巨竜の腸
“一〇〇年後の迷宮” の第三層を一言で言い表すなら、“巨竜の腸” でしょう。
始点である第二層の縄梯子から東西南北に、ぐねぐねとした回廊がどこまでも続いている構造は、巨大な竜属の臓物を連想せずにはいられません。
「わたしは “龍の文鎮” の第四層で、“毛糸玉” と呼んでいた複雑な構造の区域を知っていますが、この階層はその “毛糸玉” を何倍にも大きく複雑にしたような感じです」
“時の賢者” 様の収納庫に取り憑いていた怨霊を除霊してから、すでに二週間。
探索は二層から三層に、その場を移していました。
「自位を見失っても、指輪の魔力ですぐに確認できる。それよりもマッピングのズレが怖い」
隼人くんがわたしの言葉を受けて、地図係の安西さんを見ました。
「さっき確認したときは大丈夫だったけど……」
「枝葉と協力して、できるだけ頻繁に確認してくれ」
「うん、わかった」
「玄室が全然ないから武具の更新ができないと思ったけどよ、徘徊する魔物 まで宝箱を担いでるんだもんな。まったくたくましい連中だぜ」
早乙女くんが大仰に肩を竦めれば、
「ありがたいことだ。ただ働きはごめんだからな」
五代くんが鼻で笑い飛ばします。
笑い飛ばした相手が魔物なのか早乙女くんなのかは、判断の難しいところです。
ムッとした顔の早乙女くんが口を開くより先に、田宮さんから鋭い声が飛びました。
「――お喋りはそこまで! 敵よ!」
全員が即座に武器を構えて、前衛三人後衛三人の二列横隊を組みます。
田宮さんが見据える回廊の先から現れたのは――。
「“修験者” ×4 “浪人”×5!」
斥候 の五代くんが魔物の種類と数を即座に見定め、叫びます。
「“滅消” は温存! あとは任せる!」
隼人くんが指示を下すや否や、その場にいた五代くんを除く全員が魔法の詠唱を始めました。
わたしと早乙女くん、そして隼人くんが “静寂” の加護を。
安西さんと田宮さんが、“昏睡” の呪文を。
“修験者” と “浪人” は、それぞれ “焔爆” と “火箭” の呪文を。
敵対する相手に投げつけるべく、可能な限りの速度で唱えます。
真っ先に完成したのは、わたしの祝詞でした。
沈黙の加護が、遙か東方の島国 “蓬莱” から渡ってきた異邦の僧侶たちから発声を奪い、四発の火の玉の呪文を消し去りました。
次に完成したのが、安西さんの眠りの呪文です。
五人の “浪人” のうち四人が、痛みすら感じない深昏睡に陥ってバタバタと倒れます。
早乙女くんの “静寂” が起きていたひとりを含む三人の “浪人” の呪文を封じ、残るふたりを隼人くんが封じました。
最後に田宮さんの “昏睡” が四人の “修験者” のうち三人を眠らせ、魔法の撃ち合いはわたしたちが圧倒したのです。
わたしたちは全員レベル9以上。
対する “修験者” のモンスターレベルは6。
“浪人” のそれは7です。
敏捷性と練度の差で、完封したのでした。
残っているのは魔法を封じられた “修験者” と “浪人” が、ひとりずつ。
油断さえしなければ、何ほどの脅威にもなりません。
通常ならここで、実質的な戦闘は終結していたでしょう。
ですが、今回は通常ではなかったのです。
異変は “巨竜の腸” の先から訪れました。
それは最初微かな振動に過ぎず、誰もが戦闘の緊張と興奮による錯覚だと思いました。
しかし大腸小腸のようにうねる回廊の先から響く振動は徐々に大きくなり、まるで巨人がストンプをしているような――。
「ええっ!!?」
わたしは次の瞬間、目を見開いてしまいました。
回廊の曲がり角から地響きと共に現れたのは、まさしく巨人だったのです。
紫色の肌をしたひとつ目の巨人は猛烈な勢いで突進してきて、床で眠りこけていた “修験者” と “浪人” を眼中にないといった様子で踏み砕きました。
その光景はもはやストンプというより、単独でのスタンピードです。
「逃げろ!」
隼人くんが咄嗟に叫び、わたしたちは壁に向かって転がりました。
逃げ遅れた “修験者” と “浪人” が吹き飛ばされ、壁に激突して血反吐をまき散らします。
その直後、
スポッ!
「えっ? ――えええーーーーーーーーーっっっっっ!?!?!?」
なんの運命の悪戯でしょうか!
巨人が振ります腕の先――太い親指にわたしの僧衣が引っかってしまい、なんとも戯画チックに運び去られてしまったのです!
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!」
あまりに予想外な展開と、まるで洗濯機に放り込まれたような乱高下に、悲鳴しかでません!
「瑞穂っ!!!」
「枝葉さんっ!!!」
血相を変える隼人くんや田宮さんの姿が、あっという間に回廊の角に消えてしまいました!
これは一体全体、ほんとうに、なにがどうなっているのでしょうか!?!?!?







