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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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バージン・フロア

 (おと)なふ(もの)とてない真の闇、冥府(アビス)――。


迷宮(ダンジョン)をかつてそのように表した者がいたが、けだし名言だ)


 第三層に降り立ったアッシュロードは、立ち込める濃密な無音を前に思った。

 まるで『音を喰らう魔物』が巣くっているかのような、深閑とした闇。

 その姿は闇に溶けて見えず、触れず、気配も臭いなく、ただ小針が落ちるほどの微細な音さえ貪欲に喰らう。

 “林檎の迷宮” の第三層は、それまでの階層(フロア)とはまた違う殺気が漂っていた。


 アッシュロードの前に立つパーシャが、指輪に触れていた右手を離した。

 象嵌(ぞうがん)された大粒の宝石から溢れていた光が徐々に治まっていき、常時の輝きに落ち着く。


「“()0、()0” ――南西の角にいる」


 ホビットの地図係(マッパー)が顔を上げて、仲間に告げた。


()()()東西の壁は煉瓦造りの内壁。南にも回廊が延びている」


 盗賊(シーフ) のジグリッド・スタンフィードが『やれやれ』といった顔を “永光コンティニュアル・ライト” に浮かび上がらせた。


  “次元連結(ループ)” と呼ばれる仕掛け(ギミック)の一種だ。

 迷宮南西の角なら本来、西と南には厚い岩盤の外壁がなければならない。

 外壁は迷宮探索における重要な目印であり、自己位置を確認する際の基準となる。

 次元連結そのものに与傷性はないが、ただでさえ時空が歪み迷いやすい地下迷宮でさらに方向感覚と距離感を惑わし、マッピングの難易度を上げる陰湿な罠だった。


「でもこの造りには見覚えがあるわ。“林檎の迷宮” に変容する前の三層も、外壁が次元連結していたはずよ」


 エルフの僧侶(プリーステス)フェリリルが頭に叩き込んである、迷宮支配者(ダンジョンマスター)が帰還する以前の地図を思い浮かべていった。


「この階層に変化はないということか?」


 リーダーを任される戦士(ファイター)のレトグリアス・サンフォード――レットが訊ね返す。


「まって、そう考えるのは早計だよ。この階が以前のままなら、北に一区画(ブロック)いった突き当たりに内壁がないとおかしい」


 パーシャの言うとおり、北を見ても一〇メートルほど先に内壁はなく、回廊が続いている。

 魔術師(メイジ) でもある彼女の記憶力に疑念を挟む者はいなかった。


「……どちらにしろ地図は一から描き直す。固定観念は迷いの母よ」


 若きドワーフ戦士がむっつりと漏らした。

 左手に持つ聖銀の方盾(ヒーターシールド)に埋め込まれた金剛石が、迷宮の闇を払っている。

 “緋色の矢” が入手した “伝説(K.O.D.s)の盾(シールド)” は今、彼の短躯を守っている。


「カドモフの言うとおりだ。目の前にあるものに集中しよう」


 レットがドワーフの言葉を受けて、仲間たちに告げた。

 彼のまとう鎧もまた、聖銀の装甲に不滅の金剛石が輝く伝説の武具だ。


「それで、どっちに行くよ? 北か、南か」


 隊列の先頭に立つジグリッド――ジグが、レットに指示を仰いだ。

 北にも南にも回廊が続いているが、どちらもところどころ東西に脇道があるのが分かる。


「北に行こう。その方がパーシャがマッピングしやすい」


 次元連結をまたいで地図を描くことを苦手とする地図係は多い。

 ホビットの少女にそれほど苦手意識はなかったが、面倒なことは確かだった。


「アッシュロード?」


 最後列で沈黙を守っている黒衣の男に、レットが確認する。

 今や同じ熟練者(マスタークラス)となったが、レットとアッシュロードでは迷宮探索者として二〇年の経験の差がある。

 それはレベルでは表せない、レベルだけでは埋め切れない差だった。


「ああ、構わねえ」


 パーティは進発した。


 ジグ     (盗賊) 斥候(スカウト)

 レット    (戦士) 盾役(タンク)

 カドモフ   (戦士) 削り役(アタッカー)

 フェリリル  (僧侶) 回復役(ヒーラー)

 パーシャ   (魔術師)殲滅役(ヌーカー)

 アッシュロード(君主(ロード)) サブ盾 兼 サブ回復


 以上の一列縦隊である。


 初見の階層(バージン・フロア)の探索なので、先頭はジグが務める。

 アッシュロードは殿(しんがり)を固め、後方からの急襲からふたりの魔法使い(スペルキャスター)を守り、戦闘時の状況によってはジグとスイッチする(隊列を入れ替える)


 第三層は曲がりくねった回廊が次元連結によって結ばれた、嫌らしい階層だった。

 東西南北の外壁が存在せず、迷宮がどこまでも果てしなく広がっている。

 それでも経験を積んだ迷宮無頼漢たちは一歩一歩着実に、複雑で陰湿な階層を地図上に浮かび上がらせていった。

 地図係は迷宮での測量にかけては探索者でも一二を争う才能の持ち主であり、自位を無限に確認できる魔法の指輪と合わせて、迷うことなくパーティを導いた。


 玄室が少ない階層だった。

 (ねぐら)にしている魔物相手の強襲&強奪(ハック&スラッシュ) には向かないが、一行の目的を考えればこれは幸いとすべきだろう。

 遭遇戦(エンカウント)が起こるのは主に、玄室への突入時だ。

 その玄室が少ないため、戦闘そのものが発生しなかった。

 “徘徊する魔物ワンダリング・モンスター” との遭遇もなく、このままいけば実入りこそないものの、地図の製作は大きく進みそうだった。


 しかし、そうはならなかった。

 今回パーティが潜り抜けなければならない脅威は、迷路でも魔物でもなかった。


 回廊の先に自分たちの灯すものとは別の “永光” が浮かび、それはやがて六人の屈強な一団となって立ち塞がった。

 誰の装備も磨き上げられ、なによりその眼光には強い生気と意思があった。

 断じて迷宮の魔に魅入られ、半ば魔物と化した “みすぼらしい男” たちではない。


 突然目の前に現れた、魔物ならざる練達のパーティ。

 先頭に立つ純白の鎧に身を包んだ偉丈夫に、レットらは見覚えがある気がした。

 どこかで見ている気が……すでに会っている気がした。


 アッシュロードの背中に緊張が走る。


 一方は、空高く羽ばたく願いを込めて名付けられ。

 もう一方は、地に足を着いた堅実な道行をするようにと名付けられた。


 白と黒。

 善と悪。

 光と影。


 迷宮の中層で、ふたりの君主が再び邂逅した。



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― 新着の感想 ―
[一言] カドモフが盾役だと思ってました。 まあドワーフへの固定概念の結果ですがw 空高、何をしに来たのやら。
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