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迷宮保険  作者: 井上啓二
第二章 保険屋 v.s. 探索者
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地上へ★

 アッシュロードたちは、ひとまず聖水で魔除けの魔方陣を描き、キャンプを張った。

 まったくキャンプも張らずに武器を手に睨み合いだなどと、まさに迷宮で取り得る最悪の行動だった。

 フェルもパーシャもどこかホッとし、そして落ち着きを取り戻すにつれて、今の自分たちの行動の愚かさを感じているようだった。


 自分たちは今、まさに()()()()()()だったのだ――と。


 アッシュロードは少しでも身体を休め、昂ぶった精神を鎮静させるために、迷宮の冷たい石畳の上に腰を下ろした。他の三人から距離を置いて座り、油断のない視線をアレクから離さないように努める。

 “永光コンティニュアル・ライト” の効果は続いており、周囲を明るく照らし出していた。

 アッシュロードたちがいるのは一区画(ブロック)四方の玄室で、一面を迷宮の外壁である結露した分厚い岩盤が、他の三面を頑丈な扉が占めている。


「ここは……どこかしら?」


 フェルが辺りを見渡しながら、不安げに呟いた。


「まって。いま “座標(コーディネイト)” の呪文を――」


「まて」


 パーシャが立ち上がって詠唱を始めかけたのを、アッシュロードが制した。


「なによ、おっちゃん」


「俺がやる」


「はぁ? おっちゃんは君主(ロード)でしょ? 魔術師系の呪文は――」


 ホビットの少女魔術師の不機嫌な声は無視して、腰の雑嚢に手を突っ込み目的の品を取り出す。

 ムッとした表情でその仕草を見ていたパーシャが息を飲んだ。

 アッシュロードが取り出したのは、不思議な光彩を放つ大粒の宝石(ジュエル)が嵌められた指輪だった。

 後衛のパーシャが見ても、宝石が大粒すぎて近接戦闘をする前衛が常時身に付けるには不向きに見えるほどだ。


「それってまさか――」


我の座標を示せ(デュマ・ピック)


 アッシュロードが指輪に向かって真言(トゥルーワード)を唱える。


「……“示位の指輪(コーディネイトリング)”」


 “座標(コーディネイト)” の呪文が無限に使える()()()で、迷宮探索者たち垂涎の魔道具(マジックアイテム)である。

  地図係(マッパー) であるパーシャとしてもいつかは手に入れたいと願っている品だが、いかんせん “ボルザッグ商店” での売値が 5,000 D.G.P. と高額なので、今はとても手が出ない。


(“滅消の指輪” といい、熟練者(マスタークラス)だけあって物持ちいいなぁ、このおっちゃん)


 しかしパーシャの羨望の眼差しとは裏腹に、アッシュロードの表情は普段に輪を掛けて冴えなかった。


「どこなの?」


「…… “しっぱい!” した」


「え?」


「だから、“しっぱい!” した」


 アッシュロードは指輪を雑嚢に戻しながら、自分の悪い予感が当たってしまったことに心底ウンザリしていた。

 良い予感はまるで当たらないくせに悪い予感ばかり当たるのは、彼の数少ない特技のひとつだ。

 意識を取り戻したときからアッシュロードには、ここが迷宮のどの階層だかおおよその見当がついていた。

 迷宮には階層によって、内壁の質感や、漂っている空気そのものに差異がある。

 この内壁の質感と沈殿している澱んだ空気には、確かに覚えがあったのだ。


「はぁ? キーワードをしくじったの? あんな簡単な “真言” を?」


「どういうことです?」


 アッシュロードに対する偏見に充ち満ちているパーシャよりもまだフェルの方が冷静に、呉越同舟となった悪の保険屋の冴えない顔色に気づいていた。


「“魔法封じの罠(エーテル中和の呪い)” だ」


「「……え?」」


「迷宮に仕掛けられた罠の中でも(すこぶ)る悪辣な奴だ。呪いを掛けられた人間の周囲だけでなく体内のエーテルまで中和して消し去っちまう」


「まさか、それじゃわたしたち……」


「ああ、今の俺たちは加護も呪文も使えない」


 ただでさえ透きとおるような白い肌を、これ以上ないほどに蒼ざめさせたフェルに、アッシュロードが答えた。


「加護や呪文だけじゃない。今見たとおり魔道具の類いも効果がない」


「そんな……」


 絶句するパーシャ。

 それは魔術師である自分にとって、死刑宣告に等しいではないか。

 アッシュロードは続ける。


「この罠が仕掛けられているのは五階と八階だが、ここはおそらく八階だ」


 記憶にある五階の気配ではない。

 今ここに漂っているのはもっと沈鬱で寒々しく、それでいてねっとりと絡みついてくるような濃密な死の気配だ。

 ろくなものではない。


 ここが魔法封じの間(アンチマジックエリア)でなければ、左手に嵌めた “滅消の指輪” を使い潰すつもりで血路を開けば、あるいは生還も計算できただろう。

 しかし、それも叶わない。

 まったく “いしのなかにいる” 以外では最悪の()だ。


「どう……するのですか?」


 普段は気丈なフェルから依存心が垣間見えた。

 アッシュロードは “宝石の指輪” を収めた物とは別の雑嚢から羊皮紙の束を取り出した。


「これが俺たちの命綱だ」


 言いながら上から七枚を取り、一番下に回す。

 フェルが隣に来て、羊皮紙―― 迷宮の地図に視線を落とした。


「ここはおそらく八階だ」


 地図の上に人差し指を滑らせ、地図上で現在位置と同じ構造の場所を探す。

 “一方を外壁に面し、残り三方に扉を配した、一区画四方の玄室”

 そして、そこは魔法封じの間の直中にある。


「ここだ」


 アッシュロードの指先が羊皮紙に描かれた迷宮の一点で止まった。


「迷宮の入り口から “()18、()19” 。ここが今いる玄室の条件に合う座標だ」


 階層(フロア)のほほ北東端である。


「あたいにも見せて」


 背の低いパーシャがピョンピョンと跳びはねて、アッシュロードが手にする羊皮紙を覗き込もうとする。

 アッシュロードが地図を手渡すと、ホビットの少女が食い入るように見つめた。


「なによ……この階……魔法封じの間に暗黒回廊(ダークゾーン) に……それに 転移地点(テレポート)が一三箇所もあるじゃない!?」


「始点がな。同じ箇所への飛ぶのが一箇所ある。だから終点は一二箇所だ」


「内壁の構成自体もとても複雑ですね。同じような造りを並べて敢えて迷いやすくしてある……さらにそこに暗黒回廊と転移地点を織り交ぜて」


 階層北東部の大部分を占める、魔法封じの間 。

 そして各所に点在する、暗黒回廊と転移地点 。

 地下八階が最高難易度の最悪の階層と言われる所以(ゆえん)である。


「地図だけが頼りだ。そいつがなけりゃ、俺たちは十中八九この階のどこかに “苔むした墓” をおっ建てることになる」


「ええ……そうですね」


 フェルにしても頷くしかない。

 仲間のエバ・ライスライトのように無条件で信用は出来ないが、このアッシュロードという男は、態度はともかく言動に嘘はないように見える。


「それで、どうやって地上まで戻るつもりですか? 階段か、それとも――」


昇降機(エレベーター)だ」


 アッシュロードが言下に答える。

 それはかつて探索者から得た情報を元にトレバーンが送り込んだ工兵部隊が設置した、迷宮を縦に貫く巨大なゴンドラ状の移動装置である。

 一階から四階への各階に移動できる物と、四階から九階に移動できる二基が設置されており、それを使うことができれば一気に四階まで戻ることができる。


「この玄室からは階段の方が近いが、七階から先がまたやっかい過ぎる」


 そもそも昇降機が設置された理由が、攻略難易度が高い割にキーアイテム(パスポート)もなければめぼしい財宝も得られない五階から八階を、素通り(スルー)するためである。

 四階から九階までの直通で行ける移動手段ができた現在では、五階から八階はまったく来る必要のない無意味な階層なのだ。

 8階のエレベータの位置は、”E10、N0”

 魔法を封じられた実力(レベル)不足の()()()()()()で、この階層を北の端から南の端まで文字どおり縦断しなければならない。

 パーシャは地図に見入ったまま何かを呟いている。


「おい」


「……ブツブツ……」


「おいがきんちょ、そいつを返せ」


「え? あ、ああ、ごめん」


 パーシャから地図を受け取ると、アッシュロードはそれを雑嚢に収めて、アレクに向き直った。

 アレクはそれまでの三人のやり取りには一切加わらず、ただ黙って迷宮の外壁を見つめていた。


「悪いが縛らせてもらうぞ」


「…………ああ……」


 背嚢から丈夫なロープを取りだし、アレクを後ろ手に縛り上げる。

 そしてその端をフェルに差しだした。


「こいつはあんたが持ってろ」


「……え?」


「俺は剣を振らなきゃならん。ホビットではいざという時、簡単に振り払われる。あんたしかいない」


「で、でも……」


 自分が助けるべき人間を拘束した上にその捕縄を握るのは、“善”の聖職者であるフェルにとって抵抗が強かった。


「俺が持つと先頭を歩かせて “一〇フィート棒” の代わりにするぞ」


「……わかりました」


 怪しい場所を突いて罠を探る竿()の代わりにすると言われては、フェル自身が握るしかない。

 やはりこのアッシュロードという男は “悪” の人間だ――と、フェルは改めて思い直した。


 そして彼らは出発する。

 隊列はアッシュロードを先頭に、アレク、フェル、パーシャの順。

 フェルとパーシャの二人でアレクを見張る算段だ。

 まず南の扉を探り、奥に魔物の気配がないことを確認して中に入る。

 扉の奥は二区画四方の玄室だった。

 さらに南側に別の扉がある。

 同じ事を繰り返す。

 さらにもう一回。


 都合、三つの二区画×二区画 の玄室を抜けた。

 幸いなことに、どの玄室にもねぐらにしている魔物(固定モンスター)はいなかった。

 そこからは南に一区画幅の回廊が延びている。

 アッシュロードは右手に(ロングソード) 、左手に短剣(ショートソード)といういつもの完全攻撃型のスタイルで慎重に進んでいく。

 回廊は三区画先で西に折れている。

 東は冷たく結露した外壁だ。


「……まって」


 回廊を西に折れてさらに一区画進んだとき、フェルが小さく警告の声を発した。


「……どうした?」


「……後ろで何か音がしたわ」


「…… “永光コンティニュアル・ライト” を消せ」


 即座にアッシュロードは反応した。

 エルフの耳を疑うほど、アッシュロードの自己評価は低くない。


「……でも」


 フェルは躊躇した。

 加護を封じられている以上ここで魔法の光を消してしまえば、再度灯すことはできない。


「どうせ、この先の暗黒回廊で効果が切れる。それよりもやり過ごせるならやり過ごしたい」


 自分から玄室に押し入っての強襲&強奪(ハック&スラッシュ)なら明かりは必須だが、 隠密(スニーキング)なら別だ。

 無視して先を急ぐことも考えたが、先にも別の魔物がいた場合 下手したら挟撃されてしまう。

 挟撃は受ける側からすれば最悪の戦術である。

 特に狭い迷宮内、それも一区画幅の回廊では容易に包囲殲滅の憂き目に遭う。

 故に探索者は神経質なほどに、“挟み撃ち” にされることを警戒する。

 後ろの状況を正確に確認しなければならなかった。


「……わかりました」


 うなずくと、フェルが一言祝詞を唱え、白く柔らかい魔法光は消失した。


「……がきんちょ」


「…… なによ、おっちゃん」


「……おまえは今から、斥候(スカウト)だ」


「「え?」」


 アッシュロードの言葉に、パーシャとフェルが同時に驚きの声を上げた。


「……後ろの様子を正確に把握しなけりゃならん。おまえは身軽ではしっこい。俺は鎧がやかましいし、エルフではいざというとき逃げ切れん」


 フェルの敏捷度は12

 エルフにしては高くない。

 加えて、戦棍(メイス)鎖帷子(チェインメイル)といった装備の重さもある。


「でも、アッシュロードさん」


 フェルが露骨に反対と嫌悪の表情を浮かべる。


「ホビットは生まれながらの “忍びの者” だ。挟撃だけは避けなきゃならん」


「……やるよ、あたい」


 パーシャも愚かではない。

 アッシュロードのことは嫌いだが、このやさぐれ 君主(ロード)の能力は正当に評価したいと思っている。

 現状ではアッシュロードの判断が正しいことを認めざるを得ない。


「……パーシャ」


「……大丈夫、心配しないで。ひとりで迷宮を行くのは慣れてるから」


「……様子を探ってくるだけでいい」


「……わかってる」


 パーシャは大きく息を吸い込むと、くるりと踵を返して今来た回廊を物音ひとつ立てずに駆け戻っていった。

 そして北に折れたと思ったら、またすぐに戻ってくる。


「……どうした? なにか忘れた――」


「来た来た来た来た! おっちゃん! サムライ沢山、北から来た!」


 斥候に出るなり東夷風の武者装束に身を包んだ一団に追われ、涙目で駆け戻ってくるパーシャ。


「はぁ!!? がきんちょ、おまえの仕事は斥候だろうが! なんで釣り役(プーラー)してやがる!」


「知らないよ! 角を曲がったら目が合っちゃったんだから!」


「そこを合わないようにするのが斥候だろうが!」


「あたいはの本職は斥候じゃなくて魔術師(メイジ)だい!」


 ああ言えば、こう言う!


 ―― “永光” を消したのが裏目に出たぜ!


 アッシュロードは剣を両手に、“侍大将(チャンプ・サムライ)” たちの集団を迎え撃つべく身構えた。


挿絵(By みてみん)


◆◇◆


 一方、その頃。

 エバ・ライスライトたちは、地下三階の十字路に突然現れた “立て看板” を前に、身動きを封じられていた。


 立て看板に曰く、


『右に曲がれ』



 To Be Continued ......



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― 新着の感想 ―
[良い点] 息つまる展開。緊張感がビシッと張られていてすごい。 これが灰と隣り合わせのさすがのWiz。 アッシュはローフル・イビルといいつつ、筋通す。 パーシャが反面、あれでローフル・グッド。 [気に…
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