表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
491/659

カーテン★

「こ、これ飲める……のですか?」


 わたしの顔が引きつったのは、泉が湛えていたのが血のように真っ赤な水だったからです。


「オウンッ!」


 オウンさんはニッコリと大きなひとつ目をつぶってみせると、両手で泉の水をすくってゴクゴクと美味しそうに飲み干しました。


「オウ~~~~~ン!」


 そして『パワー!』とばかりに、両手を突き上げます。


「だ、大丈夫そうですね」


 それでもおっかなびっくり、いざというときは ”解毒(キュア・ポイズン)” の加護を願えるよう心構えをしながら、人差し指の先に泉水をちょんと付けました。

 ヒリヒリするとかヌメるとか、そういう感触はありません。


「ん~~~~~、――ていっ!」


 しばし濡れた指先を見つめたあと、わたしは意を決して口に含みました。

 味はしません。

 ですがジワジワと微かに甘い味が……。

 この味は確かにどこかで……。

 次の瞬間、わたしの味覚と記憶がつながりました。


「こ、これは ”雨の妹” さんのお店で売られていた ”レッドポーション” ではありませんか!」


 あの無口な女性が売っていた――。

 あの心象の街 ”迷宮街” で売られていた――。

 あの人と、あの人と一緒に買った――。


「オウン?」


「……………………すみません……大丈夫です、このお水ならわたしも飲めます」


 胸に痛いほどに広がった情景に、それだけを言うのがやっとでした。

 まったくの不意打ちでした。

 赤い水を見たときに思い出すべきでした。


 わたしはもう一口二口喉を潤すと、泉に水袋を浸し中身を満たしました。

 身体がポカポカと温まってきて、活力が湧いてきます。

 ”雨の妹” さんが売っていた水薬(ポーション)ほどではありませんが、確かに体力回復の効果があるようです。

 もしかしたらあの水薬は、この泉と同種の水を精製したものなのかもしれません。


(それにしても、このカーテンはいったい……)


 泉水の効力で落ち着きを取り戻したわたしは、顔を上げて周囲を見渡しました。

 鮮血よりもあざやかな真紅(クリムゾン・レッド)緞帳(どんちょう)が、四方すべての壁を覆っています。

 赤い泉が湧いている玄室だから赤いカーテン……なのでしょうが、ここにも呪術的・魔術的な不気味さが感じられます。


(マッピングは出来ていませんが、座標だけでも記録しておきましょう)


 飲料水を確保できる場所は貴重ですし、それ以外にも秘密があるかもしれません。

 また訪れる可能性も十分にあります。

 わたしは ”示位の指輪(コーディネイトリング)” の力を解放し、現在位置を確認しました。


(…… ”()14、(西)2 ”)


 さすがに不定形の迷宮だけあって、これまでの迷宮では見たこともない座標です。

 メモ用の羊皮紙に泉の位置を書き込み、雑嚢に戻します。


「ありがとうございます。お陰でお水どころか水薬が手に入りました。さあ、基点に向かいましょう」


「オウン!」


 快活さを取り戻したわたしに、オウンさんがうなずきます。

 そうして、わたしたちが泉に背を向けたときでした。


 ……ベチャ……、


 背後で水っぽい音が響きました。

 直後に、まるで腐った魚をぶちまけたような異臭が漂います。

『うっ、』と呻いて振り返ったわたしの瞳に飛び込んできたのは、泉の縁に手を掛け這い上がってきた異形の存在でした。

 ヌメヌメと黒光りする鱗に全身を覆われた、醜悪な姿。

 ”認知(アイデンティファイ)” の加護が即座にその姿と、記憶の中の知識を結びつけます。


挿絵(By みてみん)


「”深きもの(ディープワン)”!」


 口から嫌悪感の籠もった名が叫ばれました。

 半魚人(ギルマン)に似ていますが、非なる者です。

 太古の邪悪な海洋神の眷属で、おぞましいことに人間の女性と交わって子を成すことがあります。

 その ”深きもの” が一匹、真っ赤な水を(したた)らせて、水中から這い上がってきたのです。

 それだけではありません。

 続いてうねうねと蠢く細長い生き物が、水面から次々に姿を現したのでした。


 ガラス玉のように(感情)のない魚眼が無機質に、わたしに近づいてきます。


◆◇◆


 パーティの視線の先には、鍵のかかった扉があった。

 はぐれてしまった枝葉瑞穂と合流するために、階層(フロア)の始点である縄梯子を目指していたのだが、”巨竜の腸” のようにうねる回廊には穽陥(ピット)が点在していた。

 瑞穂を運び去った巨人ように、落し穴を飛び越えることは不可能だった。

 迂回路を探すうちに現れたのが、眼前にある扉である。


「……で、どうするんだ?」


 忍が隼人に訊ねた。

 通常の探索なら、区域(エリア)外縁(アウトライン)を固めているなどの理由がない限り、未解放の扉を見過ごすことはない。

 だが今の目的は、始点に戻ることだ。

 引き返して別の帰路(ルート)を探すか、それともこの扉の先に賭けてみるか。

 判断を下さなければならない。


「開ける」


 隼人は即断した。


「……根拠は?」


「引き返したところで迂回路が見つかるとは限らない。その場合はまたここまで戻ってくることになる。時間の無駄だ」


 忍は何も言わず、解錠作業に取りかかった。

 隼人の結論は合理的で、一時の動揺からは立ち直っているようだった。

 ほどなくして鍵は解除された。


 全員が武器を構え、突入に備える。

 一番大柄な月照が扉を蹴破り、間髪入れずに前衛の三人が雪崩れ込んだ。


「なんだ、これは……?」


 盾役(タンク) として魔剣と盾を手に真っ先に飛び込んだ隼人が当惑した。

 扉の奥は、壁一面が黄色いカーテンで覆われた玄室だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] クトゥルフ系統の敵が出ると身構えてしまいますね。 それと同じぐらいワクワクするんですがw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ