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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
472/659

閑話休題 迷宮無頼漢たちの生命保険? ふもっふ①

本編の再開が遅れているため、お詫びの中編をしばらく掲載します。

タイトルは『迷宮無頼漢たちの生命保険? ふもっふ』

迷宮保険から、探索とシリアスと戦闘と迷宮を切り離した、純然たる学園ラブコメです。

本編の再開まで、どうぞお楽しみください。

   前文。


 枝葉(えば)瑞穂(みずほ)は幼馴染みで親友、クラスメートでもある林田 鈴(リンダ)に強引に誘われて、人生初のWデートをした。

 相手は別の学校に通う同学年の、灰原(はいばら)道行みちゆき空高(そらたか)の双子の兄弟。

 リンダは会った早々に空高と意気投合し、あぶれた瑞穂と道行は仕方なくペアを組むことに。

 人気のテーマパークに行き、流行のアトラクションを楽しみ、食事をし、おしゃべりをし、連絡先を各々交換して、瑞穂の初めてのWデートはつつがなく終了した。


 ……したはずだった。


◆◇◆


 コンコン、


 コンコン、


 二度ノックしても返事がないので、母親は自室にいるはずの娘に声を掛けた。


「娘さん。娘さん。わたしの可愛い娘さん。そろそろお風呂に入りなさい」


 やはり返事はない。

 しかし部屋にいないわけでも、寝ているわけでもなかった。

 なぜなら部屋の中から、


 バタ……バタ……バタ……バタ……。


 という、一人娘が悶々としているときにだけ発生する “音” が響いていたからだ。


「娘さん。娘さん。入りますよ?」


 ガチャ、


 いちおう許しを請うてから、母親はドアを開けた。


「入りましたよ、娘さん」


 バタ……バタ……バタ……バタ……。


 娘の瑞穂は、十畳の洋間の壁際に置かれたベッドにいた。

 うつぶせになって大きめの枕に顔をうずめて、両足をバタバタさせている。

 足の動きが酷く緩慢なことから、帰宅してからずっとこの調子だったことがうかがえる。


「どうしたのです、わたしの可愛い娘さん」


 母親は訊ねた。

 娘は今日Wデートとはいえ、人生初のデートを経験した。

 幼馴染みの男の子以外と、初めて遊びに出かけたのだ。

 もしかしたら嫌なことをされたのかとも思ったが、娘のこの仕草は自分を責めているときの反応だった。


「…………してしまいました」


 少ししてから、枕の奥からくぐもった声がした。


「え?」


「…………失敗をしてしまいました」


「なにをです?」


「…………お母さん様。わたしは今日、あの人に酷い態度を取ってしまいました」


 枕の奥から酷く落ち込んだ声で、娘が言った。


「どんな態度をとってしまったのです?」


「…………とても不機嫌な、失礼な態度です」


「なぜ、そのような態度をとってしまったのです?」


「…………わたしにとてもぶっきらぼうで、失礼な態度をとったからです」


「それならお互い様ではありませんか。失礼な人に不機嫌になってしまうのは、仕方のないことではないのですか?」


「…………そうではないのです。あの人はとっても良い人なのです。アトラクションの中でも、わたしを色々と助けてくれました。すべてはわたしの誤解だったのです」


「つまりあなたが失礼な態度をとってしまったのは、一見するとぶっきらぼうですが本当は優しい人――ということですか?」


「…………そういうことなのです」


 バタ……バタ……バタ……バタ……。


 再び元気なく動き出す娘の両足。


「ふむ」


 母親はだいたいの事情を理解し、不器用な娘に同情した。

 そして本人以上に、娘の状況を理解した。

 どうやら可愛い娘は、初恋に目覚めたらしい。


「それなら話は早いではありませんか。その人にお詫びの連絡をすればよいのです」


 娘の両足がまた止まる。

 それから枕の下から怖ず怖ずと、スマートフォンが出てきた。

 LINEが開かれていて、かしこまりにかしこまったお詫びの文章が綴られている。


 相手の男の子は、灰原道行――くんというらしい。

 アイコンがデフォルトのままなところから、性格が推して知れた。

 自己顕示欲の強さを隠しているか、あるいはまったくないか。

 おそらく後者だろう。

 自己顕示欲が強いのであれば、ぶっきらぼうな態度をとったりしないからだ。


「少々堅苦しく古風ではありますが、気持ちが籠もったよい文章だと思いますよ? なぜ送信しないのですか?」


「…………きっと断られます」


 娘のかしこまりにかしこまった古風なメッセージを要約すれば、


『ぜひぜひもう一度お会いして、お詫びがしたい』


 というものだ。


“お詫び” よりも “会いたい” というところがより重要なのだろうが、恋に不慣れな愛娘は本気で謝るつもりのようで、その底にある感情には気づいていない。


「それはまあ、普通なら『そこまですることないですよ』で、笑って水に流されてしまうでしょうね」


「…………」


「それでは駄目なのですね、やっぱり」


「…………それではわたしの気が済みません」


「取りあえず送信してみてそれで許してもらえるようでしたら、改めて誘えばよいではありませんか」


「…………理由がありません」


「え?」


「…………お誘いする大義名分がありません」


 娘は顔面を枕に埋めたまま、頭上にスマホを掲げている。

 まるでスマホに向かって祈りを捧げているようだ。

 母親はベッドに近づくとスマホに手を伸ばし、“送信” をタップした。


 ガバッ!


「ファアァァァアアアアーーーーーーーーーッッッツツツ!!!!!!!!!!」


 娘の絶叫が響き渡る。


「お母さん様っ! あなたはいったいなんてことをしてくれたのですか!!!?」


 枕に押さえつけていたため元々赤かった顔をさらに真っ赤にして、娘が母親に詰め寄る。

 直後、まるで信号機のように真っ青になって、


「取り消し! 取り消し! 取り消し! ――ああ、取り消しっていったいどうすればよいのですか!?」


「娘さん。娘さん。取り乱しているわたしの可愛い娘さん。そんなあなたにこの言葉を贈りましょう――古人曰く『案ずるより産むが易し』」


 慌てふためくまな愛娘とは対照的に、母親は泰然自若と言い放った。



このエピソードは近日中に分離し、『迷宮保険シリーズ』の独立した短編にします。

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[一言] お母さん様ナイスです
[一言] お母さんGJ!
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