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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
527/659

邂逅、再び

 迷宮の中層で対峙する、ふたつのパーティ。

 共に六人。

 そして共に熟練者(マスタークラス)の迷宮無頼漢(探索者)たちだった。

 “フレンドシップ7” の面々は誰もが一目で察し、緊張した。


 そうなのだ。

 突如現れた一党は全員が熟練者かそれ以上の力量(レベル)を持つ、古強者たちなのだ。

 良編成の熟練者のパーティが、地下迷宮でどれだけの力を発揮するか。彼らほど知り尽くしている者はいない。

 緊張せざるを得ない。


(いや、果たして探索者といえるのか)


 レットは眼前の一団の装備を見て(いぶか)しんだ。

 磨き上げられた鎧兜に盾。

 甲冑の上から羽織られた、豪奢な陣羽織(シクラス)

 実用一点張りで無骨な探索者のそれとは真逆の、華美な装備。

 まるで上級騎士の分隊(プラトーン)である。


 特に先頭の偉丈夫の装備が際立っていた。

 兜、鎧、籠手、盾、もちろん鞘に納められた剣にいたるまでが、華美であるだけでなく、圧せられるほどの力を放っている。

 中でも純白に輝く鎧の放つ存在感は、圧倒的だった。


「見たところ魔物の一群ではないようだが、俺たちに何か用か?」


 口火を切るレット。

 睨み合っていても緊張が高まるだけで、やがて抜き差しならない事態になる。

 探索者同士の斬り合いだけは避けなければならない。

 それは迷宮での絶対の不文律――禁忌(タブー)だった。


「下郎が! ドーンロア公であらせられるぞ!」


 偉丈夫に付き従う小柄な騎士が、兜の面頬(バイザー)を跳ね上げて叫んだ。

 房飾(ふさかざ)りつきのアーメット(クローズド・ヘルム)の内側から、若い女の顔が現れた。

 迷宮に不釣り合いなほどの麗貌だったが、探索者たちはその美貌よりも、彼女が口にした名に意識を奪われた。


 ドーンロア!


 それは紛れもなくこのリーンガミルの統治者、女王マグダラの王配の称号ではないか!


「ソラタカ・ドーンロア。カリス・ドーンロアの領主。公爵。転移者。男神カドルトスより “勇者” の聖寵を授かりし者。女神ニルダニスの試練を潜り抜けし当代の “運命の騎士” にして、至高の君主マグダラ・リーンガミルの配偶者」


 居住まいを正した女騎士が、朗々とドーンロアの名告(なのり)を上げる。


 戸惑うレットたち。

 だがここで片膝を折って頭を垂れるほど、愚かではない。

 礼を取らない探索者たちに、女騎士が殺気立つ。


「――迷宮での礼は不要」


 ドーンロア(偉丈夫)が女騎士を制し、こちらはゆっくりと面頬を上げた。

 “耐えるもの” ――の(めい)を持つ+1相当の魔法強化がなされた兜で “伝説の兜(K.O.D.sヘルム)” を除けば、“(グッド)” と “中立(ニュートラル)” の人間が装備できる最高の品である。


「我が用があるのは、おまえたちに非ず」


 (いわお)の塊を(のみ)で粗削りにしたような、硬い拒絶を含んだ声だった。


「では何を望む?」


 ドーンロアとは対照的な、黒い鎧をまとった男が前に出る。

 相手が魔物なら指揮を執るのは、パーティを束ねるレットの役目だ。

 だが王配ドーンロアとなれば、部隊(クラン)の統括者であるアッシュロードの出番だった。


「おまえたちが持つ、“鎧” と “盾”」


「そいつは出来ねえ相談だ」


 アッシュロードが言下に拒絶したその瞬間、ふたりの対照的な君主(ロード)の間で、目に見えない凄まじい闘争が発生した。


 白と黒。

 善と悪。

 光と影。


 暮れなずむの墓地での邂逅(かいこう)以来、予感していた対決が、早くも訪れたのだ。


「し、痴れ者が! 公に対する叛意はリーンガミル王国への――マグダラ陛下への叛逆ぞ!」


「なにいってんだい! あたいたちはそのマグダラ陛下に正式に認められた “義勇探索者” だよ! この国じゃ女王陛下より、その旦那の方が偉いっていうの!?」


 不可視の闘争に圧倒されていた女騎士がどうにか立ち直り怒号すれば、ホビットの少女が火の玉となって怒鳴り返す。


「その “鎧” と “盾” は本来ドーンロア公の物! 公は当代の運命の騎士ぞ!」


 女騎士の言葉に、ドーンロアの顔に嫌悪の色が浮かぶのを、アッシュロードは見逃さなかった。

 まるでドーンロア自身が、そのことを(いと)うているように見えた。

 それは極微かな変化だったが、ドーンロアが初めて見せた感情の揺らぎだった。

 だがそのわずかな揺らぎに気づいたのは、アッシュロードだけだった。

 パーシャがさらに応戦する。


()()()()()()()()なんて知るもんか! この “鎧” と “盾” はあたいたちが女神(ニルダニス)の試練を潜り抜けて手に入れたんだ! 文句があるなら女神様にいいな!」


「ならば我が武勇。その身に刻むが良い」


 ドーンロアの白銀の籠手に覆われた右手が、やはり白銀の鞘に納められた剣の柄を握る。

 もはや問答無用。

 いや最初からそんなつもりはなかったのだろう。

 通告に従えばよし。

 さもなければ――。


「迷宮最大の禁忌を破るつもりか」


 左右の手を両腰の剣に伸ばしながら、アッシュロードが最後の交渉を試みる。


「エルミナーゼは我が娘。下郎の手から救い出すに他人の――それも他国の人間の手は借りぬ」


「そうかい」


 ふたりの君主が同時に抜剣!

 ドーンロアの一閃を、アッシュロードが頭上で交差させた大小の魔剣で受け止める!


「こいつは俺が抑える! 他を制圧しろ!」


「「「「「了解!」」」」」


 仲間たちが力強く応え、即座に各々の役目を果たす。


 レットは女騎士と、カドモフは別の一番大柄な騎士と向き合う。

 フェリリルとパーシャが祝詞(しゅくし)と呪文を唱え始めたときには、ジグの気配が(かすみ)のように消えていた。


 バチバチと魔法の火花を散らす、三本の魔剣。

 そのうち最も長大なドーンロアの剣は、伝説の “退魔の聖剣(エセルナード)” を除けば、現存する魔剣で最高の切れ味を誇る銘 “貪るもの(カニバーン)

 +5相当にまで鍛え上げられた、凶悪極まる魔法剣だ。


 だがアッシュロードは気づいている。

 真に危険で脅威なのは “剣” ではなく “鎧”

 身につける者の剣技を数段に高める、純白の鎧だと。


 “君主の聖衣(ローズ・ガーブ)” がそれをまとうドーンロアの剣に、魔性の冴えをもたらす。



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― 新着の感想 ―
[一言] おぉ!君主の聖衣登場!! ぶっちゃけ、ゲームで12を争うぐらい好きな武具です。 君主の聖衣の今後の活躍を期待します!
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