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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
473/659

閑話休題 迷宮無頼漢たちの生命保険? ふもっふ②

 私立星城(せいじょう)高等学校、一年A組。

 

 昼休み開始から一五分。

 四時限目終了のチャイムが鳴るなり購買に走った生徒たちも戻ってきていて、教室は和やかな雰囲気に包まれていた。

 気の合う者同士思い思いに机を寄せ合い、持参した弁当や購入してきたパンを広げている。

 その中でも一番大きな “島” には、


 枝葉(えば)瑞穂(みずほ)

 林田(はやしだ) (すず)

 田宮(たみや)佐那子(さなこ)

 安西(あんざい) (れん)

 志摩(しま)隼人(はやと)

 早乙女(さおとめ)月照(つきてる)

 大門(だいもん)勇大(ゆうだい)

 瀬田(せだ)真一郎しんいちろう


 ――の八人が着いていて、食事時の会話に花を咲かせていた。


「? どうしたの、瑞穂。全然食べてないじゃん」


 林田 鈴(リンダ)が目の前に広げられている、枝葉瑞穂のランチボックスの異変に気づいた。

 瑞穂は華奢な容姿に似合わず健啖家で、昼時には母親が作ってくれた弁当を、パクパクパクパクと幸せそうに食べている。

 食後のデザートとして必ず別のタッパウェアに、リンゴやバナナといった果物も持ってきていて、やはり幸せそうにシャリシャリモクモク、美味しい美味しいと食べている。

 それが今日に限って一口二口箸がつけられた程度で、ほとんど手つかずのままだ。


「はぁ、実は悩み事があるのです」


 コクリとうなずく、瑞穂。

 リンダだけでなく他の友人たちも箸やパンを持つ手を止め、お喋りを中断した。

 人間、誰しも悩みがあって当然だ。

 しかし瑞穂がそういうイメージから、遠い友人であることも確かだった。

 瑞穂はいつも明るく穏やかで礼儀正しく、面倒見がよく、面倒をよく見られる少女だった。

 

「リンダ、相談に乗ってくれますか?」


「う、うん、いいけど」


 リンダが戸惑うのも無理はない。

 通常、悩みを友人に相談するなら、他に六人ものクラスメートが食事の席を囲んでいる昼休みという状況(シチュエーション)はありえない。

 しかし愛すべき不思議ちゃんとして衆目の認識が一致している瑞穂は、頓着しないようだった。

 あるいはそこまで気が回らないほど、深刻な悩みなのか。


「実は次の日曜日にまた道行くんとお会いすることなったのですが、着ていく服がよくわからないのです。昨日着ていったリンダに選んでもらった服では、やはり失礼でしょうか? 失礼ですよね。失礼なのです」


 ガタンッ!!!


 瑞穂を除く七つの机が、盛大に鳴った。


(ちょっ! あんた、なにシレッと暴露してるのよ!)


 リンダは血相を変えて、瑞穂にアイコンタクトを送った。

 当然だ。

 昨日の灰原道行&空高兄弟とのWデートは、ふたりだけの秘密という約束になっていのだ。


(え? ――あああっ! そうでした、ごめんなさい、リンダ!)


 自分の失態に気づき、瑞穂があわあわと狼狽する。


「なになに、枝葉さん昨日デートしたの!?」


 食い付いたのは、佐那子だった。

 剣道部に所属していて、総務(クラス)委員も務める真面目な少女だったが、決してお堅いだけの娘ではない。

 年頃だけに、この手の話題は大好物だ。


「誰と!? どこで!? どんな風に知り合ったの!? わたしの知っている人!?」


 籠手、面、胴、突き、面、面、面、面!


 ――みたいな勢いで佐那子が訊ねれば、その隣では安西 恋が両拳を握りしめて、うんうん! と目力の籠もった表情でうなずいている。

 恋も、この手の話題は大好物だ。


「え、ええと、名前は灰原(はいばら)道行(みちゆき)くんと言いまして……北高の一年生で……道を歩いていたら、たまたま()()してしまいまして……それで助けていただいというか……」


 視線を逸らして、しどろもどろ~~~~~に瑞穂が説明する。

 もちろん、誰ひとりとして信じてはいない。

 ()()枝葉瑞穂が道でナンパされたぐらいで、知らない男とデートなどするわけがない。

 むしろ、ナンパされたことを気づかない。

 リンダを除く全員の頭に、『犯罪』の二文字が浮かんでいた。


「な、なんといいますか、きっと “割れ鍋に綴じ蓋” だったのです。“板に釘” だったのです。き、きっと、そうだったのです」


 それでも瑞穂はなんとか取り繕おうと、けなげに弁明を続ける。


「~もういいわよ、瑞穂」


 リンダは深々と溜息を吐いた。

 これ以上は、時間の無駄だ。


「ナンパされたのはわたしで、してきたのは道行くんじゃなくて、双子の弟の空高(そらたか)くん」


 リンダにしてみれば、“――ああ、もう、まったく、この()は” としか言いようがない。

 リンダの本命は、今隣に座っている幼馴染みの志摩隼人なのだ。


「いきなりふたりだけで遊びに行くのは怖いしさ。そんで向こうはお兄さんの道行くんを、わたしは瑞穂を誘ってWデートにしたの」


 リンダは大げさに顔をふって、ついでに大げさに肩も竦めた。

 こうなっては洗いざらい白状するしかない。

 この頃には同じ “島” の友人たちだけでなく、教室中のクラスメートが周りに集まっていた。


「北高の灰原空高くんって、イケメンで有名な人じゃん! リンダ、ラッキー!」


「はは……まあね(ラッキーどころか、今じゃ疫病神よ)」


 女子クラスメートの無邪気な言葉に、リンダは引きつった笑みを浮かべた。


「だいたいの事情はわかったけど……それがどうして、おまえだけでまた会うことになったんだ?」


 それまで黙っていた隼人が、控えめに訊ねた。


「それはもちろん」


 居住まいを正した瑞穂に、教室中の視線が集中する。


「「「「「「「そ、それはもちろん……?」」」」」」」


「それはもちろん、誠心誠意お詫びをするためです」


 クラス全員、頭の先から尻尾の先まで、まったく意味がわからなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 鈴はよく瑞穂に付き合っていたと思います。 天然すぎるw
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