迷宮大相撲 ”風場所”
「――もういっちょうです!」
“風の大王ダイジン” の二度目の息吹に合わせて、わたしも再度女神ニルダニスの烈しき息吹を嘆願します。
再びぶつかり合う、風と風の精霊力。
風の王と女神の息吹は拮抗し、力比べの様相を呈しました。
「でりゃーーーーーっっっ!!!」「発ーーーーーーーっっっ!!!」
“風の大王” の動きが止まった隙を衝いて、隼人くんと田宮さんが必殺の気合いで斬り掛かります。
ガキンッ!!!
しかしまるで石の壁を叩いたような音が響いて、隼人くんの魔剣も田宮さんの業物も、呆気なく弾かれてしまいました。
「くっ!」
「か、硬いっ!」
痺れた手に顔を歪める、隼人くんと田宮さん。
「チッ!」
同様に死角から不意を討った五代くんの短剣も、何ら痛痒を与えることはできませんでした。
「ぐううううっっっ!!!!」
“風の大王” は、自身に加えられた物理攻撃などまったく意に介した様子もなく、わたしに圧力を加え続けます。
自分の集中力が、たちまち削られていくのがわかります。
(でもこの圧力――最初の息吹とまったく同じです!)
違和感(小)
違和感(中)
違和感(大)
違和感(極大)
身体の中で急速に膨らむ違和感。
ですがその正体に気づくよりも早く、
「でえぇぇぇーーーーーーいっっっ!!!」
わたしはまたも肺腑から気合いを振り絞って、台風並みの暴風を打ち払いました。
「はぁ、はぁ、はぁ――!!!」
(なぜです!? どういうことです!? “風の大王” の方が遙かに余力があるのに!? なぜ押し切らないのです!?)
お相撲と同じで、がっぷり四つに組んでみれば相手の力量が解ります。
四大精霊の頂点に立つ “風の大王ダイジン” の力は、大魔王にも匹敵するでしょう。
わたしなど足元にも呼びません。
その気になれば、一気に押し切れるはずです。
(わたしの力を測っているのですか? いえ、それなら最初の一回で充分のはず!)
答えが出る前に三度の息吹が、大王の口から迸りました。
「慈母なる女神 “ニルダニス” よ!」
そしてわたしも三度の “烈風” で受け返します。
(ま、また同じです! 寸分違わず、同じ圧力!)
これはいったい何を意味しているのでしょうか?
“風の大王” は、何を意図しているのでしょうか?
単純にわたしの精神力が切れるのを待って、なぶり殺しにするつもりでしょうか?
それとも――。
(それともこれは何かのメッセージ!? わたしに何かを伝えようとしている!?)
精神力が尽きるまでにわたしが解読できればよし。
できなければ、そのまま押し潰す。
(そういうことなのですか!?)
力比べに、知恵比べ。
戦いの形は様々ですが、いずれにせよこの程度の苦戦を独力で切り抜けられないのであれば、この先わたしたちに展望はありません。
さらに強大な魔物の徘徊する迷宮深層を探索して過去への帰還を果たすなど、夢のまた夢です。
「でえぇぇいぃぃぃやあーーーーーーーっっっ!!!」
はぁ、はぁ、はぁ――!
(残り一回! 次がラストワン!)
「――さあ、もういっちょうです、大王陛下!」
息つく間もなく、わたしは叫びます。
「瑞穂!」
「ここはわたしに任せてください!」
隼人くん、この “風の大王” は大魔王に匹敵する力の持ち主。
本気を出されたら剣も魔法も通じず、わたしたちなど一瞬で細切れにされてしまうでしょう。
そうならないのは “風の大王” に、何かしらの思惑があるから。
その意図を見抜ければ、わたしたちの勝ち。
見抜けなければ、“風の大王” にとってわたしたちは無価値な存在。
即座に細断されてしまうに違いありません。
(それは望みません! 次の力比べであなたの意図、見抜いてみせます!)
轟っっっっ!!!
「慈母なる女神 “ニルダニス “ の烈しき息吹持て――風よ、鋭き刃となれ!」
四度ぶつかり合う、風の暴竜。
「うおおおおっっっっっ!!!!!」
これだけの力! これだけの力! これだけの力!
これだけの力がありながら、なぜ手加減をしているのです!
精霊の頂点に立つ最強の存在なのに!
大魔王に匹敵する力の持ち主なのに!
矮小な人間など一瞬で吹き飛ばせるのに、なぜわたしは無事なのです!?
四度も生かされているのです!?
精霊の頂点に立つ最強の存在!
大魔王に匹敵する力の持ち主!
矮小な人間!
精霊の頂点に立つ最強の存在!
大魔王に匹敵する力の持ち主!
矮小な人間!
最強の存在!
魔王に匹敵!
矮小な人間!
最強!
魔王!
人間!
人間!
「そういうこと――です――――――かああああぁぁぁぁぁぁあああっっ!!!」
わたしは絶叫し、最後の風のぶつかり合いを打ち消しました。
それから額に浮いた汗を拭い、呼吸を整え、向き直ります。
未だ硬直したままの、怪僧ロード・ハインマインに。
スタスタと脂汗を垂れ流す肥大漢の僧侶に近づくとわたしは、眉ひとつ動かせないロード・ハインマインの全身に視線を走らせます。
「それですか」
ケバケバしい悪趣味な僧衣の袖に見え隠れしている、イモムシのような指。
その一〇本の指にはまった同数の指輪。
九つは僧侶が身につけている衣装同様、悪趣味なほどに絢爛でしたが、ひとつだけ飾り気のない質素な品がありました。
わたしはロード・ハインマインの指から、グイッとその指輪を抜き取りました。
脂肪の付いた指でしたが脂でぬめっていたせいで、意外と簡単に外せたのです。
確認のために怪僧の顔を見ます。
吹き垂れる脂汗の量が一気に増えて、まるで滝のようです。
自分の判断が正しかったことを確信したわたしは、頭上高く指輪を振り上げると、渾身の力で床に叩きつけました。
簡素な金の指輪は砕け散り――。
「ハイハイサーーーーー!!!」
風の精霊王の歓喜の声がこだましたのです。







