啼泣★
「まだ報告していなかったが、俺たちは昨日の探索で “いぬ” と遭遇した」
苦衷を吐露する表情で、レットが告げた。
「アッシュロード、あの迷宮の一層には “魔界犬” が生息している」
眉根を寄せていたアッシュロードの表情がより厳しく、ほとんど睨み付けるようになった。
「……確かか?」
「ああ」
声を押し殺したアッシュロードに、レットが重苦しくうなずく。
「さらに悪いことに、こいつらも強化されてる。“滅消” で消し去ることができない」
「……」
出現数が多く竜息を持つ “魔界犬” は、“林檎の迷宮” がまだ “呪いの大穴” だった頃に悪名高く忌み嫌われた魔物である。
地下四階以降に出現し、先制攻撃を受ければネームド程度の探索者ではあっけなく全滅する。
二〇年前に女王マグダラのパーティがこの “いぬ” に驚かされ、全滅一歩手前に陥った逸話は今でも語り草だ。
「俺たちは驚かされなかったが “滅消” が通らず、竜息を二度浴びた」
「……」
今度こそアッシュロードは押し黙った。
これでまた蓋然性の天秤が悪い方に傾いだ。
本物の “百人隊長”
大幅に強化された “土塊巨人”
そしてここにきて、ついに確認された“いぬ” の存在。
しかも強化までされているという。
行方不明のエバ・ライスライトたちが “いぬ” に驚かされ、あるいは強化に気づかずに “滅消” を使い、狼狽したところを竜息を浴びて全滅・消失した可能性は大いにある。
逃亡に失敗して連続して竜息を浴びるよりも、“滅消” が使えるなら正面から迎え撃つ方が危険は少ない。
探索者なら誰だってそうする。
アッシュロードでもだ。
そしてその “滅消” の力をライスライトに与えたのは、アッシュロード自身なのだ。
原因不明の事態に陥り “探霊” に引っかからなくなっていると考えるよりも、遙かに蓋然性が高い。
「――だからどうだっていうのさ」
へっと、ふてぶてしく肩を竦めてみせたのは、ホビットの少女だった。
エバ・ライスライトから愛らしいと評された顔が、悪童面に歪んでいる。
「関係ないね、そんなこと――なぜかって? エバがそんなイヌコロにやられるわけがないからさ!」
顔が見る見ると赤らみ、瞳には涙がたまった。
「あたいは信じないよ! あたいは信じない! あたいは熟練者になった! だからどこかで熟練者になってるエバとまた会うんだ! 絶対に会うんだ! 絶対、絶対――うっ、うあっ、うあっあああああっっっ!」
ついに堪えきれなくなり、わんわんと泣き出してしまったパーシャ。
やるせない啼泣と沈黙が部隊の司令室となっているロイヤル・スィートに満ちた。
やがてホビットの泣き声が嗚咽に変わったとき、アッシュロードが言った。
「おめえの言うとおりだ。パーシャ」
「ひっく?」
「巨人が出ようがイヌコロが出ようが、俺たちのやることは変わらん。迷宮を踏破し、すべての “K.O.D.s” を集める。それまでに奴らが帰ってくればそれでよし」
「……帰って……こなかったら?」
「女神に居所を訊くまでだ。あとは地獄の底を引っぺがしてでも迎えにいく。邪魔するなら悪魔だろうと魔王だろうと皆殺しだ」
決して声を荒げているわけではない。
だがその場にいたアッシュロード以外の全員が、凍り付いた。
殺気などという表現では生ぬるい迫力。
この男なら本当にやる。
理屈ではなく本能として、誰もが直感した。
地獄に乗り込み、魔王を斬り伏せ、あの娘を取り戻す。
この男なら――やる。
凍り付いた空気から探索者たちを救ったのは、来室を告げるノックだった。
王城からの使者は一同に登城を求めた。
「急にお呼びしてもうしわけありません」
謁見の間に現れた女王マグダラが、参集した探索者たちに告げた。
「再び迷宮の未知に挑むあなた方に、新たな力を授けましょう」







