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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
524/658

難敵★

 ヒュン、ヒュン、ヒュン――ヒュンッッッッッッ!


 眼前で制止していた “風切り音” が動いた。

 静から動への瞬間の移行。

 それあるを予測し備えていたスカーレット・アストラだったが、()()()()は彼女の反応速度を超えていた。

 超硬質の物質が激突し、耳をつんざく金属音と激しい火花(スパーク)が散った。


「ぐうううううっっっ!!!」


 密閉された兜(クローズド・ヘルム)の内に、元姫騎士の苦悶が籠もる。


「スカーレット!」


 同じくパーティの前衛を務める軽戦士のエレンが、リーダー(スカーレット)に向かって叫ぶ。


「く、来るな! 並みの装備じゃ、真っ二つにされる!」


 まさしく、その通りだった。

 スカーレットがまとっている鎧が “伝説(K.O.D.s)の鎧(アーマー)” でなかったら、同様の材質で鍛造された()の一撃に到底耐えられなかっただろう。文字どおり、真っ二つだ。


挿絵(By みてみん)


 “林檎の迷宮” の第二層。

 その最奥で彼女たち “緋色の矢” を待ち受けていたのは、“女神(ニルダニス)の試練” の第二陣。命を吹き込まれた物アニメーテッド・オブジェクト “マジックシールド” だった。


 すでに部隊(クラン)の別パーティ “フレンドシップ7” が第一層で、同様に立ち塞がった “マジックアーマー” を撃破し、“伝説の鎧” として入手している。

 スカーレットがその鎧を身に着けていなければ、同じくニルダニスによって鍛えられた “盾” の一撃によって、致命傷を負っていただろう。


 鎧だけに “手も足も出ない” と揶揄された “マジックアーマー” と違い、“マジックシールド” の一撃は重く鋭い。

 熟練者(マスタークラス)の戦士であるスカーレットの生命力(ヒットポイント)は100を超えるが、それでも()()()()()()では致命傷になりかねない攻撃力だった。

 通常の攻撃(バッシュ)は打撃属性。

 さらに回転してのそれは、強力な斬撃属性を持っていた。


 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!


(――あれだ、あの高速回転からのシールドバッシュ! あれを見切らないことには

どうにもならない!)


 迷宮支配者(ダンジョンマスター)僭称者(役立たず)” の帰還を経て迷宮が強化されあとも、“命を吹き込まれた物” の能力に変化がないことはわかっている。

 “呪いの大穴” が “林檎の迷宮” に変容したあとも、“マジックシールド” の強さには変わりがない。

 二〇年前に魔導王国リーンガミルを滅亡の縁にまで追い込んだ “僭称者” といえど、“女神の試練” にまでは介入できないということだろう。


 攻撃力は高く、盾だけに炎や氷の魔法を完全に弾き、急所がないので致命の一撃(クリティカル)も入らない。

 しかし()()()()()()魔法や竜息(ブレス)といった、即パーティの壊滅へと繋がる範囲攻撃もなかった。

 つまり盾役(タンク) のスカーレットが持ちこたえられている間は、パーティが危機に陥ることはない。はずだが……。


「ぐがっ!!!」


 またしても “マジックシールド” の回転撃をかわしきれず、緋色の髪の女戦士が吹き飛ばされた。


「ぬんっ!」


 攻撃直後の一瞬の隙を突いて、ゼブラが “盾” を殴りつけた。

 南方の蛮族出身の女戦士で(いわお)のように寡黙だが、勇猛さは迷宮無頼漢(探索者)の戦士の中でも群を抜く。


「――ぬっ!?」


 そのゼブラの手に愛剣を通じて、鉄塊を叩いたよりも硬い感触が跳ね返る。

 練達の彼女が振るった+2相当の魔剣だったが、なにほどの痛痒も与えられなかったばかりか、強烈な反撃の呼び水となった。

 魔法生物の敵意(ヘイト)が、褐色の肌のアマゾネスに向く。

 高速回転する “マジックシールド” の(エッジ)を、自らの盾で受け止めるゼブラ。

 女人族の戦士の目が見開かれ、眼球に走る毛細血管が太く真っ赤に浮かび上がる。


 “盾” と “盾” のぶつかり合いは理不尽なほど一方的に、“マジックシールド” に軍配があがった。

 ゼブラの “鉄の盾” は無数の鉄片に破砕され、持ち手(グリップ)を握る左手は、まるで “妖刀” で落とされたように切り飛ばされた。


「「「「ゼブラッ!!!」」」」


 四人の仲間が異口に叫び、体勢を崩したままのスカーレットの代わりに、エレンが欠損した左手を抱え込むゼブラと魔法生物の間に割って入った。


「よっ……せっ!」


 スカーレットの喉から、掠れ声が漏れる。

 装甲値(アーマークラス)―14の聖銀の装甲とはいえ、すべての衝撃を吸収できるわけではない。

 “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” と同程度の治癒効果(オートリジェネ)も、内蔵深くまで浸透したダメージを回復させるまでには至っていない。


 エレンは身軽さ信条に戦う軽戦士だ。

 身に着けている鎧も全身を覆う板金鎧(プレートメイル)ではなく、重要な部位だけを守る胴鎧(ブレストプレート)だ。

 二の腕や太ももは動きやすい厚手のクロースであり、兜も魔法が掛かっているとはいえダイアデム(頭部用のリング)で代用している。

 “マジックシールド” の回転撃を喰らっては、ひとたまりもない。

 上半身と下半身に分断される。


 それでもエレンは剣と盾を構えて、闘志を奮い起こした。

 エレンの役割は純粋なアタッカー。

 だが盾役(タンク) とサブ盾役(タンク)が倒れた以上、仲間を守るのは彼女の役目だ。


「来いっ!」


 エレンが叫ぶ。

 やや緑がかった金髪(ブロンド)の一九才。

 美人揃いのパーティで最も美麗と噂される美少女の瞳には、覚悟が宿っていた。


 “マジックシールド” の回転が増す。

 避ければ背後のゼブラが死ぬ。

 +1程度の盾では防げないことは、そのゼブラが証明した。

 “伝説の鎧” を着込んだスカーレットだからこそ、二度の衝撃に耐えられたのだ。

 自分の胸当てはその半分の装甲値もない。


 エレンは盾を捨てた。

 “真っ二つにするもの(Slashing)” の銘を持つ魔剣を、両手に構える。

 “盾” の回転がさらに増し、風切り音が最高潮にまで高まる。

 高速回転によって運動エネルギーを増した(エッジ)の切れ味を、エレンの斬撃が上回ることはもはや不可能だった。


「来いっ!」


 再びエレンが叫ぶ。

 だが――それがどうしたの言うのだ?

 エレン・ターナーは、戦士なのだ。


 “風切り音” が動いた。

 エレンが魔剣を振りかぶる。

 (エッジ)(エッジ)が激触する刹那、“マジックシールド” の軌道が大きく逸れた。

 直後に大音響が衝撃破となって、迷宮を揺るがす。

 対象の感覚野を麻痺させる、魔術師系第四位階の呪文 “暗黒(ダークネス)” !


「今よ!」


 ただひとり仲間の名を叫ばず、ひたすらに呪文の詠唱に没入していた魔術師(メイジ) のヴァルレハが、今度こそ叫んだ。


 エレンは内壁に深々と突き刺さり、抜け出すべく微動を繰り返す “マジックシールド” に走り寄った。

 動かぬ身体を無理矢理動かし、スカーレットが続く。

 回復役(ヒーラー)のノエルは、ゼブラの元に走った。


 強化レンガの壁に半ば以上突き刺さった魔法生物に、エレンとスカーレットが滅多矢鱈に魔剣を打ち下ろす。

 そこに流麗な(フォーム)などなく、あるのはただただ “この難敵が壁から抜け出す前に仕留めること” その焦りだけだった。


 巧緻より拙速。


 だが彼女たちの焦慮は報われ、“マジックシールド” は内壁から抜け出す前に150に達する生命力を削り取られた。

 糸が切れたように、その場に(くずお)れる二人の女戦士。

 ヴァルレハも杖を支えに立ち尽くし、僧侶(プリーステス)のノエルだけが懸命に仲間を治療していた。


「ゼブラの腕はどうだ?」


 汗まみれの顔を上げて、スカーレットが訊ねた。


「運が良かったわ。鋭利な分だけ傷口は綺麗よ。元通りになる」


 “神癒(ゴッド・ヒール)” の嘆願を終えたノエルが、額に浮いた珠汗を僧衣の袖で拭いながら答えた。

 その横でゼブラがうなずきながら、結合された左腕の掌を開閉している。


「……酷い有様だな」


「……ごめん、なんにも出来なかった」


 リーダーの呟きに、斥候(スカウト) を務める盗賊(シーフ) のミーナが、しょんぼりと謝った。


「……こいつが相手じゃ仕方ないよ。あたしも危ないところだったし」


 エレンが大きな吐息をついて、視線を “伝説(K.O.D.s)の盾(シールド)” と名前を変えた先ほどまでの強敵に向けた。


「……鎧とは段違いの強さだな。アッシュロードの言っていたとおりだ。まさにここからが本当の “女神の試練” だった」


 この試練をあと三つ、彼女たちは潜り抜けねばならないのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] このレベルの戦いだと、盗賊はやることなくてしょうがないかと。 戦闘前後で活躍すれば良いと思ってます。 >この試練をあと三つ、彼女たちは潜り抜けねばならないのだ。 「あれ、兜と小手の二つでは…
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