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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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ネオン

「……下品な扉だ」


「ああ、見ただけでわかる。ありゃ、生臭寺(なまぐさでら)だ」


 五代くんと早乙女くんが、珍しく意見の同意をみました。

 長くうねった回廊の終点。

 突き当たりの北面に現れた、ケバケバしいまでに豪華な扉。


 怪僧 “ロード・ハインマイン” のカミカゼ寺院です。


「幸運を祈ってるぜ」「オウン」


 ショートさんがわたしたちを見上げ、オウンさんが見下ろします。

 ここからは、六人の探索者だけで行かなければなりません。


「ええ、それでは後で会いましょう」


「ああ、後でな」


「よし、行こう」


 隼人くんを先頭に、わたしたちはショートさんとオウンさんを残して、過度の装飾が施された扉の前に立ちました。

 寺院に似つかわしくない黄金製の龍のドアノッカーを叩いて、来訪を告げます。


「怪しい者じゃない、迷宮探索者だ! 情報を求めている! 危害を加えるつもりはないので話を聞かせてほしい!」


 隼人くんが扉の向こう側に向かって呼ばわります。

 反応はなかなかありません。

 迷宮では誰も彼もが完全武装です。

 山賊(バンデッツ)の類いだと思われて、警戒されているのでしょう。

 それも当然のことです。


(ですが、ショートのさんの話から察するに……)


 ギギィイィ……!


 そのとき(きし)んだ音を立てて、重々しく扉が開きました。

 どうやら受け入れてくれたようです。

 全員が顔を見合わせ、軽くうなずき合います。

 武器を抜きたいところですが、今回はそうもいきません。

 前衛はすぐに武器に手を伸ばせるように心構えをし、後衛は加護や呪文を口ずさみながら扉を潜ります。

 いざという場合は田宮さんの抜刀術が、大いに頼りになるでしょう。


 扉の奥は北・東・西と、三叉(さんさ)に別れた回廊でした。

 東西の回廊はどちらも長く伸びていて、先は分かりません。

 北の回廊は一区画(ブロック)の長さしかなく、そこには大伽藍(だいがらん)が拡がっていました。


 五代くんが進み出て、慎重に前に進みました。

 ここが曲がりなりにも宗教的な寺院であるなら、根本聖堂はまっすぐ北でしょう。


 しばらく進むと床と天井をつなぐ巨大な柱が二本、見えてきました。

 一×一区画の立方体をしていて、それぞれ南側に扉があります。

 ちょうどトキミさんがいる “時の賢者ルーソ” さまの住居と、その隣りにある物置のようです。


 柱の間を抜けてさらに北に進みかけたとき――。


「気をつけろ! 床はまやかしだ!」


 五代くんが、鋭く叫びました。


(トラップ)か!?」


「ああ、床に見えるのは幻術(イリュージョン)で、下は……ガスだな」


「なんて()だ!」


 悪辣な仕掛けに憤る早乙女くん。


「迂回だ。瑞穂には “反発” の呪文が掛かってない」


 わたしたちは東側の柱をぐるっと回って、幻の床で隠された有毒なガス溜まりの向こう側に出ました。

 そこから北に二区画(二〇メートル)先に見えたのが……。


「……なんだありゃ? キャバクラか?」


 早乙女くんが呆れ果てた様子で漏らしました。

 他のみんなも大同小異の反応です。

 “永光コンティニュアル・ライト” が不要なほどに輝いているのは、まるでネオンに彩られた歓楽街の接待飲食店(ナイトクラブ)のような建造物でした。


「……最低」「……最悪」


 あまりの悪趣味ぶりに、田宮さんと安西さんが同時に呟きました。

 ふたりとも初めて『あの人』に会ったときの、何倍も()()()()顔をしています。


「いえ、かえって解りやすいと言うものです」


 わたしはキッパリと言い切りました。

 これだけ虚飾に満ちた建物に住んでいるのです。

 住人の人格は、推して知るべしでしょう。


 前衛的でエキセントリックな芸術家肌でもなければ、もちろん重厚で落ち着いた人格でもありません。

 ショートさんの言葉を借りれば、まさに金満・因業・生臭な人間でしょう。

 でっぷりと不健康に太った脂ぎった肌が、目に浮かぶようです。


 予断は禁物ですが警戒心を(もよお)せたので、逆にありがたいくらいです。


 五代くんが油断なくキャバレーのような寺院に近づき、安全を確かめます。

 振り返ってうなずく五代くん。

 隼人くんが再び、入り口のドアノッカー――今度は黄金の鷲――を叩きます。


 ギギィイィ……!


 ここでもまた軋んだ音を立てて、扉が開きました。

 わたしたちを招き入れようとしているのは、確かなようです。

 隼人くんの背中に緊張が走り、一歩踏み出しました。


 言葉を失うわたしたち。


 そこは本当にキャバレーのような部屋だったのです。

 ふかふかの絨毯に、ソファー。

 天井から吊された()()()()()()

 カウンターの向こうの棚に並べられた、数々の酒瓶。

 そして部屋の奥から、大きな太った僧侶が白い歯を剥き出し、ヨタヨタと歩いてきたとき、悪感情は最高潮に達しました。


 でっぷりと太った、不健康な姿。

 脂ぎった肌と髪。

 離れていても鼻を曲げる饐えた吐息と、下品な香の匂い。


「おおっ、なんと見目麗しき訪問者だ! 我らの粗末な寺院にようこそ!」


 迷宮一の嫌われ者。

 怪僧 “ロード・ハインマイン” の登場です。



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― 新着の感想 ―
[一言] ミラーボールと言う単語でジュリアナ東京を思い出す世代ですw
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