動物系(アニマル)不死属(アンデッド)の魔物への攻撃力の増大。

 さらには剣の技量そのものを引き上げ、忍者の闘法である致命の一撃(クリティカル)さえ可能にさせる。

 加えて “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” と同程度の治癒効果(オート・リジェネ)までもたらす。


 忍者の “手裏剣(苦無)

 侍の “妖刀”


 に並ぶ、前衛上級職(エリートクラス)の三種の神器。

 故にボルザック商店での売値は100万 D.G.P.に達する。

 鎧としてこれを上回るものは “伝説(K.O.D.s)の鎧(アーマー)” しかないと言われる、限りなく伝説に近い武具なのだ。

 だがその “伝説の鎧” は今、アッシュロードではなくレットが身に着けている。


(なに、古女房だっていいもんだ)


 アッシュロードは一七年前 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” で手に入れて以来、自分を護り続けてきた鎧を気に入っていた。

 “君主の聖衣” のような派手な特殊効果はひとつとてないが、ただ鎧として持ち主を護る、その一点だけに鍛えられた無骨さが好きだった。


 シュリン……ッ!


 刀身が擦過音を立てるよりも速く、アッシュロードは跳び退っていた。

 左の頬が裂かれ、鮮血が噴き零れる。

 半瞬反応が遅れていればアッシュロードの(くび)は、胴から離れていただろう。


「次は、落とす」


「願い下げだ!」


 答えるや否や、黒衣の君主が逆襲に転じる。

 マスターニンジャ直伝の二刀流が、左右まったく別の生き物のような軌跡を描いて、純白の君主に襲いかかる。

 師である猫人(フェルミス)のくノ一から見ても充分に、皆伝を与えられる攻撃だった。


 しかし、双剣は空を切った。

 そのマスターニンジャすら及ばぬ身ごなしでドーンロアはトンボを返し、アッシュロードの斬撃を回避してみせたのだ。

 この通常では関節を痛めて行動不能になってしまう動きこそ、“君主の聖衣” がもたらす最大の恩恵だった。

 そして関節や筋に負ったダメージは、治癒効果で瞬時に癒やされる。


「関節を外して()()()()()ぐらいのことは出来そうだな」


「相も変わらぬ減らず口。聴くに堪えぬ」


 アッシュロードの軽口に、ドーンロアの巌の口元から唾棄の言葉が漏れた。


「墓場で遭ったときから思ってたが……おめえ、まるで俺を知ってるみてえな口振りだな」


「知っているとも。誰よりも――おまえよりもずっとな」


「俺も知らねえ間に有名人になったもんだ」


 減らず口を叩きながら、アッシュロードは打開策を悪巧む。

 ドーンロアを斬って捨てるのは困難だが、組み伏せるのはさらに至難だ。

 だからといって死力を尽くし我武者羅に斬り倒したとしても、相手は女王マグダラの()()である。

 寺院で蘇生させたとて、(のち)の展開は暗澹(あんたん)たるものだろう。


「そうして減らず口を叩く裏で姑息な手段を練り、相手を陥れる。やはり下郎よ」


(下郎下郎と、こいつらは本当に下郎好きだな。だが――)


「下郎に下郎といくら言っても、そいつは蛙の面になんとやらだ――ぜ!」


 ヒョイッ!


 (一部を除いて)自他共に下郎と認められているアッシュロードの手から、いつの間にか握られていた “とっておき” が放られた。

 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” で幾度となく男の窮地を救った投擲武器。

 範囲攻撃()()()()なので回避はできない。

 円筒形の容器に詰められた火薬が爆裂した。


 “君主の聖衣” の純白のマントが翻った。

 純白だが裏地だけが真紅に染め上げられた魔法の布地が、爆風と炎熱と()()を遮る。

 その死角を衝く、アッシュロード。

 棍棒のように振るわれた “悪の曲剣(イビル・サーバー)”がマント越しにドーンロアを強打し、打ち倒す――はずだった。

 しかし手応えはなく、文字どおり布を叩くような “ボスン”とした感触があるのみだった。


「まるで “吸血鬼(ヴァンパイア)” だな」


 ふわりと距離を取ったドーンロアに、アッシュロードが呆れる。

 関節を痛める人間離れした機動を見せたかと思えば、次は重力を感じさせない身ごなしで回避する。

 “君主の聖衣” をまとう人間と戦うのは初めてだが、“吸血鬼” とは何度も殺り合ってきた。

 ドーンロアの動きは、その “王” を彷彿とさせた。


「この程度の外連(けれん)で、我を抑えられると思うてか」


 音もなく着地したドーンロアが蔑む。


「ああ、もちろん思わねえさ。俺ひとりじゃおめえを斬り捨てるも組み伏せるのも、まったく至難の業だ。だが」


 アッシュロードも動じない。

 なぜなら――。


「六人でならどうだろうな」


 黒衣の君主には、頼もしい仲間がいるからだ。

 男の背後に立つ、五人の迷宮無頼漢たち。

 足下には悶絶し、昏睡し、戦闘不能になったドーンロアのパーティが転がっていた。


 王配ドーンロアが従えてきたのはリーンガミルの騎士団の中でも、選り抜きの精鋭だった。

 幾人かは過去に迷宮探索の経験も積んでいる、古強者(ヴェテラン)ばかりだ。

 そのリーンガミル最強のパーティが制圧されていた。


「役に立たぬ奴ら」


 今度こそハッキリと、ドーンロアの顔が侮蔑に歪んだ。


「降伏しろ。いくらテメエでも熟練者のフルパーティ相手は無理だ」


 迷宮で良編成のフルパーティが、どれだけの力を発揮するか。

 その力は個人から乗算的に高まり、魔王すらも打ち倒す。

 かつて “呪いの大穴” に挑み踏破したドーンロアは、誰よりも理解していた。


「ならば、打ち倒してみよ」


 しかし王配の誇り故か、ドーンロアは(かたく)なだった。

 “護るもの” の銘を持つ最高級の盾を構え、六人を相手取る。


「退かぬ、媚びぬのなんとやらか……」


 アッシュロードも双剣を構え直し、気魂を横溢(おういつ)させる。

 空間に殺気が充ち、急速に戦機が熟す。


 その時ドーンロアの魔剣が輝き出し、蒼白いオーラを立ち昇らせ始めた。

 周囲にみなぎる闘争心に呼応したのか。

 いや――違う。


「おい、自慢の鎧が反応してるぜ」


 アッシュロードはドーンロアに背を向け、“永光コンティニュアル・ライト”の届かぬ、回廊の先を見据えた。


 “君主の聖衣” の特殊能力。

 魔族、動物系、そして不死属への攻撃力増大(倍撃効果)

 脅威の接近に、聖なる鎧が魔剣の切れ味を増したのだ。


「……()デッドのお出ましだ」


 アッシュロードの引きつった声に呼応して、闇の中から “僭称者(役立たず)” が現れた。


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[一言] 空高について、最初は「よりにもよって”殺してでもうばいとる”なのかw」と思ってました。 けど、「そんな選択をする輩に、君主の聖衣や貪るものが力を貸すとは思えない」と考え直しました。 空高の真…
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