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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
492/659

赤と黄色★

 赤いカーテンに覆われた部屋に、腐った魚をぶちまけたような臭気が充満します。


 “深きもの(ディープワン)” !


挿絵(By みてみん)


 古代の邪悪な海洋神の眷属にして、醜悪な海魚人。

 こんな魔物まで生息しているなんて。

 もしかしたら泉の中に、転移地点(テレポイント)のようなものがあるのでしょうか?


 さらにその後ろから続々と現れた、うねうねと蠢く細長い生物。

 “海毒蛇(シー・ヴァイパー)” と呼ばれる、海中に生息する毒蛇(コブラ)の一種です。

 それが全部で一二匹もいます。


「グルルルッッッ……!」


 オウンさんが喉の奥から低い(とき)の声を漏らし、“牛人(ミノタウルス)” から奪った処刑人の剣エクセキューショナーズソードを構えます。


(……相手の敏捷性(アジリティ)がわかりません。逃げても追いすがられてしまい、猛毒を受ける危険があります)


 “海毒蛇” の牙には、陸の毒蛇よりもさらに強力な毒があるのです。


(結論――先手必勝での殲滅!)


「――やります、オウンさん!」


 わたしは叫ぶなりオウンさんの前に出て、左手をにじり寄ってくる魔物の群れにかざしました。

 中指に嵌められた魔法の指輪が、ごく短い発動韻(キーワード)によって封じられた魔力を解放すれば、たちどころに一二匹の “海毒蛇” が塵と化しました。


 “海毒蛇” のモンスターレベルは4。

 不死属(アンデッド)でない以上、“滅消(ディストラクション)” の呪文からは逃れられません。


 しかし “深きもの” はまったく意に介することなく、ガラス玉のような無機質な魚眼にわたしたちを映して、近づいてきます。

 “深きもの” はネームド(レベル8以上)です。


「ガウウンッッッ!!!」


『今度は俺の番!』とばかりに、オウンさんが斬りかかりました。

 剛剣が風を巻いて振り下ろされます。


「速いっ!?」


 それは一瞬の出来事でした。

 鉄塊のようなオウンさんの剣が脳天を砕くかと思った刹那、“深きもの” がまるで海中にいるかのような俊敏さで、その一撃を回避したのです。


 切っ先のない剣が床を叩き、(つぶて)のような破片を飛ばしたときには、異形の海人は逆襲に転じていました。

 鋭いかぎ爪が空手の三角蹴りのような機動で、体勢を崩しているオウンさんに襲いかかります。


 ですがそこは巨人ながらも、正当な剣術を学び修めているオウンさんです。

 咄嗟に身体を捻じって、鎌先のようなかぎ爪から逃れました。

 完全には(かわ)しきれず、糸のような細い血の筋が引かれましたが、オウンさんの生命力(ヒットポイント) なら何ほどのこともないはずです。


 ガクンッ!


 ですが次の瞬間、力感に溢れていた頼もしい紫の巨体が弛緩し、ズズンッ! と地響きを立てて倒れ伏しました。


「オウンさんっ!」


麻痺(パラライズ)がある!)


 わたしは戦棍(メイス)と盾を構え、まずなにより自分の身を守ることに集中します――せざるを得ません。

 オウンさんを治療したくても、その間わたしを守ってくれる人はいないのです。


 わたしの麻痺=全滅です!


◆◇◆


「なんだ、これは……?」


 盾役(タンク) として、真っ先に扉の奥に飛び込んだ隼人が当惑した。

 そこは七区画(ブロック)ほどの面積の玄室だったが、異様だったのは壁一面が黄色い緞帳(どんちょう)で覆われていたことだ。


「気をつけて。カーテンの奥に隠れてるかもしれないわ」


 愛刀の柄に手を掛けながら、佐那子が注意をうながした。

 視界内に占有者の姿はなかったが、こんな恰好の隠れ蓑があるのだ。

 少し知恵の回る魔物なら、利用しない手はない。


「ず、随分と派手な部屋だな」


 大きな身体で恋をかばいながら、月照が引きつった笑いを浮かべた。

 瑞穂とはぐれてしまった今、魔術師(メイジ) である恋を守るのは彼の役目だ。


「な、なんだか気持ちが悪くなりそう……」


 その恋が、月照の陰で身体を小さくして呟く。

 穏やかなクリーム色やベージュと違い、純粋な黄色は目に突き刺さる。


「……山吹色の部屋とは趣味が悪いぜ」


 油断なく短剣(ショートソード) を構えつつ、忍がカーテンに揺らぎがないか視線を走らせている。


 パーティが蹴破った入り口の正面に、扉があった。

 すぐにでも調べたいところではあるが……。


「まず安全を確認してからだ」


 隼人が指示を出しそれからしばらく、一枚一枚カーテンをめくっていく神経のすり減る作業が続いた。

 結局、魔物は潜んでいなかった。


「よし、扉を調べるぞ」


 安堵と徒労感のない交ぜになった空気が漂う中、隼人がパーティの気を引き締めた。

 こんな所でグズグズしているわけにはいかないのだ。


「……」


 忍が無言で扉に近づき、調べ始める。

 枝葉瑞穂が述懐したように、忍はいろいろと軋轢(あつれき)を生む性格の持ち主だが、盗賊(シーフ) として自分の仕事を貫徹する姿勢は仲間たちも認めていた。


「……罠はない」


 隼人はうなずき、突入を指示した。

 パーティは再び武器を構え、視線で合図を送り合い、扉を蹴破り、乱入する。


 絶句した。


 扉の奥にあったのは、まるで黄金を溶かしたような水を湛えた泉だった。

 絶句したのは、その水を見たからではない。

 絶句したのは、その水に浮かんでいる、アヒルの土左衛門を見たからだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 状態異常、極悪なんですよね……。 対策無いとそれで終わりますから。
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