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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
470/659

バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、

 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、


『……』


 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、


『……』


 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、


『……ライスライトよぅ。少しは加減してやらねえとベッドが壊れちまうぞ』


 ピタッ、


 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、

 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、

 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ!


『~~~』


 宿屋 “神竜亭”

 四階スイートの一室。

 自分の枕にずっぽりと顔を埋めて両足をバタつかせている聖女に、直立した老グレートデンは大きな吐息を漏らした。

 今日の()()()は現れた当初から何やら不機嫌な様子だったが、部屋の主の横を素通りするとそのままベッドにダイブしてしまい、それっきりご覧の有様である。


『なに、ぶ~たれてんだよ』


 摘まみ出すわけにも、無視して飲み出すわけにも行かず、アッシュロードは犬のおまわりさんな気分で訊ねた。

 スルーされるかと思ったが、ややあってバタ足が止んだ。


『……………………れてない』


『ぶ~たれてんじゃねえか』


『………………………………………………………………よかった』


『あ?』


『……今日、フェルさんと仲がよかった』


 枕の中から聞こえたくぐもった声に、ようやく老犬は合点がいった。

 子猫がご機嫌斜めなのはそのせいか。


『いや、あれは単に君主(ロード)僧侶(プリーステス)で、加護の分担を決めてただけだろう。おめえの代わりにパーティに入る以上、すり合わせは必要だろ?』


 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、

 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、

 バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ!


『……』


 どうやら違うらしい。

 エバ・ライスライトが拗ねているのは、いつものレクリエーションの延長ではないようだ。

 この娘は時としてこのような “子供返り” を起こすが、パーティの連携に男女のしがらみを持ち込んだりはしない。

 まして今回は、本人の発案によって編成が変わったのである。

 文句を言う筋合いなどないのは、この娘が誰よりもよく知っているはずだ。

 それなのに、である。


『………………今のパーティ、居心地が悪いか』


 アッシュロードはライスライトの身体に触れないようベッドの端に腰を下ろし、少女を(おもんぱか)った。

 バタ足が再び止む。


 やはりそうか。


『……無理もねえ。おめはもう “こっち側” の人間だ。“向こう側” の人間と一緒じゃ、激しく場違いだろうよ』


 アッシュロードはやるせない思いで慰めた。

 エバ・ライスライトはただ “聖女” の恩寵を持つだけでなく、迷宮探索者として類い希な資質を持っている。

 それは筋力(ストレングス)知力(IQ)といった、数値化できる能力(ステータス)の話だけではない。


 強大な敵に立ち向かえる勇気。

 どんな窮地でも冷静さを失わない胆力。

 仲間たちに希望をもたらす人柄。

 

 探索者に必要とされるすべての資質が、この華奢な身体に詰まっている。

 

 迷宮に魅入られし者。

 迷宮に愛される者。

 迷宮の申し子。


 そんな娘がかつての友人とは言え、未だ “元の世界” を引きずっている連中とパーティを組むのだ。

 変わってしまった自分を実感して、疎外感や寂寥感を覚えるのも無理はない。


『…………おめえ、嫌なら俺がそっちのパーティに行ってもいいんだぜ』


 アッシュロードの目から見ても、ライスライトの以前のパーティ “フレンドシップ7” はよいパーティだ。

 あのパーティに加われたからこそ、この娘は才能を開花できたといっても過言ではない。

 信頼と友情にも恵まれ、当然居心地もよかったことだろう。


 …………フルフル、


 と大きめのピローに埋められた小さめの顔が、かすかに振られた。

 ()()()()()()がそんな無責任なことは出来ない……ということだろう。


(……おめえは真面目過ぎるんだよ)


 憐憫(れんびん)の瞳で、枕に顔を埋める娘を見つめるアッシュロード。

 真面目過ぎて、強すぎて、責任感がありすぎる。

 だから仲間にすら弱音を吐かない。

 そしてそれが常態となっている今では、パーティの仲間ですらこの娘の強さをさも当然のように思っている。

 まだ一五に過ぎないこの娘を、本当に聖女か何かだと思ってしまっている。

 強すぎるということは弱いということ、なのにだ。

 必要なときに弱さをさらけ出せるのが、本当の強さなのだ。


 この娘が純粋な善意と友情からリーンガミルに残り、さらにはやっと見つけた居場所(フレンドシップ7)を抜けてまで自分たちのパーティに加入した意味を、志摩隼人たちは理解できていない。

 未熟な隼人たちは己のことで一杯いっぱいであり、この娘がどれだけストレスを感じているかがわからない。


 酒にしか慰めを求められない自分と同様、この娘も弱く不器用な存在なのだと、アッシュロードは……アッシュロードだけは知っている。

 だからこの娘がときおりこうして子供の顔で甘えてくると、やさぐれた迷宮保険屋はくたびれつつも安堵するのだ。

 そして恐れる。


 ――もし自分がいなくなってしまったら、この娘はどうなってしまうのだろう、と。


 エバ・ライスライトが迷宮の闇に消えたのは、それから数日後のことだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] #5だしマッドストンパーの足音かなと思ったら…。 こんな感じで甘えられる相手が不在で、元の時代に戻る手段も不確定となるとストレスヤバそう。 [一言] 各シナリオを振り返りつつとても楽しく読…
[一言] エバ、心配ですね~。 キスとかしてたら、まだ耐えられたかもしれませんね。 まあその場合、グレイの胃が死ぬでしょうけどw 次回の更新、楽しみにしてます。
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