ローズ・ガーブ★
力が拮抗し、ふたりの君主の動きが止まる。
実力は共に熟練者。
力量もまったくの互角。
ドーンロアの “貪るもの” が+5相当の魔剣なのに対し、アッシュロードの双剣は大小ともに+3相当。
刃が立たないわけではない。
両者の決定的な違いは力量でも得物でもなく、まとっている “鎧” だった。
アッシュロードの鎧は+4相当の強化が施された板金鎧、悪の属性の者だけが身につけられる “悪の鎧”
ドーンロアのそれは、虹を紡いだとされる魔法の糸で編み織られた君主専用の鎧、“君主の聖衣”
布製の鎧でありながら “悪の鎧” を上回る装甲値を誇り、これはミスリル製の+5相当の板金鎧に匹敵する。
装甲値そのものは、法衣一枚分の差しかない。
しかし “君主の聖衣” の真の価値は、装備者に付与される特殊効果にこそあった。
すなわち、
魔族、動物系、不死属の魔物への攻撃力の増大。
さらには剣の技量そのものを引き上げ、忍者の闘法である致命の一撃さえ可能にさせる。
加えて “癒しの指輪” と同程度の治癒効果までもたらす。
忍者の “手裏剣”
侍の “妖刀”
に並ぶ、前衛上級職の三種の神器。
故にボルザック商店での売値は100万 D.G.P.に達する。
鎧としてこれを上回るものは “伝説の鎧” しかないと言われる、限りなく伝説に近い武具なのだ。
だがその “伝説の鎧” は今、アッシュロードではなくレットが身に着けている。
(なに、古女房だっていいもんだ)
アッシュロードは一七年前 “紫衣の魔女の迷宮” で手に入れて以来、自分を護り続けてきた鎧を気に入っていた。
“君主の聖衣” のような派手な特殊効果はひとつとてないが、ただ鎧として持ち主を護る、その一点だけに鍛えられた無骨さが好きだった。
シュリン……ッ!
刀身が擦過音を立てるよりも速く、アッシュロードは跳び退っていた。
左の頬が裂かれ、鮮血が噴き零れる。
半瞬反応が遅れていればアッシュロードの頸は、胴から離れていただろう。
「次は、落とす」
「願い下げだ!」
答えるや否や、黒衣の君主が逆襲に転じる。
マスターニンジャ直伝の二刀流が、左右まったく別の生き物のような軌跡を描いて、純白の君主に襲いかかる。
師である猫人のくノ一から見ても充分に、皆伝を与えられる攻撃だった。
しかし、双剣は空を切った。
そのマスターニンジャすら及ばぬ身ごなしでドーンロアはトンボを返し、アッシュロードの斬撃を回避してみせたのだ。
この通常では関節を痛めて行動不能になってしまう動きこそ、“君主の聖衣” がもたらす最大の恩恵だった。
そして関節や筋に負ったダメージは、治癒効果で瞬時に癒やされる。
「関節を外して腕を伸ばすぐらいのことは出来そうだな」
「相も変わらぬ減らず口。聴くに堪えぬ」
アッシュロードの軽口に、ドーンロアの巌の口元から唾棄の言葉が漏れた。
「墓場で遭ったときから思ってたが……おめえ、まるで俺を知ってるみてえな口振りだな」
「知っているとも。誰よりも――おまえよりもずっとな」
「俺も知らねえ間に有名人になったもんだ」
減らず口を叩きながら、アッシュロードは打開策を悪巧む。
ドーンロアを斬って捨てるのは困難だが、組み伏せるのはさらに至難だ。
だからといって死力を尽くし我武者羅に斬り倒したとしても、相手は女王マグダラの亭主である。
寺院で蘇生させたとて、後の展開は暗澹たるものだろう。
「そうして減らず口を叩く裏で姑息な手段を練り、相手を陥れる。やはり下郎よ」
(下郎下郎と、こいつらは本当に下郎好きだな。だが――)
「下郎に下郎といくら言っても、そいつは蛙の面になんとやらだ――ぜ!」
ヒョイッ!
(一部を除いて)自他共に下郎と認められているアッシュロードの手から、いつの間にか握られていた “とっておき” が放られた。
“龍の文鎮” で幾度となく男の窮地を救った投擲武器。
範囲攻撃あつかいなので回避はできない。
円筒形の容器に詰められた火薬が爆裂した。
“君主の聖衣” の純白のマントが翻った。
純白だが裏地だけが真紅に染め上げられた魔法の布地が、爆風と炎熱と視界を遮る。
その死角を衝く、アッシュロード。
棍棒のように振るわれた “悪の曲剣”がマント越しにドーンロアを強打し、打ち倒す――はずだった。
しかし手応えはなく、文字どおり布を叩くような “ボスン”とした感触があるのみだった。
「まるで “吸血鬼” だな」
ふわりと距離を取ったドーンロアに、アッシュロードが呆れる。
関節を痛める人間離れした機動を見せたかと思えば、次は重力を感じさせない身ごなしで回避する。
“君主の聖衣” をまとう人間と戦うのは初めてだが、“吸血鬼” とは何度も殺り合ってきた。
ドーンロアの動きは、その “王” を彷彿とさせた。
「この程度の外連で、我を抑えられると思うてか」
音もなく着地したドーンロアが蔑む。
「ああ、もちろん思わねえさ。俺ひとりじゃおめえを斬り捨てるも組み伏せるのも、まったく至難の業だ。だが」
アッシュロードも動じない。
なぜなら――。
「六人でならどうだろうな」
黒衣の君主には、頼もしい仲間がいるからだ。
男の背後に立つ、五人の迷宮無頼漢たち。
足下には悶絶し、昏睡し、戦闘不能になったドーンロアのパーティが転がっていた。
王配ドーンロアが従えてきたのはリーンガミルの騎士団の中でも、選り抜きの精鋭だった。
幾人かは過去に迷宮探索の経験も積んでいる、古強者ばかりだ。
そのリーンガミル最強のパーティが制圧されていた。
「役に立たぬ奴ら」
今度こそハッキリと、ドーンロアの顔が侮蔑に歪んだ。
「降伏しろ。いくらテメエでも熟練者のフルパーティ相手は無理だ」
迷宮で良編成のフルパーティが、どれだけの力を発揮するか。
その力は個人から乗算的に高まり、魔王すらも打ち倒す。
かつて “呪いの大穴” に挑み踏破したドーンロアは、誰よりも理解していた。
「ならば、打ち倒してみよ」
しかし王配の誇り故か、ドーンロアは頑なだった。
“護るもの” の銘を持つ最高級の盾を構え、六人を相手取る。
「退かぬ、媚びぬのなんとやらか……」
アッシュロードも双剣を構え直し、気魂を横溢させる。
空間に殺気が充ち、急速に戦機が熟す。
その時ドーンロアの魔剣が輝き出し、蒼白いオーラを立ち昇らせ始めた。
周囲にみなぎる闘争心に呼応したのか。
いや――違う。
「おい、自慢の鎧が反応してるぜ」
アッシュロードはドーンロアに背を向け、“永光”の届かぬ、回廊の先を見据えた。
“君主の聖衣” の特殊能力。
魔族、動物系、そして不死属への攻撃力増大。
脅威の接近に、聖なる鎧が魔剣の切れ味を増したのだ。
「……半デッドのお出ましだ」
アッシュロードの引きつった声に呼応して、闇の中から “僭称者” が現れた。







