怪僧 “ロード・ハインマイン”
「おおっ、なんと見目麗しき訪問者だ! 我らの粗末な寺院にようこそ!」
でっぷりと太った、不健康な姿。
脂ぎった肌と髪。
離れていても鼻を曲げる饐えた吐息と、下品な香の匂い。
迷宮一の嫌われ者。
怪僧 “ロード・ハインマイン” の登場です。
第一印象を一言で現すなら――『俗物』。
その一言に尽きるでしょう。
ふかふかの絨毯に、ソファー。
天井から吊されたミラーボール。
カウンターの向こうの棚に並べられた、数々の酒瓶。
この俗悪な部屋を “粗末” と言ってのけるだけで、厚顔な人品が見て取れます。
「拙僧はこのカミカゼ寺院を束ねる “ロード・ハインマイン” と申す者。歓迎いたしますぞ」
「ご尊顔を拝し、光栄です。僧正様」
主の俗人ぶりに当てられてしまった隼人くんに代わって、わたしは恭しく頭を下げました。
隼人くんは機転の利く頭の良い男の子ですが、向こう側の人です。
ロード・ハインマインの相手は、同じこちら側のわたしがするべきでしょう。
「わたしはエバ・ライスライト。“時の賢者ルーソ” 様を捜す迷宮探索者です」
「なになに、“時の賢者ルーソ” 様とな!?」
「はい。何かご存じでしたらご教授いただけないでしょうか?」
大仰に驚くロード・ハインマインにわたしは、あくまでへりくだった態度でお願いしました。
「う~ん、知っているような……いないような。なんというか」
脂ぎった僧侶はチラチラとこちらを見ながら、言い淀みます。
まったく嫌なチラムーブもあったものです。
「もちろん教えていただけるのでしたら、わたしたちの出来る範囲で御寄進をさせていただきます」
そういうと懐中から迷宮金貨の入った革袋を出し、磨き上げられたガラステーブルに置きました。
「うーん、うーん、どうもこの辺りまで出かかっているのですが……」
ずっしりと中身の詰まった袋を見て、よいカモだと思ったのでしょう。
ロード・ハインマインが、露骨に値を吊り上げに掛かります。
「わたしたちはルーソ様を捜して迷宮を探索するうちに、いくつかの宝物を手に入れました。どうぞこちらもご覧ください」
わたしは内心の “やれやれだぜ” をおくびにも出さずに、雑嚢や背嚢からこれまでの探索で手に入れた品々を取り出して、同様に並べました。
“悪魔の石像”
“黄金の鍵”
“ドワーフの金鋸”
“宝石の錫杖”
最後の “宝石の錫杖” がテーブルに並べられたとき、ロード・ハインマインの黄色く濁った目が大きく見開かれました。
ルーソ様の物置で、怨霊が守っていた聖櫃から手に入れたものです。
大小様々な種類の宝石がちりばめられた見事な品で、何に用いるものなのかは不明でした。
「こ、これはまた見事な――い、いや! なんと罰当たりな! このような物欲と虚飾に穢れた品はこれまでみたことがない!」
垂涎の表情で食い入るように錫杖を見つめる、ロード・ハインマイン。
「ちょっと待てライスライト、それは賢者ルーソから授かった貴重な宝物だ。彼に届けるのが筋だろう。それを手放すなんてとんでもない」
ロード・ハインマインの毒気から回復した隼人くんが、絶妙のタイミングで合いの手を入れてくれました。
「え? ああ、そうでしたね。わたしとしたことがうっかりしていました――僧正様、そういった次第ですので、これはあしからず」
「ラ、ライスライトどの! このような穢らわしい品をあなたのような聖女が持っていてはなりませぬぞ! うむ、断じてなりません!」
錫杖に手を伸ばしかけたわたしを、ロード・ハインマインが慌てて制します。
「ですが、この錫杖は……」
「おおっ! 思い出しましたぞ! 思い出しましたぞ! “時の賢者ルーソ” 様! 彼の偉大な賢者が残した部屋が、実はこの寺院にあったことを!」
と突然、ロード・ハインマインが顔中に大粒の汗を浮かべて叫びました。
「ルーソ様のお部屋ですか?」
「さ、左様! 本来なら部外者を案内することはないのですが、ルーソ様の錫杖を持つあなた方なら構いますまい! そこに行けばもはやその錫杖に用はなくなるはず! 我が寺院の本尊の聖なる青き力で、浄化するがよろしかろう!」
(……聖なる青き力)
わたしたちは顔を見合わせました。
どうやら核心に近づいてきたようです。
「分かりました。これもルーソ様のお導きでしょう。その部屋に案内していただけるのでしたら、この錫杖は御寄進いたしましょう」
「ならば、さあこちらへ! さあさあ!」
ロード・ハイマインが欲望剥き出しの一ミリも信用できない顔で、せっつくようにうながします。
わたしたちは話に乗せられたような振りをして、不安定な足取りの怪僧に続き、キャバレーのような部屋を出ました。
ロード・ハインマインはせかせかと危なっかしい歩みで寺院の入り口まで戻ると、三叉路を東に向かいました。
そのまましばらく進んでから北に折れると、四方の壁に扉がある一×一区画の小部屋が現れました。
「この中が転移地点になっているのです。ささ、拙僧が先に行きますので」
矢も盾もたまらず――といった様子で扉を開け、部屋の床の中央に描かれた魔方陣を踏む肥満漢の僧侶。
「――いつでも武器を抜けるようにしておけ」
隼人くんが注意を喚起し、六人は待ち伏せを警戒しながら転移地点を潜りました。
途端に目眩にも似た浮遊感が、三半規管を襲います。
何度経験しても、慣れるものではありません。
浮遊感が去ったあと全員が息を飲んだのは、魔物による待ち伏せがあったからではありませんでした。
部屋全体を漆黒の緞帳が覆っていたからです。
赤と黄色に続いて “黒いカーテン” の部屋が現れたのです。
とても……とても嫌な感じです。
部屋全体を……玄室全体を “死” の臭いが覆っています。
(……何人、亡くなったのです?)
一〇人? 一〇〇人?
いったいどれだけの人がこの空間で、人生を終えたのです?
「さあ、どうぞ! あの部屋です! あの部屋がルーソ様のお部屋です!」
ロード・ハインマインがイモムシのような指で、玄室の北を示します。
そこにはやはり、四方全てに扉がある小部屋がありました。
「拙僧はここで待っておりますので、どうぞごゆるりとご見学ください」
肥大した肉塊そのものの僧侶はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、揉み手までしています。
わかりやすすぎて本当にありがたいです。
わたしたちは慎重に北の小部屋に近づき、扉を押し開きました。
何もありません。
何も起こりません。
ガランとした空間があるだけです。
乾燥した空気があるだけです。
チリチリとうなじの毛が逆立ちました。
比喩ではありません。
本当に逆立ったのです。
閃光が網膜を焼き、轟雷がパーティの頭上に落ちました。







