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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
482/658

認定

「――まあ、そいつを見とくれよ。酷いもんさね」


 宿屋 “神竜亭” の五階。

 この宿で一室しかないロイヤルスイートに、ドーラ・ドラの物憂げな声が響いた。

 パーシャがうなずき、部屋の中央に置かれた二〇人掛けの食卓――今は会議用として使っている――に、手持ちの羊皮紙を拡げた。

 部屋に集まっている一四人の視線が卓上に注がれる。

 広い宿屋の一フロアを丸まる使ったロイヤルスイートは、屈強な探索者たちのフルパーティが三つ集まってもゆとりがあり、狭苦しさは感じない。

 一パーティ欠けているならなおのことだ。


「これが “林檎の迷宮” 第一層の全容だよ」


 他の者が床に立つ中、彼女だけが椅子の上に立っている。


「……階層(フロア)の約半分が暗黒回廊(ダークゾーン)か」


「ああ、それもかなり複雑だ」


 渋面を作ったスカーレットに、レットがうなずく。

 昨日の “フレンドシップ7”の探索でようやく踏破された迷宮一層は、改めて地図上で確認すると想像していた以上に悪辣だった。

 特に階層の半分を占める暗黒回廊は、彼らにとって印象深い “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の一階に比べても複雑である。


「ドーラとパーシャがいなけりゃ、もっと難渋してただろうな」


 ジグがふたりの仲間を称えるのも無理からぬこと。

 微細な空気の動きを感知する猫人(フェルミス)の髭がなければ、闇中での魔物との戦いはより苦戦していただろうし、ホビットの測量技術は言わずもがなである。


「あたいの力だけじゃないよ。この指輪のお陰」


 パーシャが珍しく殊勝な顔で、左手の親指に嵌めている指輪に視線を落とした。

 大粒の宝石が窓から差し込む陽光に、七色の光彩を放っている。


「“座標(コーディネイト)” の呪文が無限に使えたから、マッピングに完全を期すことができたんだ」


K.O.D.s(伝説) アーマー(の鎧)” を入手してから、パーシャたちはほぼ連日にわたって迷宮に潜り続けていた。

 目的はふたつ。

 第一層を踏破し、全容を解明すること。

 そして全員が、熟練者(マスタークラス)への成長(レベルアップ)を果たすこと。

 なぜなら、


「やっぱり二層に下りるには、“鎧部屋” の先の梯子を使うしかないようね」


 同じく地図係(マッパー)であるヴァルレハが、形の良い顎に手を当てた。

 瞳は地図を注視し、模写をする以前に寸分違わず記憶しようと務めている。


「それってつまり “転移(テレポート)” の呪文が使えなきゃ、これから先には進めないってことでしょ? 露骨な足切りじゃないの、最低」


 盗賊(シーフ) のミーナが、頭の後ろで手を組んだまま()()に顔をしかめた。

 “伝説の鎧” が出現した玄室の直前には一区画(ブロック)手前に後戻りさせる転移地点テレポイントがあり、現時点でこれを突破するには “転移” の呪文で飛ぶしかないのである。


「これじゃ布令(ふれ)を出して探索者を募っても無駄じゃない? “転移” の呪文が使える魔術師(メイジ) なんて、世界に数えるほどしかいないでしょ?」


 フェリリルの顔色も優れない。

 現在迷宮に潜っているのは、ここにいる “緋色の矢” と “フレンドシップ7” だけである。

 半年前の迷宮解放以来潜ってきた他の探索者たちは、“呪いの大穴” が “林檎の迷宮” に変容した際にすべて脱落してしまった。

 レベル10の古強者でも苦戦する凶悪な魔物に加えて、熟練者(レベル13)以上の魔術師がいなければ二層以下に進めない迷宮となれば、布令を出したところで果たして何人の探索者が集まってくるか……。


「いや、近日中に布令は出るはずだ」


 それまで黙っていたアッシュロードが断言した。


「俺たちが成功するとは限らないことぐらい、マグダラも理解しているだろう。後詰めはいくらいても問題はねえ。迷宮に大量にぶち込んで使い物になる連中が出てくれば幸いぐらいに考えてもらわなきゃ困る――むしろ遅すぎるぐらいだ」


 自分たちを束ねる男が、目的達成のためならば冷厳なほど合理的になる姿を目の当たりにし、ある者は表情を(かげ)らせ、ある者は眉をひそめた。

 “(グッド)” の戒律(属性)が多い彼ら・彼女らにとってそれは、決して心地よい光景でない。


「それでどうなのだ? わたしたちの出番はまだなのか?」


 嫌な空気を振り払うように、スカーレットが話題を進めた。

 “フレッドシップ7” の成長を最優先にしていたため、ここのところ彼女たちは無聊をかこっていたのである。


「いえ、昨日の探索でレットさんたちは全員成長したはずです。先日 “土塊巨人(アースジャイアント)” を殲滅したことで大量の経験値を得ていますし、“伝説の鎧” の分もあります。なにより “龍の文鎮(岩山の迷宮)” で “真龍(ラージブレス)” と戦った際にレベルアップ寸前まで成長していましたから」


 後方担当のハンナが微笑んだ。


「ならすぐに測定しようじゃないか。それがわからないうちは話が進まないぞ」


 スカーレットの言葉に、ハンナはアッシュロードに視線で訊ねた。

 アッシュロードはうなずき、優秀な副官 兼 探索者ギルドの才媛受付嬢はテキパキと能力(ステータス)鑑定の準備を整えた。

 レットを手始めに卓上に置かれた水晶玉に触れていく面々。

 事前の計算ですでに結果は知れていたが、レベルが上がったことがわかると、どの顔にも喜びが拡がった。

 当然だ。

 これは単なるレベルアップではない。

 彼らは今、探索者なら誰もが憧れるレベル13、熟練者(マスタークラス)に到達したのだから。


「レットさん、ジグさん、カドモフさん、フェリリルさん、そしてパーシャ。おめでとうございます。あなた方は今から熟練者です」


 伝えるハンナの瞳も涙に潤んでいる。

 探索者ギルドの受付嬢でも、熟練者の認定に立ち会える者は希だ。

 それが登録以来、ずっと自分が担当してきた探索者なら尚更である。


「ありがとう、ハンナ。これも君の助力があってのことだ」


「へへっ、ま、これからもよろしく頼むや」


「……俺の斧が必要なときは、いつでも言ってくれ」


 前衛の若者たちも、三者三様の謝辞を述べる。


「フェルさんとパーシャも、すべての加護と呪文を修得しました。本当におめでとう」


「ありがとう、ハンナ」


「エヘヘ、なんだか実感が湧かないよ」


「よーし! パーシャがすべての呪文を覚えたのなら、もう遠慮はいらないな! 第二層への先陣は我ら “緋色の矢” に切らせてもらうぞ!」


 恋人の熟練者到達と待ちに待った出番が重なり、スカーレットの闘志はその名のごとく燃えさかっていた。


「はいはいっと。今度はあたいたちがバックアップするよ。なんかあったら覚えたての “転移” ですぐに飛んでってあげるから安心して」


 一層はすべて踏破した。

 パーシャが飛べるようになり、再び相互支援の態勢も確立した。

 もはや二層への挑戦を躊躇する理由は何もない。


「お祝い気分で士気も高まってるところを、水を差すようでもうしわけないんだけどね……あんたたち、なんか大事なことを忘れてないかい?」


 冒頭以来黙り込んでいたドーラがボリボリと頭を掻きながらバツ悪げに、今や肩を並べてきた頼もしい後輩たちを見た。

 猫人のくノ一の発言に、レットのたちの表情が一転引きしまる。


「なんだ?」


 ただならぬ気配に、アッシュロードの眉根が寄った。


「まだ報告していなかったが、俺たちは昨日の探索で “いぬ” と遭遇した」


 苦衷を吐露する表情で、レットが告げた。


「アッシュロード、あの迷宮の一層には “魔界犬(ヘルハウンド)” が生息している」



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― 新着の感想 ―
[一言] パーシャが対滅覚えないんじゃないかと期待してましたw
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