”工匠神の顎髭” にかけて
“カドモフほど、ドワーフらしいドワーフはいない”
まだ故郷で暮らしていた頃、若きドワーフの戦士はよく言われた。
その言葉はカドモフにとって誇りでもあり、また少しの不満でもあった。
彼は自分でも己のことを “クソ真面目でクソ頑固” な性格だと思っていた。
そしてそれを完全にはよしとしない山っ気が、若きドワーフの中には確かに存在していた。
だからカドモフは、この城塞都市に来た。
自分が “ドワーフらしいドワーフ” なら、まずは “屈強な戦士” でなければならない。
なによりもカドモフは “カドモフ” でなければならない。
他の何者でもない、他の何者にも真似できない、自分だけの自分。
この世界に唯一人の、“カドモフ”
“紫衣の魔女の迷宮” は、その為の修行に打ってつけの場所だった。
「長耳の畜生ども、“工匠神の髭” にかけて、俺の友たちには指一本触れさせんぞ!」
若きDWARF FIGHTERはしっかりと足を踏ん張り、低い重心をさらに低くすると、自らを取り囲む八匹の白兎に向かって吠えた。
現在彼の背中には、無防備なパーティの仲間がいる。
ここより俺は、不動の拠点。
友たちを護る、鉄壁の要塞。
右手に、同じドワーフのボルザッグがわざわざ選んでくれた、短めだがその分肉厚で重量のある剣。
左手には彼の短躯を覆い隠すほどの木製の大きめの盾。
カドモフは次々に飛び掛かってくる白兎の群れを、右手の得物で粉砕し、盾で弾き潰した。
見る間に数を減らしていく、“首狩り兎”
一匹、二匹、三匹、四匹!
五匹、六匹、七匹――!
そして首筋を狙って跳ねた最後の一匹を身をよじってかわし、トドメの逆撃を――。
その瞬間、若きドワーフ戦士の両目が灼かれた。
「――ぐおっ!!?」
一瞬、何が起こったのか理解できず、剣を握る右手の甲で文字どおり焼けるように痛む両眼をかばう。
目を開けられない。
何が――何が起こった!?
酸性の液体に瞳を焼かれたカドモフが狼狽し、動揺する。
肉食の魔物特有の強酸性の尿。
八匹目の “首狩り兎” が盲となったドワーフの首筋目掛けて、もう一度跳ねた。
◆◇◆
ジグさんと、そしてレットさんによって落とし穴から救い出されたわたしが見たものは、立ったまま絶息したカドモフさんの姿でした。
どういうわけか真っ赤に焼けただれた両目をカッと見開いて、微動だにしない若きドワーフの戦士さん……。
自慢の黒い顎髭を、首筋から零れた大量の血が濡らしています……。
足元には粉砕され肉塊……肉片と化した八匹の牙鋭き白兎……。
いえ、そこにはもうほんのわずかな “白” も残っていません……。
すべてが真っ赤に染められています……。
わたしは近づいて、震える笑顔でカドモフさんに語りかけました。
「格好つけすぎですよ……カドモフさん……」
ポロリ……ポロリ……。
「パーティーの仲間を護って、立ったまま死んでしまうなんて……」
涙が筋となって頬を伝わります……。
「そういうの……わたしがいた場所では “弁慶の立往生” っていうんですよ……」
右手に剣……左手に盾を構えて……しっかりと足を踏ん張り……。
「差し詰め、“ドワーフの立往生” ですね……」
爛れた両目には息絶えてなお不屈の闘志を湛えて……。
「……フラグを……フラグを立てまくるから……あんなに格好の良いことばかりいうから……」
カドモフさん! カドモフさん! 格好付けすぎですよ!
「……ふん。意味はわからんが、もしかしてそれが俺の墓碑銘か?」
その時いきなりカドモフさんがわたしの方を振り向いて、唐突に言いました!
まるで電池が切れいていたオモチャの人形に、新しい電池を入れたようです!
「カドモフさん、生きていたのですか!?」
「……勝手に殺すな。兎に殺されたなどと恥辱の極みだ。故郷にも帰れなくなる」
「でも、どうして……」
「……出血が酷かったからドワーフ流の呼吸法で身体の代謝を落としていた。落盤で生き埋めになったときにこれで生き延びる。それよりも治療を頼む、目と首だ」
驚くやら、納得するやら、呆れるやら……。
なんかこの人、本当にあの人に似ているかも……。
「す、すぐに……あ、でも髭が邪魔ですね、少し切ってしまってもいいですか? このままだと血が乾いたときに固まってしまって不潔ですし……」
「ひ、髭を切るだと!?」
いきなり注射を怖がる幼稚園児のように狼狽するカドモフさん。
「少しですよ。少し」
「断る! 髭を切るくらいなら、首を伐られた方がマシだ! ――うわ、よせ、何をする、やめろ! やめんか!」
騒ぐカドモフさんの両腕を、それまでニヤニヤとやり取りを見守っていたレットさんとジグさんが両脇から抱えあげます。
「は~い、ジッとしててくださいね~」
バタバタと暴れる宙に浮いた足を無視して、わたしは血で濡れたカドモフさんの髭に冒険者セットの中から取り出した小さなナイフを当てました。
「おお、工匠神よ! 汝の敬虔な信者にどうか火の炉の加護を! 我に――我に汝の如き不滅の鉄身を与えたまえよ! おお、おお――」
◆◇◆
“翼竜” は迷宮八層の天井付近をゆっくりと旋回しながら、眼下で慌てふためく三人の人間を愉快げに眺めていた。
“なりそこない” とはいっても、歴とした竜の眷属である。
高位階の魔術師系呪文すら操る“火竜” などには遠く及ばないが、彼とて少なくとも獲物の恐怖や狼狽を見て愉悦を覚える程度の知能は持ち合わせている。
自分は運が良い。
いつもなら他の仲間と群れての狩りだが、一頭の雌を巡って別の雄と険悪な雰囲気になり、今日は単独で狩場を訪れていたのだ。
しかも愚かなことに、この人間たちは呪文を使い果たしたか、さもなくば魔法封じの間に足を踏み入れたようだ。
その証左に、魔術師らしきホビットがいるのに呪文を唱えてこない。
まったくもって自分は運が良い。
懸想する雌を取り合って他の雄に群れから追い出されたときは世界を呪うほどに業腹だったが、その鬱憤もこの人間どもで晴らせそうである。
さて、まずはどいつから食ってやろうか。
人間の戦士か、エルフの僧侶か、それともホビットの魔術師か。
――よし、決めた。
“翼竜” は嬉々として、特徴的なその甲高い金属声で鬨を上げた。
◆◇◆
“翼竜” とは逆に、アッシュロードは自分たちの運のなさにほとほと呆れる思いだった。
呪文が使えない状況で、よりにもよって “蒼穹の覇者” 様のご登場とは。
普段ならネームド以下の “翼竜” など “滅消” の魔法の好餌でしかない。
左手に嵌めた魔法の指輪の能力で、一瞬で塵にできる。
しかし、今はその手は使えない。
その上、どうやら自分たちが魔法を使えないことを見抜かれたようだ。
“翼竜” はアッシュロードを最初の獲物に選んだようで、威嚇するように甲高い金属音じみた声を上げている。
――馬鹿のくせに間抜けじゃない。
アッシュロードは舌打ちした。
知能が低い竜のなりそこないのくせに、魔法が使えず無力な僧侶と魔術師には目もくれず、唯一脅威となり得る前衛職の自分に目を付けやがった。
竜息がない代わりに、“翼竜” はその爪と牙に毒を持つ、いわゆる “毒持ち” の魔物だった。
加護による “解毒” が封じられているこの状況では、ある意味竜息持ちよりもよほどやっかいな相手だった。
「気をつけろ! こいつは “毒持ち” だ! 間違っても攻撃を食らうな!」
フェルとパーシャ。そしてアレクに警告を飛ばしたとき、アッシュロード目掛けて “翼竜” が急降下を開始した。
上から竜息を吐かれたら文字どおり手も足も出ないが、“翼竜” はアッシュロードと同じ前衛職である。
お互いに殴り合うしかない。
アッシュロードは短剣を鞘に戻すと、剣を両手で構えた。
すれ違い様に、素っ首を叩き落としてやる気だった。
しかし蒼穹の覇者だけあって、“翼竜” の降下速も降下角も、アッシュロードの予測を超えた。
轟ッ!!!
高速でほとんど垂直に降下してきて、直角に引き起こし石畳の床に腹を擦りつけるように飛び退っていく巨大な体躯に、アッシュロードは斬りつけるどころか、かわし様の風圧だけで鼓膜が破れかけた。
どうやら俺は、今まで魔法に頼りすぎていたらしい。
状況は自分に不利。それも圧倒的に。
ガンガンする頭で、アッシュロードは打開策を考えた。
「おっちゃん!」
「アッシュロードさん!」
「――上等だ! 来やがれ、この鳥野郎!」
パーシャとフェルの悲痛な声に押されるように、アッシュロードは走った。
毛一筋ほどのほんの微かな勝機に向かって。







