整理する
「状況を整理しよう」
わたしの言葉を、隼人くんが引き継ぎました。
「俺たちは『一〇〇年前の世界』に戻るため、“時の賢者ルーソ” を探している。
ルーソは悪魔王 “災禍をもたらす者” の復活を阻止するために、今の時間から五八年前に時間遡行を試みて――失敗した。
これはルーソが地下二階の書斎に残した書き置きから得た情報なので、間違いはないはずだ」
「あの書斎はずっとトキミさんが守ってたからな。間違いねえ」
早乙女くんが我が意を得たり ――とばかりに同意します。
「ああ、だが “深鍋の賢者 “の話を信じるなら、ルーソは生きていて、そしてこの迷宮に帰還している」
“深鍋の賢者” とは、この第一層の片隅に隠棲している生命を吹き込まれた物、通称 “ヤカン先生” のことです。
「……ヤカン先生の言ってることは間違いないと思う。ううん、先生を信じてるんじゃなくて、紹介してくれたラーラさんが信じられるからだけど」
安西さんの呟きに、ラーラさんが苦笑して肩を竦めました。
「俺たちはルーソの手がかりを探して、彼の書斎にある物置から “宝石の錫杖” を手に入れた」
「散々苦労した挙げ句……ね」
溜息を吐く、田宮さん。
話の腰を折るつもりはないのでしょうが、嘆息せざるを得なかったのでしょう。
ですが実際に、物置には宝錫を守る “怨霊”が巣くっていて、除霊をするためには迷宮の霊媒師ショートさんの仕事場に行かねばならず、そのためには施錠された扉を潜らねばならず、そのためには扉に巻かれた太い鎖を切断しなければならず、そのためにはドワーフの行商人 “イロノセ” さんに教えてもらったドワーフの廃工房で、無限に湧き出てくるゴーレムと死闘を演じカナ鋸を手に入れなければならず、ようやく仕事場に辿り着けたら辿り着けたで、守護者との戦闘に勝利しなければならず、トドメに留守だったショートさんが残した難解な指示に従って『除霊薬』を配合しなければならず……。
確かに思い出しただけで、溜息がでます……。
「る、留守にしてて悪かったな……ガァ」
「いいのよ、ショーちゃん。そういう意味で言ったんじゃないから」
「そういってくれると気が休まるってもんだぜ、お侍ぇ」
「しかしまさかその宝錫に、こんな凄い仕掛けが施されてたなんてね」
ラーラさんが自身の前に置かれた、広い執務机に視線を落としました。
机の上には、先端の宝石の内に青い炎を宿した錫杖が輝いています。
「あの俗物、寺の中にこんなものを隠してたのか。知ってたらもっと早くギッタンギッタンにしてやったのに」
「これからラクダとして唯一頭、凶暴なラマの群れの中で生きていくのです。許してあげましょう」
わたしは今度こそ本当に嘆息しました。
俗物と呼ばれた、あの迷宮一の嫌われ者の姿を思い浮かべれば、誰だってそうでしょう。
第二層にあるルーソ様の物置から “宝石の錫杖” をお借りしたわたしたちは、さらに第三層へと探索の足を伸ばしました。
第三層……迷宮の地下三階は、“巨竜の腸”と形容するのがふさわしい、長大な回廊がうねうねと絡み合った複雑な階層でした。
そしてその階層の北域に “カミカセ寺院” という寺院を構えて最高司祭を名乗っていたのが、この迷宮一の嫌われ者と呼ばれる、怪僧 “ロード・ハインマイン” だったのです。
ロード・ハインマインについては、あまり思い出したくはありません。
ただただ、ただただ、ただただ俗物でしたとしか。
最終的にわたしたちはロード・ハインマインを出し抜き、心ならずも服従させられていた風の大王 “ダイジン” を解放しました。
“ダイジン” は魔法でロード・ハインマインをラクダに変えて溜飲を下げたあと、自らの精霊界へと戻っていきました。
ロード・ハインマインは、寺院で飼われていた無数の凶暴なラマに混じって、これからの人生(ラクダ生?)を送ることになったのです。
「――ま、青い炎だから “青い部屋” へのキーアイテムってわけかい。わかりやすくていいさね」
「この “黄色の部屋” で見つけた “黄金の鍵” はどこで使うのかな?」
「枝葉が “赤い部屋” で見つけたこの薄気味の悪い “悪魔の石像” もな」
ラーラさん、安西さん、さらに早乙女くんと言葉が繋がります。
第三層には青、黄色、赤、黒、そして白と、それぞれの色の緞帳で覆われた玄室がありました。
黄色い玄室と赤の玄室には泉があり、前者からは黄金製の鍵が、後者からは悪魔をかたどった(……というよりも、悪魔そのものが石化したような)石像が見つかりました。
“黄金の鍵” は水浴びをしたショートさんが見つけた品で、“悪魔の石像” はわたしとオウンさんが、泉から現れた古代海洋神の眷属 “深きもの”を倒して入手したものです。
黒い緞帳の玄室は “カミカゼ寺院” の中にあった死の玄室で、その色の示すとおり入ると落雷によって灰となる怖ろしいデストラップの部屋です。
ロード・ハインマインによって誘い込まれましたが、ショートさんの所持していた “避雷針” のお陰で難を逃れることができました。
青い玄室は隠し扉によって隠されていて、“カミカゼ寺院” のご神体である “青い炎” を宿らせた “宝石の錫杖” によって入室することができ、垂らされた第四層への縄梯子が迷宮のさらなる深みへとわたしたちを誘っていました。
「第三層はすべて踏破したんだろ? なら、この “黄金の鍵” と “悪魔の石像” は階下で使うんじゃないかね」
「いえ」
ラーラさんに意見に、わたしは頭を振りました。
「踏破はしましたが、まだすべての謎を解いたわけではありません。最後の “白い部屋” がまだ残っています」







