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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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家宅侵入

 “守護者” を退けたわたしたちは、いよいよショートさんの仕事場に足を踏み入れます。


(……ごめんなさい。次にお会いしたときに必ずお詫びしますから)


 胸の中で謝りながらの不法侵入です。

 五代くんの言うとおり、留守中に仕事場を調べるのですからこれは家宅侵入。

 打ち倒した “守護者” たちも魔物だったとは言え、召喚されて入り口を守っていただけにすぎません。

 ですがそれを言えば、迷宮にいる魔物のほとんどがそうなわけで……。

 彼らは地上に這い出て人々を襲っているわけでありません。

 ここでは侵略者であり略奪者であるのは、わたしたちの方なのです。

 迷宮探索をするのなら忘れてはいけない事実でした。


「前言撤回だ。枝葉、確かにこれは宇宙船だ」


 魔剣を手に慎重に進む隼人くんが意見を改めました。


「差し詰めスロープを登った先の “守護者” のいた扉がエアロックで、そこを抜けると真っ直ぐな通路が延びていて、左右にはドアがあり乗船者(クルー)の私室がある……といったところでしょうか」


「そんじゃ機関室とかブリッジとかもあるのかな?」


「機関室はともかく、ブリッジがあるなら突き当たりだろうな」


 話に乗ってきた早乙女くんに、隼人くんがうなずきます。


「ブリッジ……そこがアヒルさんの仕事場ね」


「必ずしもそうとは限らないだろ。まずは両脇の小部屋を調べてみようぜ」


 五代くんの言葉に田宮さんがムッとした顔をしましたが、それ以上は何も言いませんでした。

 通廊の両脇にはふたつずつ扉があり、中はいずれも一×一区画(ブロック)の小部屋でした。


「なにもないみたいね」


 四つの部屋を調べ終わったあと、田宮さんが心なしか勝ち誇った調子で言いました。

 五代くんは、軽く肩を竦めてみせるのみです。


「よし、本命だ」


 通廊の突き当たりの扉に視線を向ける隼人くん。

 五代くんが先行し、腰の雑嚢から盗賊の七つ道具(シーブズツール)を取り出しました。

 彼は時として辛辣な態度を採ることがありますが、一言の不平を零すことなくこうして神経のすり減る作業を繰り返してくれているのです。

 そしてそれが彼の矜持でもあるのでしょう。

 信頼するに足るプロフェッショナル(職人気質)な態度です。


「罠はない。だが鍵が掛かってる」


「解除できそうか?」


 訊ねた隼人くんに、五代くんは答える代わりに再び鍵穴を弄り始めました。

 待つこと数分――。


 ……カシャン、


 微かな解錠音が響きました。


「どうぞ、艦長(キャプテン)


 立ち上がると、慇懃(無礼)に扉の前を空ける五代くん。


「嫌味な奴め!」


 苦笑を浮かべる隼人くんを代弁してか、早乙女くんが唸ってみせます


「――用心しろ。第二の “守護者” がいないとも限らない」


 表情を引き締め直した隼人くんに、全員が同調します。

 扉を開けるとそこは三×三区画のちょっとした広間になっていて、中央に扉の付いた一×一の小部屋がありました。

 周囲を調べ、隠し扉(シークレット・ドア)などがないことを確認したわたしたちは、ようやく確信しました。

 この小部屋の奧こそが迷宮の除霊師 “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” さんの仕事場なのだと。

 そして五代くんがこの日ついに一〇回目となる扉の調査をし、問題がないのを確かめると、わたしたちはショートさんの仕事場に突入しました。


「これは……」


 わたしはまるで錬金術師の研究室ような室内に、声を失いました。

 新たな “守護者” の姿はありません。

 扉のある北側を除く東西南の壁には造り付け大きなキャビネットがあり、分厚い書物や色あせた巻物、さらに様々な薬品が納まっていました。


(どうやらここがショートさんの仕事場で間違いないようですね……)


 ですが問題はここからです。

 この部屋からどうやって、“時の賢者” さまの物置に出現する亡霊(守護者)を退散させる方法を見つけ出すか。


「手分けして調べるしかないが……呪文の書や巻物、それに薬品。どれも危険なものばかりだしな」


 隼人くんもすぐには指示を出せません。

 その視線が安西さんと田宮さんに向き……。


「れ、恋やわたしを見ても駄目よ。わたしたちの魔術の知識は訓練所での詰め込みなんだから。あくまで冒険者としてのものなんだから」


 田宮さんがタジッと後ずさり、安西さんがその陰でコクコクッとうなずきます。


 迷宮に潜る魔術師(メイジ) の多くが、幼い頃から魔術学校や偉大な先達に師事して学び、成人と共に技量を磨くために探索者となっているのに対し、安西さんと田宮さんは異世界からの転移者。

 生きるためにやむにやまれず探索者(冒険者)となったのであって、魔術の知識は訓練場で受けた促成錬成に過ぎません。

 魔物との戦いならいざ知らず、魔導書の解読や薬品の分析の当てにするのは酷というものでしょう……。


 ですが……。


「このまま手をこまねいていても時間が経つばかりです。出来るだけ部屋の物に手を触れないように調べてみましょう」


 わたしのなんとも玉虫色(アバウト)な提案は受け入れられ、皆がそれぞれ部屋の中を見て回り始めました。


 それからほどなくして、


「――わっ!」


 中央に置かれていたテーブルを見ていた早乙女くんが大きくのけぞり、尻餅をつきました。


「どうした!?」


「馬鹿、何をした?」


 隼人くんと五代くんが駆け寄り、テーブルから早乙女くんを引きずり離します。


「な、何もしてねえよ! 見てたらいきなり光り出したんだ!」


 テーブルは大きな円卓で、卓上には様々な薬品の瓶が置かれていました。

 その中に紛れていた拳大の水晶玉が、不気味に明滅しています。


「ば、爆発するの!?」


 怯える安西さんの言葉に、咄嗟に “神璧(グレイト・ウォール)” の祝詞(しゅくし)が浮かんだ瞬間、


『ガァー、オイラの仕事場にようこそ』


 水晶玉から光が伸び、宙空に “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” さんの姿が投影されたのです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 盗賊って楽そうですが、一番危険な職業なんですよね。 斥候、罠はずしの危険度は当然ですし、防御が薄いのに前衛に立たなければならない時がある。 軽い気持ちで出来る職業じゃないでしょうね。
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