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迷宮保険  作者: 井上啓二
第二章 保険屋 v.s. 探索者
50/660

螺旋迷宮 ースパイラル・ラビリンスー★

 それは地下三階の十字路に突然現れた “立て看板” ……の幻影でした。

 一区画(ブロック)幅の十字路の中心に浮かんでいて、一定の間隔でモザイク色に明滅を繰り返しています。


「……目が痛くなりそうですね。催眠術でもかけているのでしょうか?」


 七色に点滅を繰り返す幻の看板を見て、真っ先に思い浮かんだのがそれでした。

 前の世界の知識を元に、頭の中で警報(アラーム)が鳴っています。


「催眠術? なんだそれは?」


 レットさんが怪訝な声で訊ねます。


「明滅する光で人を暗示に掛ける術です。“魅了(チャーム)”の呪文と似たようなものでしょうか」


「だとしたら気をつけないとな。知らない間に操られて、右に曲がった先が (トラップ)だなんて洒落にならない」


「それも気をつけないとだが、そもそもこれは罠なのか? それともヒントなのか?」


 ジグさんが気味悪げに顔を顰めます。


「「「「……」」」」


 無言で看板を睨んでいるカドモフさんも含めて、全員で考え込みます。

 こういう時、知力(IQ)の高い魔術師(メイジ)のパーシャがいてくれたらよいのですが……。

 今のメンバーの知力は、


 シグさん   11

 レットさん  10

 カドモフさん 10

 ライスライト 12


 ……です。

 全員が脳筋寄りで、こう言う状況にはにんともかんとも。


「……罠というより、質の悪い冗句(ジョーク)ではないでしょうか?」


 それでもわたしは、考えた末に控えめに意見を述べました。


「理由は?」


「東西南北どの方向から来ても “右に曲がれ” では、ヒントになりませんから……」


 この幻影の立て看板は、東西南北()()()()()()()()()()()()()()()()

 絶対的ではなく、相対的なのです。

 これではヒントにはなりません。


「……道理だ」


 カドモフさんが頷き、レットさんが、


「なるほどな」


 とウンザリした様子で嘆息しました。


「エバ、二階への縄梯子は十字路のどこかにあるんだよな?」


 そんな二人を尻目に、ジグさんがわたしに念を押しました。


「はい。わたしの記憶ではそうだったと思います」


 アッシュロードさんから地図を手渡されたとき、一~三階の縄梯子の位置は確認しました。

 というより、それを確かめるのが迷宮で地図を見る第一の理由なのです。


「ですが、十字路には罠の記述もあったと思います。気をつけてください」


「地上への帰路を探して歩いてるうちに罠を踏むって寸法か。性悪女(アンドリーナ) の考えそうなことだ」


「しっ、どこで聞かれてるかわかりませんよ。ここは彼女の迷宮なのですから」


 わたしは慌ててジグさんを注意しました。

 怒った迷宮の支配者(ダンジョンマスター) に出てこられては困り過ぎます。


「迷わないように壁に目印を残していこう――ジグ、頼む」


「ああ」


 レットさんが斥候(スカウト)を務めるジグさんに指示を出し、ジグさんが十字路の右手前の回廊の壁に目立つように傷文字を彫り込みました。


「よし、罠の警戒を最優先にして慎重に進むぞ」


 隊列はジグさんを先頭に、レットさん、カドモフさん、わたしの順の一列縦隊です。


 階層(フロア)を構成する複数の十字路と玄室。

 その十字路を繋ぐ短い回廊には玄室への扉が点在していますが、今回は無視して進みます。

 玄室には十中八九そこを根城にしている魔物がいるからです。

 強襲&強奪(ハック&スラッシュ)をしている余裕はありません。

 五区画進むと次の十字路に行き着きました。

 ジグさんが右手前の壁に傷文字を刻むとひとり先に進み、慎重に罠を探っていきます。


「いいぞ、大丈夫だ」


 待機していたわたしたちがその声にようやく十字路に入り、さらに先に進もうとしたとき、


「……待て」


 カドモフさんがそれを制しました。


「……妙だ。傷文字の位置を確認しろ」


 わたしは訝しみながらも後ろを振り返り、後方左手の壁際にあるはずの傷文字を確かめました。


「……えっ?」


 そこには何もありません。

 誰にでも分かるように大きく彫り込まれたはずの傷文字が、いつの間にか消えてしまっています。


「……ないです。傷文字が」


「なんだと?」


 ジグさんが側にやってきて、わたしと一緒に左手の壁際を覗き込みます。

 もちろん、そこにジグさん自身が刻み込んだはずの文字はありませんでした。


「そんな馬鹿な」


「おい、これはどういうことだ? そっちじゃないこっちだ。目印がある」


 レットさんが困惑した声で()()()()()()()()に、わたしたちを呼びました。


「あ? おい、これはなんの冗談だ?」


「……冗談ではない。おそらくこれが “回転床”の罠だ」


 呆気に取られたジグさんに、カドモフさんがブスッと言いました。


「“回転床” だと!? これがか!」


 回転床!

 転移(テレポート)次元連結(ループ)と並ぶ、パーティの現在位置を見失わせる、地図作成(マッピング) 阻害系の罠です!

 訓練場の座学でその存在だけは教えられていましたが、それにしても――。


「いや、そうか――しかし、こんなにも気づかない代物だったのか」


 ジグさんもわたしと同様、納得しつつも驚きを隠せないようでした。

 いえ(トラップ)の専門家である盗賊(シーフ) のジグさんがまったく気づかなかったのです。

 その驚きはわたし以上かもしれません。


「……簡単に気づくようなら “罠” にはならん」


 カドモフさんはしゃがみ込み、石畳の床に手を伸ばしました。

 そして、まるで慈しむように指先でなぞります。


「……他の床とまったく違いがない。見事なものだ。これはまさしく古代魔法帝国の技術――失われた技術(オーパーツ)だ」


 感嘆の響きが、若きドワーフの戦士さんから漏れました。


「それにしても、よく気がつきましたね」


「……エルフが森を好むようにドワーフは地下に強い。それだけのことだ」


 わたしの称賛の眼差しに、カドモフさんは不機嫌そうにそっぽを向いてしまいました。

 怒っているのではなく、恥ずかしがっているのでしょう。

 どうもカドモフさんは、わたしの知っている誰かさんと同じで極度の照れ屋さんのようです。


「とにかく、お手柄だ。カドモフ。お陰で――」


「レット!」


 不意にジグさんがレットさんを突き飛ばしました。

 その直後、レットさんの首筋をかすめて()()()()がかすめ去ります。


「な、なんです!?」


 慌ててその物体を目で追うと、そこには――。


挿絵(By みてみん)


「う、兎?」


 人懐っこそうな愛らしい白い兎がチョコンと座って、こちらを見ていました。


「か、可愛い……?」


 最後に疑問符がついたのは、危険な迷宮にはあまりにもそぐわない姿だったからです。


「いや、口元をよく見てみろ。()()()()()()()が見えるぜ」


 嫌悪感も露わのジグさんに言われるまま白兎の口元を見てみると、そこにはニョッキリと生えた二本の鋭い牙が……。

 “認知(アイデンティファイ)” の加護で、魔物の識別能力が向上していたわたしは、すぐにその正体がわかりました。


「“首狩り兎(ボーパル・ラビット)” !」


 この兎こそ、その愛らしい姿で探索者を油断させ、鋭い牙で無防備な喉首を食い破る(クリティカルする)という、悪名高き迷宮のマスコット。

 その兎が気がつけば目の前の一匹だけでなく、3、4、5――まだ増えていきます!


「パーシャがいない。戦うのはちょっとキツくねえか」


 ジグさんがいつ飛び掛かられても反応できるように、腰を落として逆手で短剣(ショートソード)を構えました。


「ああ、撤退しよう」


 レットさんが即座に決断を下します。


「エバ、ジグ、先に行け。後ろは俺とカドモフが固める」


「りょ、了解です」


「元来た方向だ! 罠がない!」


「はい!」


 ジグさんに指示されて、左の回廊を走ります!

 しかしこの時、わたしはまだ気づいていなかったのです。回転床の――この迷宮の真の悪辣さに。


 バタンッ!


「――えっ?」


 ひとつ手前の十字路まで駆け戻ったとき、唐突にわたしの足元が抜けました。

 わたしは――わたしたちは気づいていなかったのです。

 戦闘から逃走した時点で再び回転床が作動していたことに。

 わたしの身体は重力を失い、陥穽(ピット) ――落とし穴に消えていきました。


◆◇◆


「来た来た来た来た! おっちゃん! サムライ沢山、北から来た!」


「はぁ!!? がきんちょ、おまえの仕事は斥候だろうが! なんで釣り役(プーラー) してやがる!」


「知らないよ! 角を曲がったら目が合っちゃったんだから!」


「そこを合わないようにするのが斥候だろうが!」


「あたいはの本職は斥候じゃなくて 魔術師(メイジ)だい!」


 斥候に出るなり東夷風の武者装束に身を包んだ一団に追われ、涙目で駆け戻ってくるパーシャ。

 アッシュロードは舌打ちして、剣を両手に身構える。

 しかし後ろから見ていたフェルには、その背中がどうにも隙だらけで素人同然に見えた。

 これなら、レットやカドモフ――いえ、前衛職でもない自分の方がよほどマシではないか。

 それは初めてアッシュロードと一緒に迷宮に潜った際に、エバが感じた思いと同じだった。

 案の定、“侍大将” たちは、もっとも与しやすいと見て取ったアッシュロードに殺到してきた。


「危ないっ!」


 思わず、フェルは叫んだ。

 五人の “侍大将(チャンプ・サムライ)” の刀がアッシュロードに振り下ろされる。

 ッと刃が鳴って、刃こぼれの鉄片が火花となって飛び散った。

 アッシュロードが大小左右の剣を頭上で交叉(クロスさせ)、“侍大将(チャンプ・サムライ)” たちの刀をすべて受け止めた。

 受け止められた五本の刀が二本の剣の(作用点)を滑り、鍔元(支点)に集約される。


 ……ニッ、


 と、アッシュロードの口元が不敵に歪む。


「――押っせえぇぇぇえっ!」


 裂帛の気合いと共に左右の剣がハサミの如く閉じられ振り払われると、侍たちの刀が折れ飛び、ふたりの “侍大将(チャンプ・サムライ)” の頭骨が兜ごと断ち割られた。

 パーティをひとつの城と考えるなら、後衛は護るべき王城であろう。

 それでは城壁にあたる前衛の中でも、特に防御力に秀でた君主(ロード)は何にあたるのか?


 監視塔を兼ねた防御塔か? ――否。

 深く濁った水の底に鋭い杭を隠した水壕か? ――否。

 では城壁の中でもっとも敵の的になる、弱点となる城門か? ――然り。


 然り。然り。

 君主(ロード)は敵の攻撃を一手に引きつけてパーティを護る盾役(タンク)

 城璧の中で、()()()()()()()()()()()()()()

 そして、()()()()()()()()()()()()

 城壁の中で()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()あらねばならないのが城門の―― 君主(ロード)の役目なのだ。


「おまえら東方の益荒男(ますらお)が知らねえのか? “矛盾” って言葉にゃ矛盾はないんだぜ?」



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― 新着の感想 ―
[一言] 『怒った ”迷宮の支配者” に出てこられては困り過ぎます』 なんと! 出てくることもあるんですね! 私の作品でも迷宮を傷つけまくったらそこの創造主が出てきたものですから、にやりとしてしまい…
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