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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
475/659

閑話休題 迷宮無頼漢たちの生命保険? ふもっふ④

 話は二〇時間ほど(さかのぼ)り、視点も変わる。


「なに落ち込んでるのよ」


 片桐貴理子が、ブスッと言った。


「別に落ち込んじゃいねえよ」


 灰原道行が、憮然と答えた。


「落ち込んでるじゃない」


 貴理子は、納得しない。


「俺ぁ、いつものままだ」


 道行は、答えざるを得ない。


「嘘ばっかり」


 貴理子は、面白くない。


「嘘じゃねえって」


 道行は、なおも否定する。


「……っていうか、なんでいるわけ?」


「いたら悪い?」


「いや、別に悪るかねえけど……」


 道行が帰宅してみると、不機嫌な顔をした貴理子がダイニングテーブルに座っていた。

 この日道行は、空高がナンパした星城高校の女子ふたりと人生初のWデートをし、クタクタだった。

 デートの内容も散々で、早く風呂に入ってとっとと寝てしまいたかった。

 もう夜の八時を回っている。

 道行が憮然とするのも無理はない。


「情けないわね。女の子に嫌われたぐらいで」


「いや、別に嫌われたわけじゃ……」


 実は図星だった。

 道行は今日のWデートで失態を演じてしまった。

 ペアを組んだ枝葉瑞穂という女の子を上手くエスコートできず、盛大に嫌われてしまった。

 自分はつくづく()()()()()()には向いていないのだと、思い知らされた。

 道行としては今のこの惨めな傷心を、出来ることなら独りで抱え込みたかった。


「嘘ばっかり」


 道行の幼馴染みであり、一番の理解者を自認している貴理子は面白くない。

 初めて会った女の子に嫌われて落ち込んでいる道行が、面白くない。

 だからといってデートが上手くいって上機嫌の道行を見るのは、もっと面白くない。

 それではそのどちらでもなく平静を保っていれば良いのかと言えば、それもやはり面白くない。

 要するに道行が自分以外の女の子と遊びに行ったという事実自体が、面白くない。


「だいたい、おめえが行けって言ったんじゃねえか……」


「当たり前でしょ。約束を破るなんて最低だわ」


 口を尖らせる道行に、貴理子がすげなく切り返す。

 この辺り、貴理子もズルい。

 ズルいのだが、世界広しといえど貴理子が虐め(甘え)られる人間は道行しかいないので、虐めるしかない。


「本当に情けないんだから」


 プンスカ、プンスカ、ツンツンツン。


 ぶちまけた話、貴理子は道行に幼馴染み以上の感情を抱いている。

 しかし生来の真面目な性格に加えて、愛情深いが厳格な家風の良家に育ったため、少々融通が利かない。

 世話を焼くか、尻を叩くか、叱るか、虐めるか――でしか、気持ちを示すことができない。


 道行はといえば、幼少期の影響で怠惰が服を着ているような少年である。

 彼は貴理子と出会った六才の時点で精神的に疲弊しきっていて、覇気や活力などといった言葉から無縁の存在だった。

 自己肯定感が低いので常に『しっかり者の幼馴染みに迷惑を掛けている』――という意識が拭えない。

 だから貴理子の気持ちに気づかない。

 だから貴理子はやるせなくなり、時としてこのように道行を虐めてしまう。


「……」


 道行は飼い主に叱られている老犬のように、しょんぼりと肩を落としている。

 経験上、幼馴染みの鬱憤が晴れるまで大人しくしているしかないことを、知っていた。


 やがて――。


「もう、いいわ。別に道行が悪いわけじゃないし。その子に見る目がなかったのよ」


 一周回って、貴理子の情緒が安定した。

 代わりに道行の魅力が分かるのは自分だけ。という幼いころから抱き続ける密かな優越感と、道行の魅力が理解できない女子に対する憤り。

 相反しつつも矛盾しない()()()の思いが戻ってきた。


「いやぁ、悪いのは俺だよ。彼女は別に……」


 ギロッ、


「……」


「まぁ、相性さ。そんなに気にするな、道行」


 それまで黙って成り行きを見守っていた空高が、ポンと兄の肩を叩いた。


「なによ、元はといえば空高がナンパなんてするからいけないんじゃない」


「そうは言っても、このままじゃいつまで経っても道行に彼女ができないかもしれないだろ。それとも――貴理子はそれでもいいのか?」


「そ、それは――」


 いつにない空高の鋭い斬り返しに、貴理子は言葉に詰まった。


「そ、そういうのは道行がその気になってからでいいのよ。本人の意識の問題だわ」


「本人の意識……ね」


 苦笑する空高に、貴理子は自分の不利を認めざるを得ない。

 この理屈は、確かに穴だらけだ。

 道行に意識がないことは、誰よりも貴理子自身がよく知っている。


「とにかく、うちの学校の女子じゃ駄目だよ。道行は誤解されすぎてる」


「それは確かにそうだけど……だからって」


(……~本人の前で言うことかよ)


「貴理子、送ってくからもう帰れ……俺ぁ、風呂入って寝てえんだ」


 道行はぐったりと幼馴染みの少女をうながした。

 これ以上はまた貴理子がへそを曲げてまい、矛先が自分に向く。

 それを(いと)う道行ではなかったが、今日はとにかく疲れていた。


「……うん」


 不承不承にうなずく貴理子。

 自分がまた感情を持て余し始めているのが分かっていたので、うなずくしかない。


 貴理子の名誉のために言っておくが、普段の彼女はまことに品行方正で礼儀正しく、自制心の強い少女だった。

 勉強でもスポーツでも一頭地を抜いていて、思いやりもあり、周囲の信頼も篤い。

 年頃の少女なら誰だって、想いを寄せている少年が自分以外の異性と出かければ、動揺するのが自然なのだ。

 今夜の彼女の態度は同情されこそすれ、責められるべきではないだろう。


 道行がテーブルに投げ出しておいたスマホに手を伸ばしたとき、見計らったように『……~LINE』と、情けない通知サウンドが鳴った。

 トーク画面を見て、差出人とメッセージの内容に面食らう。

 かしこまりにかしこまった、その文面。

 直後に、着信あり。


『――た、ただいまはお母さん様が失礼をいたしましたぁ!!!』


 枝葉瑞穂の動揺しきった声が鼓膜を痛打して、道行は頭の先から尻尾の先まで、まったく意味が分からなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 何処も彼処もこじれてますね。 誰か解いてあげてほしいです。 常人には無理ですがw
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