ネオン
「……下品な扉だ」
「ああ、見ただけでわかる。ありゃ、生臭寺だ」
五代くんと早乙女くんが、珍しく意見の同意をみました。
長くうねった回廊の終点。
突き当たりの北面に現れた、ケバケバしいまでに豪華な扉。
怪僧 “ロード・ハインマイン” のカミカゼ寺院です。
「幸運を祈ってるぜ」「オウン」
ショートさんがわたしたちを見上げ、オウンさんが見下ろします。
ここからは、六人の探索者だけで行かなければなりません。
「ええ、それでは後で会いましょう」
「ああ、後でな」
「よし、行こう」
隼人くんを先頭に、わたしたちはショートさんとオウンさんを残して、過度の装飾が施された扉の前に立ちました。
寺院に似つかわしくない黄金製の龍のドアノッカーを叩いて、来訪を告げます。
「怪しい者じゃない、迷宮探索者だ! 情報を求めている! 危害を加えるつもりはないので話を聞かせてほしい!」
隼人くんが扉の向こう側に向かって呼ばわります。
反応はなかなかありません。
迷宮では誰も彼もが完全武装です。
山賊の類いだと思われて、警戒されているのでしょう。
それも当然のことです。
(ですが、ショートのさんの話から察するに……)
ギギィイィ……!
そのとき軋んだ音を立てて、重々しく扉が開きました。
どうやら受け入れてくれたようです。
全員が顔を見合わせ、軽くうなずき合います。
武器を抜きたいところですが、今回はそうもいきません。
前衛はすぐに武器に手を伸ばせるように心構えをし、後衛は加護や呪文を口ずさみながら扉を潜ります。
いざという場合は田宮さんの抜刀術が、大いに頼りになるでしょう。
扉の奥は北・東・西と、三叉に別れた回廊でした。
東西の回廊はどちらも長く伸びていて、先は分かりません。
北の回廊は一区画の長さしかなく、そこには大伽藍が拡がっていました。
五代くんが進み出て、慎重に前に進みました。
ここが曲がりなりにも宗教的な寺院であるなら、根本聖堂はまっすぐ北でしょう。
しばらく進むと床と天井をつなぐ巨大な柱が二本、見えてきました。
一×一区画の立方体をしていて、それぞれ南側に扉があります。
ちょうどトキミさんがいる “時の賢者ルーソ” さまの住居と、その隣りにある物置のようです。
柱の間を抜けてさらに北に進みかけたとき――。
「気をつけろ! 床はまやかしだ!」
五代くんが、鋭く叫びました。
「罠か!?」
「ああ、床に見えるのは幻術で、下は……ガスだな」
「なんて寺だ!」
悪辣な仕掛けに憤る早乙女くん。
「迂回だ。瑞穂には “反発” の呪文が掛かってない」
わたしたちは東側の柱をぐるっと回って、幻の床で隠された有毒なガス溜まりの向こう側に出ました。
そこから北に二区画先に見えたのが……。
「……なんだありゃ? キャバクラか?」
早乙女くんが呆れ果てた様子で漏らしました。
他のみんなも大同小異の反応です。
“永光” が不要なほどに輝いているのは、まるでネオンに彩られた歓楽街の接待飲食店のような建造物でした。
「……最低」「……最悪」
あまりの悪趣味ぶりに、田宮さんと安西さんが同時に呟きました。
ふたりとも初めて『あの人』に会ったときの、何倍も嫌そうな顔をしています。
「いえ、かえって解りやすいと言うものです」
わたしはキッパリと言い切りました。
これだけ虚飾に満ちた建物に住んでいるのです。
住人の人格は、推して知るべしでしょう。
前衛的でエキセントリックな芸術家肌でもなければ、もちろん重厚で落ち着いた人格でもありません。
ショートさんの言葉を借りれば、まさに金満・因業・生臭な人間でしょう。
でっぷりと不健康に太った脂ぎった肌が、目に浮かぶようです。
予断は禁物ですが警戒心を催せたので、逆にありがたいくらいです。
五代くんが油断なくキャバレーのような寺院に近づき、安全を確かめます。
振り返ってうなずく五代くん。
隼人くんが再び、入り口のドアノッカー――今度は黄金の鷲――を叩きます。
ギギィイィ……!
ここでもまた軋んだ音を立てて、扉が開きました。
わたしたちを招き入れようとしているのは、確かなようです。
隼人くんの背中に緊張が走り、一歩踏み出しました。
言葉を失うわたしたち。
そこは本当にキャバレーのような部屋だったのです。
ふかふかの絨毯に、ソファー。
天井から吊されたミラーボール。
カウンターの向こうの棚に並べられた、数々の酒瓶。
そして部屋の奥から、大きな太った僧侶が白い歯を剥き出し、ヨタヨタと歩いてきたとき、悪感情は最高潮に達しました。
でっぷりと太った、不健康な姿。
脂ぎった肌と髪。
離れていても鼻を曲げる饐えた吐息と、下品な香の匂い。
「おおっ、なんと見目麗しき訪問者だ! 我らの粗末な寺院にようこそ!」
迷宮一の嫌われ者。
怪僧 “ロード・ハインマイン” の登場です。







