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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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探索者、北へ

「何か知っているのですか?」


「ああ、北にはこの迷宮で一番の嫌われ者が住んでるんだよ」


 それは温厚なショートさんが初めて見せた、苦々しげな表情と口調でした。


「オウン……!」


 オウンさんも、低く同意します。


「いったい何者なのです?」


「“ロード・ハインマイン” って司祭なんだが、こいつがまた典型的な金満・因業・生臭坊主でよ。金には汚え、手癖は悪ぃ、二枚舌三枚舌は当たり前のとにかくどうしようもねえ奴で、オイラたちみてえな真っ当な人間からは鼻つまみ者にされてんだ」


「……ロード・ハインマイン」


「ああ、まったく名前どおりの最低最悪の地雷(マイン)野郎さ、ガァー!」


 憤懣やるかたなし! といった感じのショートさん。

 もしかしたら以前に、個人的な因縁があったのかもしれません。


「坊主ってことは、その地雷野郎が住んでるのって寺なのか?」


 実家が仏寺の早乙女くんが、複雑な顔で訊ねます。


月照(ゲッショー)の言うとおりだ。この階層(フロア)の北側の大部分は奴の領域(テリトリー)なんだ。カミカゼ寺院っていってよ。奴はあれでいてなかなかに腕の立つ聖職者なんだよ。まったく始末に負えねえや」


「ゲッショー言うな! ――って、地雷に神風かよ。そりゃ相当ヤバい坊主だぞ」


『俺には分かる』、と強くうなずく早乙女くん。


「配下や信者はいるのでしょうか? 数は?」


「それがわかんねえんだ。オイラとあいつはほら、なんというか霊媒師と生臭坊主だろ?」


「つまり、商売敵ってわけね」


「……ガァ、賢いお侍ぇだよ、おめえさんは」


 佐那子さんの指摘にショートさんは、モジモジと両翼の端を擦り合わせました。

 そして表情を改めて、


「だからおいらも、それから殿下も、奴の寺院の中までは知らねえし、付いていってもやれねえ。おいらたちは顔を知られてるから追い返されちまうし、おめさんたちも相手にされねえだろう」


「やってやろうじゃねえか! ()()()()(グッド)” の坊主だ! 因業だか生臭だか知らねえが、『坊主の不信心』って言葉を教えてやるぜ!」


「……うん、わたしたちだけでどうにかするしかないんだしね」


 早乙女くんが踊り上がるように叫べば、安西さんが小さくですがキッパリとうなずきます。


「寺院までは案内してくれるんだろ?」


「もちろんだ。そこまでは俺と殿下が責任をもって送り届けてやるぜ――な、殿下」


「オウ~ン!」


 隼人くんに訊ねられ、頼もしく受けあうショートさんとオウンさん。


「――では装備の点検をして北の寺院に向かいましょう」


 そうしてわたしたちは、各々の出発の準備に取りかかりました。


「瑞穂、これを飲んでおけ」


 背嚢の肩紐(ストラップ)の具合を確認していたわたしに、隼人くんが膨らんだ水袋を差し出しました。


精神力(マジックポイント)が回復する水だ」


「ああ、話に出てきた金色の水ですね。いただきます」


 オウンさんの(かゆ)みの治療や “深きもの(ディープワン)” との戦いで加護を消耗していたわたしは、ありがたく頂戴しました。


「――あ、思ったよりも柔らかい味ですね。意外と飲みやすいです」


 金属質な色合なのでもっとずっと硬質な味かと思っていましたが、まったくそんなことはありません。

 飲料水としても普通に飲めそうです。


「わたしが汲んできた水には体力回復の効果があります。緊急時に使いましょう」


 他の五人とショートさんの水袋は金色の水で満たされていますが、赤い水はわたしの革袋だけです。

 怪我の治療は癒やしの加護を用いて、消耗した精神力は金色の水で回復。

 赤い水で体力を回復するのは、それらが底を突いたあとにするのが最良でしょう。


「ありがとうございました。美味しかったです」


「……」


 微笑みながら水袋を返したわたしを、隼人くんが見つめています。


「? どうしました?」


「……無事で良かった」


 隼人くんはそれだけいうと、革袋を腰に吊して背を向けました。


「……」


 わたしは……探索者として経験を積むうちに、人としての当たり前の感情が鈍麻(どんま)してしまったのでしょうか

 自分が軽く流してしまった、パーティから分断と再合流。 

 隼人くんは本当に心配してくれていたのです。


「進発する」


 振り返ることなく指示を出す隼人くんに、わたしは黙って従いました。


 それからわたしたちはショートさんとオウンさんを先頭に、うねうねと続く回廊をひたすら進みました。

 のたうつような回廊に方向感覚はすぐに狂ってしまいます。

 わたしは角を曲がる度に今自分がどの方向に進んでいるのか、記憶に努めました。

 ショートさんも地図係(マッパー)の安西さんを(おもんぱか)って、度々足を止めています。


「どうです?」


 地図を記する安西さんに訊ねます。

 “示位の指輪(コーディネイトリング)” を使う必要があるかもしれないからです。


「うん、今のところは大丈夫みたい。穽陥(ピット)を気にしなくていいのは助かるよ」


「そうですね」


 他の五人とショートさんは、ショートさんの唱えた “反発” の呪文で穽陥の上を歩いて渡ることができます。

 呪文のないわたしは、オウンさんに抱っこしてもらってヒラリ!ひとっ飛びです。

 日々迷宮を爆走してきたオウンさんの脚力は、半端ではありません。


 長い時間が掛かりましたが、それでも順調だったのでしょう。

 徘徊する魔物ワンダリング・モンスターに遭遇することもなく、 わたしたちは目的の場所に達しました。


 目前に北壁に出現した、ケバケバしいほどに豪華な扉。


 怪僧ロード・ハインマインのカミカゼ寺院です。



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― 新着の感想 ―
[良い点] また面白そうなのが… 今度は一体どんなぶっ飛んだやつなのか、楽しみです。
[一言] エバは人として鈍麻したのでしょうね。 それを探索者と言うのでしょうから。 グレイと同じ状態になりつつある、ということでしょう。 あと隼人のは恋慕が混じってるので参考には出来ないかとw
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