魔法戦★
バンッ!
五代くんが迅速に扉を調べ問題がないことを確認すると、わたしたちは間髪入れずに扉を蹴破りました。
即座に立ち塞がる、複数の人影。
“呪い師” ×4
“ドワーフ戦士” ×4
そして青黒い鎧をまとった――。
“守護者” !
“呪い師” は魔術師系の魔物で、モンスターレベルは5前後。
“ドワーフ戦士” はその名が示すとおり戦士系で、モンスターレベルは4前後。
どちらもこれまでに何度か遭遇していて、“滅消” で一網打尽にできることがわかっています。
(ですが――)
“守護者”
この、おそらくは固定モンスターの強さがわかりません。
近接戦闘系か魔法系か、あるいはそのハイブリッドか。
近接戦闘系なら被ダメージは? 装甲値は? 生命力は?
魔法系なら魔術師系か聖職者系か。
唱えてくるのは呪文か加護か。その位階は?
(観察している余裕はありません。先手を打たれれば力量差があろうがなかろうが、甚大な被害を受けてしまいます)
今は聖職者が初見の魔物を相手取るときの定石に従うまでです。
「早乙女くんは “呪い師” を――慈母なる女神 “ニルダニス” よ!」
わたしは早乙女くんに目標を指示すると、躊躇なく “静寂” の祝詞を唱えました。
「おう、任せろい!」
わずかに遅れて早乙女くんも同様の加護を、帰依する男神に嘆願します。
“呪い師” が唱えてくる呪文は第二位階までですが、“火弓” を複数の目標に放つ集団攻撃呪文があります。
リーンガミル聖王国禁制の魔法でしたが、この時代では広く普及しているようです。
ダメージ量は軽微ですが四人全員に唱えられれば “焔爆” を上回る被害になります。
また “昏睡”の危険さは言わずもがなです。
早乙女くんはその “呪い師” に。
そしてわたしは “守護者” に。
それぞれ沈黙の加護を投げかけます。
(“守護者” が魔法を唱えてくるかはわかりませんが、大きいのを持っていたらことです!)
安西さんも “守護者” がネームドかどうかわからないので、習得したばかりの “滅消” ではなく、同位階の “氷嵐” を唱えていました。
対する “守護者” たちも “ドワーフ戦士” を壁にして、次々に魔法を唱え始めます。
“呪い師” が全員で件の複数火弓 “火箭” を詠唱すれば、さらに “守護者” は “焔爆” の呪文を唱え、戦闘は期せずして魔法戦になりました。
そして魔法戦――魔法の撃ち合いでは、どれだけ素早く魔法を完成させられるかに、すべてがかかっています。
まずわたしの “静寂” が完成し、“守護者” の魔法を封じ込めました。
“焔爆” の呪文が掻き消え、火の玉に薙ぎ払われる脅威がなくなります。
ついで完成したのは、早乙女くんの加護です。
四人の “呪い師” に沈黙の帳が下りて、そのうちの三人から発声を奪い去りました。
「しまっ、ひとりしくじっ――」
早乙女くんが叫んだ直後、パーティの一人ひとりを炎の矢が痛撃しました。
「うっ!」
苦痛に顔が歪みます。
炎の矢は魔法の矢、絶対に的を外すことはないのです。
最後に完成したのが最も位階が高く最も詠唱に時間がかかる、安西さんの呪文でした。
“火弓” の直撃にも精神集中を乱さず最後の韻を踏んで魔印を結べば、カミソリのような氷刃と零下何十度という冷気が “守護者” に襲いかかります。
しかし!
今の彼女が使える最強の攻撃呪文は “守護者” の青い鎧に届く前に、掻き消えてしまいました。
「――そんな!?」
「耐呪! 魔法無効化能力がある!」
安西さんが絶句し、わたしが叫んだときには、戦いは接近戦に移行していました。
五代くん、隼人くん、田宮さんの前衛三人が、“ドワーフ戦士” 四人と接敵し激しく斬り結びます。
盾役 の隼人くんがふたり、他のふたりがそれぞれひとりずつを受け持っての白兵戦です。
そこに魔法を封じられた “守護者” が長大な斧槍を振りかざして乱入し、同様に白兵戦を余儀なくされた三人の “呪い師” が短刀を煌めかせて加わりました。
さらに唯一魔法が生きている “呪い師” が再び、“火箭” の呪文を唱え始めました。
(いけません!)
わたしは瞬間的に危機を悟りました。
すでに戦いは敵と味方入り乱れていますが、魔法の矢である “火弓”はこのような状況でも狙い違わず目標を狙撃できるのです。
命がけの斬り合いを演じている最中の隼人くんたちが、例え軽微なダメージとはいえ気を逸らされ隙を作れば命取りになりかねません。
安西さんはまだ次の呪文に移っておらず、さらに彼女が使える呪文では味方を巻き込んでしまうため、“呪い師” だけを狙い撃つことができないのです。
直後に安西さんも “火弓” の呪文を唱え始めましたが、後手を踏んでしまったのは確かで、わたしと早乙女くんの加護も今からでは間に合いません。
ならば!
(――アッシュロードさん! お願いします!)
「指輪よ、秘めたる力を解放せよ!」
わたしは左手を乱戦の場に向けると鋭く叫びました。
(わたしたちにはこの時代には失われた呪文があるのです!)
今の隼人くんたちはネームド。
すでに “滅消” の影響は受けません。
次の瞬間、前衛の三人を除くすべての敵が硬直し、ひとり残さず “塵” と化しました。
終わってしまえば、短い戦いでした。
強力な魔法を有する者の戦いは、一瞬で決着がついてしまうのです。
ですがその内容は、二転三転する激しいものでした。
「べっ! ……酷え味だ」
口の中に広がる有害物質の味に、唾を吐き捨てる五代くん。
真似こそしませんでしたが、隼人くんも田宮さんも顔をしかめています。
「すみません、巻き込んでしまいました」
経験を積んだ熟練の魔術師 なら、“滅消” を使う瞬間に味方を巻き込まない位置取りが出来るのですが、わたしにはまだそこまでの技量はありません。
実際にパーシャはこの呪文を使うときには前に出て、前衛が不快な思いをしないように気遣ってくれていました。
「いや、さすがに乱戦時にそれは無理だろう。よくやってくれた。助かった」
隼人くんが口元を拭いながら、それでもどうにか笑顔を浮かべてくれました。
「……ごめんなさい。わたしまた判断ミスしちゃった」
反対に安西さんは、酷く憔悴した表情です。
「……最初にわたしが唱えてれば、簡単に勝てたのに」
「……恋」
田宮さんがそんな安西さんを見て、顔色を曇らせます。
「それこそ無理ってもんだろう。初見でレベルのわからない相手に “滅消” を唱えるなんて、そんな魔術師の方がどうかしてる」
フォローしたのは、五代くんでした。
それからわたしに顔を向けます。
「枝葉はどう思う?」
「わたしもそう思います。今回 “滅消” よりも “氷嵐” を選んだ安西さんの判断は冷静で合理的でした。落ち込む必要はどこにもありません」
「………………うん」
それでも安西さんの表情は晴れませんでした。
十分に役に立っているのに自信がなく自己肯定感が低いのが、彼女の常ではあるのですが……。
「俺たちは勝ち残ってアヒルの “守護者” を排除したんだ。胸を張ろう」
「そう、そう、リーダーの言うとおり! ――さあ、それじゃアヒルの家の家宅捜索としゃれ込もうぜ!」
「それを言うなら家宅侵入だろうが」
「細けえことはいいんだよ!」
早乙女くんの、とてもお寺の息子さんとは思えない豪放磊落な言葉を最後に、わたしたちは探索を再開しました。
ここからがいよいよ “ダック・オブ・ショート” さんの仕事場です。







