探索者、北へ
「何か知っているのですか?」
「ああ、北にはこの迷宮で一番の嫌われ者が住んでるんだよ」
それは温厚なショートさんが初めて見せた、苦々しげな表情と口調でした。
「オウン……!」
オウンさんも、低く同意します。
「いったい何者なのです?」
「“ロード・ハインマイン” って司祭なんだが、こいつがまた典型的な金満・因業・生臭坊主でよ。金には汚え、手癖は悪ぃ、二枚舌三枚舌は当たり前のとにかくどうしようもねえ奴で、オイラたちみてえな真っ当な人間からは鼻つまみ者にされてんだ」
「……ロード・ハインマイン」
「ああ、まったく名前どおりの最低最悪の地雷野郎さ、ガァー!」
憤懣やるかたなし! といった感じのショートさん。
もしかしたら以前に、個人的な因縁があったのかもしれません。
「坊主ってことは、その地雷野郎が住んでるのって寺なのか?」
実家が仏寺の早乙女くんが、複雑な顔で訊ねます。
「月照の言うとおりだ。この階層の北側の大部分は奴の領域なんだ。カミカゼ寺院っていってよ。奴はあれでいてなかなかに腕の立つ聖職者なんだよ。まったく始末に負えねえや」
「ゲッショー言うな! ――って、地雷に神風かよ。そりゃ相当ヤバい坊主だぞ」
『俺には分かる』、と強くうなずく早乙女くん。
「配下や信者はいるのでしょうか? 数は?」
「それがわかんねえんだ。オイラとあいつはほら、なんというか霊媒師と生臭坊主だろ?」
「つまり、商売敵ってわけね」
「……ガァ、賢いお侍ぇだよ、おめえさんは」
佐那子さんの指摘にショートさんは、モジモジと両翼の端を擦り合わせました。
そして表情を改めて、
「だからおいらも、それから殿下も、奴の寺院の中までは知らねえし、付いていってもやれねえ。おいらたちは顔を知られてるから追い返されちまうし、おめさんたちも相手にされねえだろう」
「やってやろうじゃねえか! こちとら “善” の坊主だ! 因業だか生臭だか知らねえが、『坊主の不信心』って言葉を教えてやるぜ!」
「……うん、わたしたちだけでどうにかするしかないんだしね」
早乙女くんが踊り上がるように叫べば、安西さんが小さくですがキッパリとうなずきます。
「寺院までは案内してくれるんだろ?」
「もちろんだ。そこまでは俺と殿下が責任をもって送り届けてやるぜ――な、殿下」
「オウ~ン!」
隼人くんに訊ねられ、頼もしく受けあうショートさんとオウンさん。
「――では装備の点検をして北の寺院に向かいましょう」
そうしてわたしたちは、各々の出発の準備に取りかかりました。
「瑞穂、これを飲んでおけ」
背嚢の肩紐の具合を確認していたわたしに、隼人くんが膨らんだ水袋を差し出しました。
「精神力が回復する水だ」
「ああ、話に出てきた金色の水ですね。いただきます」
オウンさんの痒みの治療や “深きもの” との戦いで加護を消耗していたわたしは、ありがたく頂戴しました。
「――あ、思ったよりも柔らかい味ですね。意外と飲みやすいです」
金属質な色合なのでもっとずっと硬質な味かと思っていましたが、まったくそんなことはありません。
飲料水としても普通に飲めそうです。
「わたしが汲んできた水には体力回復の効果があります。緊急時に使いましょう」
他の五人とショートさんの水袋は金色の水で満たされていますが、赤い水はわたしの革袋だけです。
怪我の治療は癒やしの加護を用いて、消耗した精神力は金色の水で回復。
赤い水で体力を回復するのは、それらが底を突いたあとにするのが最良でしょう。
「ありがとうございました。美味しかったです」
「……」
微笑みながら水袋を返したわたしを、隼人くんが見つめています。
「? どうしました?」
「……無事で良かった」
隼人くんはそれだけいうと、革袋を腰に吊して背を向けました。
「……」
わたしは……探索者として経験を積むうちに、人としての当たり前の感情が鈍麻してしまったのでしょうか
自分が軽く流してしまった、パーティから分断と再合流。
隼人くんは本当に心配してくれていたのです。
「進発する」
振り返ることなく指示を出す隼人くんに、わたしは黙って従いました。
それからわたしたちはショートさんとオウンさんを先頭に、うねうねと続く回廊をひたすら進みました。
のたうつような回廊に方向感覚はすぐに狂ってしまいます。
わたしは角を曲がる度に今自分がどの方向に進んでいるのか、記憶に努めました。
ショートさんも地図係の安西さんを慮って、度々足を止めています。
「どうです?」
地図を記する安西さんに訊ねます。
“示位の指輪” を使う必要があるかもしれないからです。
「うん、今のところは大丈夫みたい。穽陥を気にしなくていいのは助かるよ」
「そうですね」
他の五人とショートさんは、ショートさんの唱えた “反発” の呪文で穽陥の上を歩いて渡ることができます。
呪文のないわたしは、オウンさんに抱っこしてもらってヒラリ!ひとっ飛びです。
日々迷宮を爆走してきたオウンさんの脚力は、半端ではありません。
長い時間が掛かりましたが、それでも順調だったのでしょう。
徘徊する魔物に遭遇することもなく、 わたしたちは目的の場所に達しました。
目前に北壁に出現した、ケバケバしいほどに豪華な扉。
怪僧ロード・ハインマインのカミカゼ寺院です。







