難敵★
ヒュン、ヒュン、ヒュン――ヒュンッッッッッッ!
眼前で制止していた “風切り音” が動いた。
静から動への瞬間の移行。
それあるを予測し備えていたスカーレット・アストラだったが、盾の速さは彼女の反応速度を超えていた。
超硬質の物質が激突し、耳をつんざく金属音と激しい火花が散った。
「ぐうううううっっっ!!!」
密閉された兜の内に、元姫騎士の苦悶が籠もる。
「スカーレット!」
同じくパーティの前衛を務める軽戦士のエレンが、リーダーに向かって叫ぶ。
「く、来るな! 並みの装備じゃ、真っ二つにされる!」
まさしく、その通りだった。
スカーレットがまとっている鎧が “伝説の鎧” でなかったら、同様の材質で鍛造された盾の一撃に到底耐えられなかっただろう。文字どおり、真っ二つだ。
“林檎の迷宮” の第二層。
その最奥で彼女たち “緋色の矢” を待ち受けていたのは、“女神の試練” の第二陣。命を吹き込まれた物 “マジックシールド” だった。
すでに部隊の別パーティ “フレンドシップ7” が第一層で、同様に立ち塞がった “マジックアーマー” を撃破し、“伝説の鎧” として入手している。
スカーレットがその鎧を身に着けていなければ、同じくニルダニスによって鍛えられた “盾” の一撃によって、致命傷を負っていただろう。
鎧だけに “手も足も出ない” と揶揄された “マジックアーマー” と違い、“マジックシールド” の一撃は重く鋭い。
熟練者の戦士であるスカーレットの生命力は100を超えるが、それでも並の魔法の鎧では致命傷になりかねない攻撃力だった。
通常の攻撃は打撃属性。
さらに回転してのそれは、強力な斬撃属性を持っていた。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!
(――あれだ、あの高速回転からのシールドバッシュ! あれを見切らないことには
どうにもならない!)
迷宮支配者 “僭称者” の帰還を経て迷宮が強化されあとも、“命を吹き込まれた物” の能力に変化がないことはわかっている。
“呪いの大穴” が “林檎の迷宮” に変容したあとも、“マジックシールド” の強さには変わりがない。
二〇年前に魔導王国リーンガミルを滅亡の縁にまで追い込んだ “僭称者” といえど、“女神の試練” にまでは介入できないということだろう。
攻撃力は高く、盾だけに炎や氷の魔法を完全に弾き、急所がないので致命の一撃も入らない。
しかし口がないため魔法や竜息といった、即パーティの壊滅へと繋がる範囲攻撃もなかった。
つまり盾役 のスカーレットが持ちこたえられている間は、パーティが危機に陥ることはない。はずだが……。
「ぐがっ!!!」
またしても “マジックシールド” の回転撃をかわしきれず、緋色の髪の女戦士が吹き飛ばされた。
「ぬんっ!」
攻撃直後の一瞬の隙を突いて、ゼブラが “盾” を殴りつけた。
南方の蛮族出身の女戦士で巌のように寡黙だが、勇猛さは迷宮無頼漢の戦士の中でも群を抜く。
「――ぬっ!?」
そのゼブラの手に愛剣を通じて、鉄塊を叩いたよりも硬い感触が跳ね返る。
練達の彼女が振るった+2相当の魔剣だったが、なにほどの痛痒も与えられなかったばかりか、強烈な反撃の呼び水となった。
魔法生物の敵意が、褐色の肌のアマゾネスに向く。
高速回転する “マジックシールド” の縁を、自らの盾で受け止めるゼブラ。
女人族の戦士の目が見開かれ、眼球に走る毛細血管が太く真っ赤に浮かび上がる。
“盾” と “盾” のぶつかり合いは理不尽なほど一方的に、“マジックシールド” に軍配があがった。
ゼブラの “鉄の盾” は無数の鉄片に破砕され、持ち手を握る左手は、まるで “妖刀” で落とされたように切り飛ばされた。
「「「「ゼブラッ!!!」」」」
四人の仲間が異口に叫び、体勢を崩したままのスカーレットの代わりに、エレンが欠損した左手を抱え込むゼブラと魔法生物の間に割って入った。
「よっ……せっ!」
スカーレットの喉から、掠れ声が漏れる。
装甲値―14の聖銀の装甲とはいえ、すべての衝撃を吸収できるわけではない。
“癒しの指輪” と同程度の治癒効果も、内蔵深くまで浸透したダメージを回復させるまでには至っていない。
エレンは身軽さ信条に戦う軽戦士だ。
身に着けている鎧も全身を覆う板金鎧ではなく、重要な部位だけを守る胴鎧だ。
二の腕や太ももは動きやすい厚手のクロースであり、兜も魔法が掛かっているとはいえダイアデムで代用している。
“マジックシールド” の回転撃を喰らっては、ひとたまりもない。
上半身と下半身に分断される。
それでもエレンは剣と盾を構えて、闘志を奮い起こした。
エレンの役割は純粋なアタッカー。
だが盾役 とサブ盾役が倒れた以上、仲間を守るのは彼女の役目だ。
「来いっ!」
エレンが叫ぶ。
やや緑がかった金髪の一九才。
美人揃いのパーティで最も美麗と噂される美少女の瞳には、覚悟が宿っていた。
“マジックシールド” の回転が増す。
避ければ背後のゼブラが死ぬ。
+1程度の盾では防げないことは、そのゼブラが証明した。
“伝説の鎧” を着込んだスカーレットだからこそ、二度の衝撃に耐えられたのだ。
自分の胸当てはその半分の装甲値もない。
エレンは盾を捨てた。
“真っ二つにするもの” の銘を持つ魔剣を、両手に構える。
“盾” の回転がさらに増し、風切り音が最高潮にまで高まる。
高速回転によって運動エネルギーを増した縁の切れ味を、エレンの斬撃が上回ることはもはや不可能だった。
「来いっ!」
再びエレンが叫ぶ。
だが――それがどうしたの言うのだ?
エレン・ターナーは、戦士なのだ。
“風切り音” が動いた。
エレンが魔剣を振りかぶる。
縁と刃が激触する刹那、“マジックシールド” の軌道が大きく逸れた。
直後に大音響が衝撃破となって、迷宮を揺るがす。
対象の感覚野を麻痺させる、魔術師系第四位階の呪文 “暗黒” !
「今よ!」
ただひとり仲間の名を叫ばず、ひたすらに呪文の詠唱に没入していた魔術師 のヴァルレハが、今度こそ叫んだ。
エレンは内壁に深々と突き刺さり、抜け出すべく微動を繰り返す “マジックシールド” に走り寄った。
動かぬ身体を無理矢理動かし、スカーレットが続く。
回復役のノエルは、ゼブラの元に走った。
強化レンガの壁に半ば以上突き刺さった魔法生物に、エレンとスカーレットが滅多矢鱈に魔剣を打ち下ろす。
そこに流麗な型などなく、あるのはただただ “この難敵が壁から抜け出す前に仕留めること” その焦りだけだった。
巧緻より拙速。
だが彼女たちの焦慮は報われ、“マジックシールド” は内壁から抜け出す前に150に達する生命力を削り取られた。
糸が切れたように、その場に頽れる二人の女戦士。
ヴァルレハも杖を支えに立ち尽くし、僧侶のノエルだけが懸命に仲間を治療していた。
「ゼブラの腕はどうだ?」
汗まみれの顔を上げて、スカーレットが訊ねた。
「運が良かったわ。鋭利な分だけ傷口は綺麗よ。元通りになる」
“神癒” の嘆願を終えたノエルが、額に浮いた珠汗を僧衣の袖で拭いながら答えた。
その横でゼブラがうなずきながら、結合された左腕の掌を開閉している。
「……酷い有様だな」
「……ごめん、なんにも出来なかった」
リーダーの呟きに、斥候 を務める盗賊 のミーナが、しょんぼりと謝った。
「……こいつが相手じゃ仕方ないよ。あたしも危ないところだったし」
エレンが大きな吐息をついて、視線を “伝説の盾” と名前を変えた先ほどまでの強敵に向けた。
「……鎧とは段違いの強さだな。アッシュロードの言っていたとおりだ。まさにここからが本当の “女神の試練” だった」
この試練をあと三つ、彼女たちは潜り抜けねばならないのだ。







