ノリノリ★
「ぎゃははははは! 間抜け、間抜け、大間抜け~!」
肉塊の怪僧はドスンドスンと飛び跳ねて、大はしゃぎにはしゃいだ。
その度に全身の弛んだ肉ひだがブルンブルンと、醜悪に震える。
ロード・ハインマインは、快感だった。
底抜けに大馬鹿な探索者どもは彼の見事な計略にはまって、“雷の間” にまんまと入り込んだ。
“雷の間” はその名のとおり足を踏み入れたとんまの頭上に雷を落とす、愉快・痛快・爽快な、ハインマイン自慢の部屋だ。
轟雷の直撃を受けた阿呆は肉体を燃やし尽くして、“灰” になってしまう。
後に残されるのは真っ白な灰と、肉の燃えた臭いだけというわけだ。
ロード・ハインマインは、この臭いが大好きだった。
「ぎゃははははは! ひひひっ! う~~~っ!」
ダン、ダン、ダン!
足首への過度の負荷も構わず、肥満漢の怪僧は足を踏み鳴らす。
自分は世界最高の賢者だ!
またしてもそれを証明してしまった!
たまらない! たまらない!
肥大した身体に詰まった、それ以上に肥大した自我。
それがロード・ハインマインだ。
自分が世界で一番、賢いと思っている。
自分が世界で一番、偉いと思っている。
自分が世界で一番、尊いと思っている。
肥大した自我は認知を歪ませ、歪んだ認知はロード・ハインマインだけの歪んだ世界を幻出させる。
迷宮の一画に築かれた俗悪なだけのこの寺院こそ、ロード・ハインマインの歪んだ精神が具現化した世界なのだ。
「ロード・ハインマイン世界一の賢者♪ ロード・ハインマイン世界一の支配者♪ ロード・ハインマイン世界一の君主♪」
口角の端から涎を垂らしながら狂喜する姿はまさしく――。
「――俗物ですね」
突然響いた清澄な声に、ロード・ハインマインは飛び上がった。
“雷の間” から何事もなかったように、六人の探索者が出てくる。
真ん中に立つのは白を基調とした僧衣をまとった聖女。
「僧正様、ただいま戻りました」
「げええええっっっ!!!?」
自称世界一の賢者は、背骨が折れるほどに仰け反った。
◆◇◆
「あらあら、そんなに仰け反ったら “セルフ鯖折り” ですよ」
びっくりたまげて背骨が折れるほどに仰け反るロード・ハインマインに、にこやかに微笑みます。
「な、なぜだ!? なぜ生きている!? なぜ灰になっておらん!?」
「備えあれば憂いなし――ってやつだぜ。ロード・ハインマイン」
背中から声がしてパーティの後ろから、ヒョコヒョコと鳥影が進み出ました。
「お、おまえは、エセ霊媒師の “ダック・オブ・ショート” !」
「ガァ! 久しぶりだな、生臭坊主のハインマイン!」
「ば、馬鹿な! いったいどこから湧いて出た!?」
「いざという時は『後で会おう』と “全透” と “静寂” の魔法で姿と音を消して、側に付いていてもらっていたのです」
口から心肥大した心臓が飛び出るほど驚いている僧正様に、事も無げに告げます。
「敵地に侵入する際の常套手段ですよ」
「おのれ、騙しおったな~~~!!!」
「どの口が言うのですか」
「だ、だが、なぜだ!? なぜあの轟雷を受けて無事でいられるのだ!? いったいどんなインチキを使いおった!?」
「こいつのお陰さ」
ショートさんがそういって、翼端に握った杖を差し出します。
「そ、それは “雷轟の杖”!」
黄色く濁った眼球を見開く、ロード・ハインマイン。
「どうして貴様がそれを!? その杖は七階の “炎の大王と女王” の宝のはず!」
「なぁに、ちょうど直前の仕事がそのふたりの “夫婦喧嘩” の仲裁だったもんでな。報酬に譲り受けたのさ。カミカゼ寺院なんていかにもな場所に入るんだ。しっかりと風雷の対策はしておかねえと。避雷針代わりってわけよ。ガァー!」
「つまりあなたは最初から、わたしたちの掌で踊らされていたわけです」
そしてわたしはスチャッと、斜めに構えました。
「史上最高の迷宮探索者の一番弟子であるこのわたしが、あなた如きに出し抜かれるわけがありません! 一昨日来やがれ――です!」
ビシッ!
「し、史上最高だとぉぉ!?」
「そうです、史上最高です。当然世界一なんて、相手にもなりません。かすりもしません。一ミリぽっちも眼中にありません」
((((((……ノリノリだな、聖女さま))))))
なにやら複数の生温い視線を感じますが、キニシナイ。
「とにかくこれで交戦規定はクリアしました。あとはあなたを煮ようが焼こうが自由にできます」
「は、謀りおったな~~~!!!」
「わたしたちはこれでも “善” のパーティですので。いろいろと面倒な手続きを踏む必要があるのですよ」
「これが “善” のパーティのやることか! 聖女の言うことか!」
「あ、わたし “混沌にして善” なので、その辺りは全然気にしないのです。目的が正しければ『何をやってもよかろうなのだ~!』な人なのです」
悪しからず。
「ムキーーーーッッッッ!!!」
怒りにドス黒く染まる怪僧に、表情と声を真面目にして告げます。
「あなたの話はショートさんから聞いていました。普通にお願いしても協力をしてくれないことはわかっていたので、一芝居打たせてもらったのです」
「俺たちも手荒な真似はしたくない。知っていることを話してもらおう」
「ぐぬぬぬーーーーっっっ!!!」
一歩踏み出た隼人くんに、ロード・ハインマインが後ずさります。
と次の瞬間、
「ぎゃはははははは! ならばわしの方から手荒な真似をしてくれるわ!」
突然狂ったように哄笑すると、醜く膨張した僧侶はいきなり強気になりました。
「吹けよ、風! 呼べよ、嵐! いでよ我が守護神――出てこいシャザーン!」
両手を天に掲げて叫ぶ、ロード・ハインマイン。
するとどうでしょう!
強烈な妖気が辺りに漂い始め、蒼白い半透明な巨人となって現れたのです!
「ぎゃはははは 見るがいい! そして恐れるがいい! これぞ我がカミカゼ寺院の守り神、“風の大王ダイジン” だ!」
“大気の巨人” より、さらに強大な精霊力。
カミカゼ寺院に祀られていたのは、風の精霊王 “ジン” だったのです。
「ふむ、一応看板に偽りはなかったってわけか――殿下、出番だぜ!」
「オウ~~~ン!」
ショートさんが叫ぶなり “全透” の呪文を切ったオウンさんが、雄叫びと共に姿を現しました。
「げぇ!? “狂気の暴走者”!」
またも仰天する、ロード・ハインマイン。
「ひ、卑怯だぞ! 次から次へと!」
「何を言っているのですか。わたしはちゃんと言いましたよ、“全透” の呪文を使ったと。隠し球が一人しかいないのなら “透過” の呪文で充分ではないですか」
人の話を聞いてないから、そんなに驚くことになるのです。
とにかくこれでキャスティングは完了。
役者が揃って、いよいよ第三層のラストバトルです。
さあ、盛り上がって参りました!







