表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
497/659

閃き(スパーク)

「――いきなりじゃおっかねえだろうから、オイラが先に行くぜ」


 “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” は気楽にいうと、先んじて回廊を塞ぐ穽陥(ピット)に向かって歩き出した。


「気をつけてね」


 くすんだ濃緑の法衣(ローブ)からのぞく尾羽を、佐那子が気遣う。

 彼女はアヒルが大好きだった。


「任せときねえ」


 ショートは振り返るでもなく尻を揺らしながら、ヒョコヒョコと穽陥の上を渡っていった。


「ほらな、簡単だろ?」


 あっさりと渡りきるとショートが、事も無げに振り返った。

 なるほど “反発” の呪文は確かに効果があるようだ、とパーティの誰もが思った。


「しかし……まさかおまえにそんな趣味があるとはなぁ」


 月照がホッと胸をなで下ろしている佐那子を見て、複雑な表情を浮かべる。


「なによ、文句でもあるの?」


「い、いや、ねえよ、もちろん」


 月照は佐那子に、これといって特別な感情があるわけではない。

 それでも『ここにちゃんとした人間のオスがいるだろうに』……という気持ちを抱かずにはいられない。

 俺のオスとしての魅力はアヒルよりも下なのか……と、トホホな月照だった。


「――よし、次は俺がいく」


 二番手に名乗りを上げたのは忍だった。


「き、気をつけて」


 心配する恋に、ショートと違って答えることなく忍は盗賊(シーフ) 特有の猫のような足取りで穽陥を渡りきった。

 次いで佐那子、月照、恋の順で続く。


「これは確かに役に立つ呪文だ」


 殿(しんがり)を守っていた隼人が穽陥を渡り終えると、ショートに言った。


「だろ? あとでそこの魔術師(メイジ) の嬢ちゃんにも教えてやるよ」


「えっ? 本当ですか?」


「ああ、おめえさんたちは命の恩人だからな」


「ありがとう、アヒルさん!」


「おおうっ! こいつは役得ってやつだな!」


 恋に抱きつかれたショートが、ガァ! ガァ! と機嫌の良い鳴声(めいせい)を上げる。


「随分と気前がいいのね?」


 ジト目を向ける佐那子に、ショートはやんわりと恋を押しやって言った。


「実際のところこれから先は、この(まじな)いがねえとやべえのさ」


 つぶらな瞳が真剣な色に変わっている。


「迂回ができねえ(わな)だの仕掛け(ギミック)だのが、わんさか出てくるようになるからな。いくらおめえさんたちの腕っ節が強くても、こいつばかりはどうにもなんねえんだよ」


 浮ついていた心に冷水を浴びせられたように、押し黙る佐那子。


「とにかく今は一刻でも早く、ライスライトと合流するこった。そうしてねえと呪いを教えるどころの話じゃなくなっちまう」


「急ごう」


 隼人が進発をうながした。


「もうひとつの泉に行く前に、縄梯子を確認する。もしかしたら瑞穂が戻ってるかもしれないからな」


◆◇◆


「――あっ!」


 羊皮紙に記された――記した座標を見て、思わず大きな声が上がりました。


 “()12、()25”、現在の座標。

 “E12、S14”、階層(フロア)の始点である縄梯子。

 “(西)2、S14”、“深きもの(ディープワン)” と遭遇した赤い部屋の赤い泉。


 共通点は、E12とS14という座標。

 これだけではわかりにくいですが、地図を思い浮かべてみればすぐに分かります。

 つまり――。


 始点の縄梯子は赤い部屋と同一上の横軸にあり、始点の縄梯子と現在位置は同じ縦軸にあるのです。


(……距離は!)


 わたしは必死に得意ではない暗算をします。


 縄梯子から赤い泉まで直線距離で、一四区画(ブロック)

 そして縄橋子から現在位置までが、一一区画?


(あれれ? おかしいですね?)


 わたしは小首を傾げました。

 検算をしてみても……やはり一一区画です。

 てっきり今いる座標も、始点の縄梯子から直線で一四区画の距離にあると思ったのですが。

 もしそうなら始点の縄梯子を中心に、西と南の等距離に何かしらの重要なポイントがあるはず……。


「あ、違う、違います! この考え方は違います!」


 縄梯子から赤い泉まで()()()()()()()に、何があったかを考えるのです。

 あそこにあったのは確か……。


「そうです! オウンさんが蹴破った()()()()()()()です!」


(だとするなら!)


 わたし突き当たりの南の壁に近づき、慎重に調べました。

 手を触れないように注意しながら、壁面に視線を走らせます。


「――やっぱり!」


 小さくガッツポーズ。

 壁には目立たないくらいに風化した傷文字が、彫り込まれていました。


「え~と……『あお……を……てらす……は……あお……の……ほの……お』?」


 あおをてらすはあおのほのお。


「――青を照らすは青の炎!」


 わたしはパチンと指を鳴らしましたが、湿気った音がしただけでした。

 でもヒントは見つけました。


「きっとこの壁には、隠し扉(シークレット・ドア)か何かがあるのですね!」


「オウン! オウン!」


 見上げるわたしにオウンさんは嬉しそうに、何度もうなずきました。


 ここまで導線を引いてもらえれば、少々鈍臭いわたしにも理解できます。

 オウンさんがなぜ壁ではなく、雑嚢を指差したのか。

 なぜ座標をわざわざ確かめさせたのか。


「縄梯子から()()に一四区画行った座標にも、何かあるのですね?」


「オウン!」


 もう一度、満足げにうなずくオウンさん。


「なるほど……この階層(フロア)はそういう構造になっているのですか」


 始点(縄梯子)を中心に真東、真西、真南、真北の一四区画の距離に、重要なポイントがある。

 ただしそこに到達するには、“巨竜の腸” のように絡み合う回廊を踏破しなければならないのです。


「ありがとうございます、オウンさん。これは大変重要な情報です」


 階層の攻略の糸口がつかめたかもしれません。

 この情報を共有するためにも、まずは隼人くんたちと合流しなくては。


「始点に急ぎましょう。彼らもそこに向かっているはずです」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 昔は方眼紙でマップ埋めてました……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ