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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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閑話休題『夜のピクニック ふもっふ?②』

 枝葉瑞穂は複雑(ユニーク)な少女だ。


 彼女には反抗期がこなかった。

 幼児期のイヤイヤ期(だだこね)もなく、小学校高学年から中学にかけて訪れると言われている第二反抗期も今のところ来ていない。


 素直なまま素直に、ここまで育ってしまった。


 誕生時から変わらず両親が大好きで、休日には特殊な仕事に就いている父親から、小説や映画やアニメや歴史や軍事や科学といった雑学話を聞かされて喜んでいたし、母親とはR&B界の愛の伝道師バリー・ホワイトの『You're the First, the Last, My Everything』を流しながら、ノリノリで料理をする仲だった。

 反抗期も素通りするだろう。


 人となりは受動的で、自分を推しだしていくということがない。

 学校生活でもクラスメートたちの喧噪を、穏やかに見守っているのが常だ。

 かといって大人しい引っ込み思案な性格なのかといえば、そういうわけでもなく、話してみれば明るく感情表現の豊かな少女だとわかる。


 天然で独特のテンポの持ち主だが気遣いのできる優しい心根は、そこにいるだけで周囲を和ませた。

 クラスの中心で級友たちを引っ張るのではなく、輪の外側にいながらごく自然に良い影響(バフ)を与えている存在。

 そんな瑞穂をクラスメートの多くが、好いていた。


 だから


『瑞穂には二面性がある』


 と言われれば多くの者が面くらい、首を捻るはずだ。

 裏表(うらおもて)のある性格から一番遠いところにある存在が、枝葉瑞穂だからだ。


 裏表ではなく二面性だ――と林田 鈴(リンダ)なら答えるだろう。


 瑞穂は鷹揚(おうよう)で人当たりが良く、誰とでも分け隔てなく接する。

 誰もが気兼ねなく彼女の内側に入っていけて、そして気がついたら自分の内側にも彼女がいる。

 とかく他人との距離感を意識する現代人――特に思春期の少年少女とって、瑞穂の存在は新鮮で驚きだった。


 だが()()()()だった。


 瑞穂に気を許された者がもう一歩、彼女の内面に踏み込もうとすると、


『ごめんなさい、きょうはもう帰らないと』


 瑞穂は無邪気に(ニコニコと)手を振って、心のさらに奥にある『お家』に帰っていってしまう。

 彼女とより親しくなりたいと思った者は、置いてけぼりにされてしまうのだ。


 だから瑞穂には友人は多くいても、親友はいない。

 瑞穂本人は親友だと思ってはいても、思われている相手はそうでなかった。

 見えない壁を感じ、やるせない寂寥(せきりょう)感を抱いて、瑞穂と付き合っている。


 瑞穂を知っているほとんどの者が、その壁の存在を知らない。

 人の内面に踏み込むことを極度に恐れる現代人には、見えないままの壁なのだ。

 だから多くの者にとって瑞穂はよき友人であり、よき級友だった。


 だから瑞穂の見えない壁――二面性を知っているのは、彼女とより近しくなりたいと願った林田 鈴と志摩隼人だけだった。


 しかし最近になって、瑞穂の『心のお家』に()()()()されている人間が現れた。


◆◇◆


「ポッキーにしようかな? それともトッポにしようかな?」


 一〇〇均ショップのお菓子コーナーで、瑞穂が悩んでいた。


 放課後。

 HRで伝えられた『歩行祭』で必要な品を早速買いにきたわけだが、昼休みのうちに母親にリストを転送して確認したところ、安全用の反射タスキやマグライトは家にあるらしく、改めて買い揃える必要はなかった。


 瑞穂の母親は夜間に、近所の主婦たちとウォーキングをしているので、その予備があるのだ。

 レインコートや湿布薬や絆創膏といった医薬品もあり、購入する必要があったのは冷却スプレーだけで、これはスポーツ用品店に行く必要があった。


 なので、ここで買う必要があるのは必然的に “遠足の一番の楽しみ” になる。


「あんたタケノコ派じゃない。悩む必要なんてないでしょ」


 バスケ部の練習をサボってきていたリンダが、どこかトゲのある声でいった。

 瑞穂はタケノコ派だ。

 それなら食感からしてトッポ一択ではないか。


「いえ、そうではないのです。わたしが悩んでいるのは――」


「あの直立グレートデンなら、どっちだって食べるわよ」


 リンダが()()()()先回りをする。


「直立グレートデンとはなんですか、直立グレートデンとは。それは道行くんに失礼と言わざるを得ません」


 むっ! とムッとして言い返す瑞穂。


「別にあいつのことだなんて言ってないでしょ――まあ、あいつのことだけど」


 これまでリンダは瑞穂への一応の気遣いとして、灰原道行を直接貶める表現はしてこなかったが、どうやらそれも過去のものとなったらしい。


「訂正を要求します!」


「じゃあ、直立グレートデンのジジイ犬」


「おい、よせよ、こんなところで」


 リンダが練習をサボってきた理由。

 志摩隼人が困惑した様子で間に入った。


「どうしたんだ?」


 隼人がいつになくトゲトゲしいリンダを見る。


「別に」


 不機嫌な顔でそっぽを向くリンダ。


 リンダは隼人に想いを寄せている。

 その隼人は、瑞穂が好きだった。

 瑞穂の視線が道行に向いているのは、リンダにとって好都合なはず。


 それでも隼人の前で、他の男のことばかり考えている瑞穂を見ると腹が立った。

 まるで価値がないかのように、自分の一番大切な存在を無視されている気がした。


 瑞穂は瑞穂で唇をすねらせて、反対を向いてしまっている。

 お互いともに、好きな少年を侮辱されている気がしていた。


「人が好きなものを(けな)すのはよくないよ」


 好きな人ではなく、好きなもの――。

 隼人が隼人にとってもギリギリの表現で、リンダをたしなめた。


(自分だって傷ついているくせに)


 隼人の気持ちがわかる分、リンダは余計に腹立たしい。

 同様に隼人は、リンダが不機嫌な理由にも気づいている。

 リンダが自分のために腹を立ててくれていることに、隼人は気づいている。

 隼人は自分の瑞穂への好意を、リンダが知っていることを理解していた。

 瑞穂と道行の初デートを尾行しかけたふたりである。

 相通じるものがあるのも当然だ。


(こいつもズルい)


 自分の気持ちを知っているくせに――とリンダは思う。


 それとも、そこまでは気づいていないのだろうか?

 隼人の中で自分はあくまで、片想いに悩む幼馴染みを気遣うもうひとりの幼馴染みでしかないのだろうか。

 好意は――好きだという気持ちは、言葉にしない限り伝わらないのだろうか。


(どいつもこいつも鈍感で、ほんと頭にくる)


「だいたい――」


 リンダは折れた。

 こういう時に折れるのは、いつもリンダだ。

 彼女にとって瑞穂は、世間知らずな妹分。

 そう振る舞うことでリンダは、瑞穂への感情を保っている。


「あんた、あいつと約束してるわけ?」


「え?」


「自由歩行で歩く約束よ。今になっても誘われてないんじゃ、脈ないんじゃない?」


 天国から地獄。

 リンダの容赦のない言葉に、瑞穂は泣きそうになった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 時として正論は人を傷つける暴力となる、といいますが、これはリンダが正しいかとw
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