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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
471/659

閑話休題 休息

連載の再開が延びているため、お詫びのショートエピソードを掲載します。

本編の方は、今しばらくお待ちくださいませ。

ごめんなさい!

   前文。


 これは聖女エバ・ライスライトたちが “龍の文鎮(岩山の迷宮)” から解放され、城塞都市 “リーンガミル” に入城するまでの、未だ語られていない物語。


 数ヶ月にわたる迷宮での生活で、一〇〇〇人を超えた “リーンガミル親善訪問団” の陣容は乱れた。

 かつての威容を整え直し、外界とのつながりを取り戻すまで、彼らは巨大な岩山の麓に野営地を設営し、そこで過ごした。


◆◇◆


「アッシュロ~ドさ~ん、起きてますか~? 朝ごはんですよ~♪」


 個人用の天幕の前に立つと、わたしは爽やかに朗らかに声を掛けます。

 真龍の棲まう岩山の麓に築かれた新しい拠点は、すでに目覚めの中にありました。

 これからまた、活気に満ちた一日が始まろうとしているのです。


「アッシュロ~ドさ~ん」


 しかし、そんな周囲の喧噪とは隔絶したように、目の前の天幕はひっそりとしています。


(隔絶というより、拒絶かな……)


 わたしは熱々のスープの入った鉄鍋と、リーンガミルから取り寄せたばかりのパンの入った籐籠(バスケット)を柔らかい草の上に置きました。

 それから濃緑の天幕に近づき、そっと入り口の垂れ幕を上げます。


 訪問団どころか、この世界(アカシニア)に存在する生きとし生けるものすべてを救った希代の英雄(ヒーロー)は、眠ってはいませんでした。


「……」


 天幕の中に寝転がり、低い天井をぼんやりと見つめています。


 ぷにぷに、


 わたしは膝を抱えるようにしゃがみ込むと、その頬を指で突きます。


「……まだ充電中ですか?」


「……」


 アッシュロードさんは、視線だけをわたしに向けました。

 ふむ、少しは充電できているようです。

 数日前までは、視線すら向けてくれなかったのですから。


湖岸拠点レイクサイド・キャンプからの設備の移転は順調ですよ。でもおトイレとお風呂は、迷宮の方が評判がいいですね」


 岩山(迷宮)の中から外へ、設備や資材の運び出しは順調でした。

 大は対策本部が使っていた司令部用の天幕から小はお玉(レードル)まで、使える物はなんでも運び出して、新しい拠点を充実させなければなりません。

 “動き回る海藻(クローリング・ケルプ)” を使った乾燥燃料も持ち出され、雨に濡れないように予備の天幕に覆われています。


 ですが備え付けの浴場やトイレまでは移設できず、わたしたちは近くの川に水を汲みに行ったり、穴を掘ったりして間に合わせていました。

 “偉大なるボッシュボッシュ・ザ・グレート” さんが造ってくれた公衆施設は、迷宮から開放されてなお、わたしたちの心をつかんで離しません。


「わたしも今日は午後から迷宮に戻って、運び出しを手伝います。それまでは救護所にいますから」


「……」


 アッシュロードさんはわたしを見つめるだけで、何も言いません。

 岩山の迷宮での終盤。

 この人は本当に辛そうでした。

 頭も、身体も、心も疲れ切っていて、それでも帰還の道を切り拓いてくれたのです。

 今は休息の刻。

 眠りの時間なのです。


「朝ご飯、外に置いてありますから冷めないうちに食べてくださいね」


 わたしは微笑み、天幕の外に出ました。

 背筋を伸ばし目を細め、柔らかい日差しと優しい風に洗われます。

 お風呂とおトイレは迷宮の方がよいけれど、それ以外はやっぱりこっちの方が何倍も心地よいです。

 迷宮は潜る場所であって、暮らす場所ではないことを実感します。


 背中で気配がしました。

 天幕からモゾモゾとアッシュロードさんが出てきて、鉄鍋の前に座り込みました。

 座っただけで手を伸ばそうとはせず、ぽつねんとしています。

 わたしは苦笑し、大きめのマグにまだ熱いスープをよそってあげました。

 やはり黙って受け取り、ズズッとすするアッシュロードさん。


「どうですか?」


「………………うん」


「『うん』だけじゃわかりませんよ」


「………………うん、美味え」


 わたしはもう少しの間、ここにいることにしました。

 回復役(ヒーラー)の役目は、人を癒やすことです。

 救護所にくる必要がなくても、癒やしを必要としている人はいるのです。

 

 パンの入った籐籠も差し出します。

 アッシュロードさんは籠から大きめのパンをひとつ取り出すと、千切ってマグの中に浸しました。

 しばらくそうしてから口に運び、モソモソと噛み始めます。

 まるで灰を含んでいるかのような表情ですが、人は心身共に疲労してしまえば、きっとこのような顔になってしまうのでしょう。


「………………他の……連中は?」


「みんな元気ですよ。みんな元気にそれぞれの場所で働いています」


「………………うん」


 アッシュロードさんは、指一本動かすのも億劫(おっくう)そうでした。


「まだもうしばらくの間、ここにいることになりそうです。“大アカシニア神聖統一帝国” の面子に賭けて、“リーンガミル” の援助は受けられませんからね。食料や医療品は城内で買い求められても、馬車や礼服などは本国から取り寄せなければなりませんし」


 わたしの言葉を聞いて、アッシュロードさんはホッとしたように見えました。

 今のこの人に、外交団の一員として他国を訪れ、延々と続く歓待の儀式に参加するなど、苦痛以外の何者でもないのでしょう。

 元々そういうことが、死ぬほど嫌いな人なのです。


「お天気は良いし、風は爽やかですし、ずっとここで暮らすのもよいですね」


「……それじゃ、おめえが……」


「? それじゃ、わたしが?」


「………………いや」


(それじゃ、わたしが幸せになれない――ですか?)


 再び黙り込んでしまったアッシュロードさんに、胸奥(きょうおう)で語りかけます。

 口にも態度にも出してはくれないけど、考えてくれている。

 わたしのことを、考えてくれている。


 そう思うのは、思い上がりでしょうか?


 でもそう思えるかぎり、わたしはこの人の側にいられる。

 迷宮にだって恐れることなく潜っていけるし、強力なライバルたちとも渡り合っていける。

 心に希望という名の灯火が点っているかぎり、人は生きていくことができるのです。

 だからわたしも口にも態度にも出さずに、胸の奥で答えます。


(わたしは今でも幸せですよ)


 ――と。



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新は無理せずご自分のペースで~。 絵面が完全に餌付けなんですがw
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