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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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廃工房の激闘①★

 ズズズズッッ……!


 前回の探索で解錠(ピッキング)済みの扉を開けると、すぐに反応がありました。

 湿度があるために泥と化した土埃。

 床に堆積しているその泥濘(でいねい)が盛り上がり、身構えるわたしたちの前で不格好な人形(ひとがた)を成したのです。


 この主なき工房の守護者(ガーディアン)、“泥人形(ゴーレム)” です。


挿絵(By みてみん)


「来るぞ!」


「いいのをもらうなよ、ゲッショー!」


「ゲッショー言うな! 俺はまだ在家だ!」


 雲を衝くような “泥人形” の威容に、隼人くんが警告を発し、五代くんが揶揄し、早乙女くんが言い返します。


 この広間は南北一〇区画(ブロック)、東西五区画の面積があり、その中に一×一区画の小部屋が等間隔に八つ並んでいます。

 この八つの小部屋が、かつてドワーフたちが工房として利用していた玄室なのでしょう。

 イロノセさんの話ではこの小部屋のどれかに、東南区域(エリア)への道を塞いでいる扉の鎖を断ち切る道具があるらしいのですが……。


()()()()だ! 手近な玄室に飛び込め!」


 隼人くんの言い得て妙な指示の下、わたしたちは鈍重な “土人形” の(かいな)の一振りを掻い潜って、一番近くの小部屋に走り込みました。


「扉を閉じろ!」


 最後尾のわたしが扉の隙間から身体をこじ入れるや、隼人くんが鋭く命じます。

 五代くんと早乙女くんが体当たりするように扉を押し閉め、わたしたちは息を殺しました。

 “泥人形” に知性はなく、探知範囲の外に出てしまえば元の泥濘に戻ってしまうのです。

 やがて玄室の外で響いていた、ズチャン! ズチャン! という水分を含んだ重い足音が聞こえなくなると、全員が安堵の汗を拭いました。


「見て……!」


 その時、背後を見た田宮さんが声を上げました。

 そこでようやく “永光コンティニュアル・ライト”の明かりに照らし出された室内の惨状に、わたしたちは気づかされたのです。

 玄室に拡がっていたのは、荒れ果て、奪い尽くされ、破壊尽くされた、まさに廃墟でした。


 言葉を失う六人。


 迷宮での生活を少しでもよくしようと、屈強なドワーフによって開かれた大工房。

 それがいかなる理由があってか、深閑の中に打ち捨てられていました。

 かつては赤々と燃え盛っていたはずの炉の火も、階層(フロア)全域に響き渡っていであろう鎚の音も、今は冷え切り、まったくの無音に支配されています。


「三〇年も無人なんだ……こんなもんだろうよ」


 やっと漏れた五代くんの呟きにも、いつもの皮肉っぽさがありません。


「迷宮や兵どもが夢の跡……だな」


 ハッと顔を向けたわたしに、隼人くんが怪訝な表情を浮かべます。


「? どうした?」


「……いえ、なんでもありません」


 それは “龍の文鎮(岩山の迷宮)” を去る際に、あの人が漏らした言葉……。

 わたしの胸にだけ納めておきたい言葉なのです……。


「恋、大丈夫?」


「…………うん、今のところは」


 田宮さんの気遣いに、安西さんが口元を掌で押さえてうなずきました。

 安西さんには喘息の持病があり、湿度が高く低温の迷宮は本来身体に悪いのです。

 特にこのような厚い土埃に覆われた場所は、これまで可能な限り避けてきました。


「さっさと済ませてしまおう」


「よし、一艘目でいきなり当たりを引いてやるぜ! 俺はこう見えてガチャ運が強いんだ!」


 勢い込んで僧衣の袖をめくった早乙女くんが、散乱するガラクタに歩み寄り――。


「――駄目っ!」


「えっ――ガァッ!?!?」


 わたしの警告は間に合わず、ガラクタから湧き出た()()に触れられた早乙女くんが、雷に打たれたように激しく身体を震わせました!

 浮かび上がる蒼黒い影!


挿絵(By みてみん)


「“氷霊(アイス・ファントム)”!」


 わたしは戦棍(メイス)と盾を構えて皆の前に出ました。


「早乙女!」「早乙女くん!」


麻痺(パラライズ)してる――枝葉さん!」


 五代くんと安西さんが早乙女くんに駆け寄り、同様に様子をうかがった田宮さんがわたしの名前を叫びます。


「――ここは俺に任せて、おまえは早乙女を!」


 魔剣を手に、隼人くんがわたしの隣に立ちました。


「俺にはまだ麻痺は治せない! おまえまで白くなったらお手上げだ!」


 言っている意味がわからず、わたしは早乙女くんをチラ見しました。

 そして隼人くんの言葉の意味を悟り、慄然とします。

 怖ろしいことに、早乙女くんの全身には真っ白な霜が降りていたのです。


「お願いします!」


 わたしは一瞬の逡巡のあと、後方に退きました。

 初遭遇ですが怪物百科モンスターズ・マニュアルによると、“氷霊” のモンスターレベルはわずか1。

 何体いようと、今のわたしならまとめて解呪(ディスペル) することができるでしょう。

 ですが万が一にも先制攻撃を受けてしまえば、先に早乙女くんが麻痺してしまっている以上、治療のためにラーラさんの拠点まで戻らなければならなくなります。

 その時間的なロスと道中の危険を考えれば、隼人くんの判断が正しいと認めざるを得ません。

 回復役(ヒーラー)がすべて麻痺に陥る――迷宮では絶対に避けなければならない事態です。


「任せて! あなたは早乙女くんを!」


「はい!」


 わたしと入れ替わり、五代くんと田宮さんが隼人くんの左右に立ちました。

 “氷霊” の最大出現数は、最少の1。

 レベル7の前衛が三人いれば、まず抜かれる心配はありません。


「枝葉さん!」


 ピクリとも動かない早乙女くんを抱きかかえながら、安西さんが今にも泣きだしそうな顔でわたしを見上げます。

 大柄な身体に回している手が低温で灼かれているのに、安西さんは気にする素振りも見せません。


「大丈夫、すぐに治療しますから」


 わたしは早乙女くんの身体に手を置くと、安西さんと同じ痛みを感じながら素早く祝詞(しゅくじ)を唱えました。


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――」


「瑞穂っ!!!」


(えっ?)


「GiYaAaaaaaーーーーーッッッ!!!」


 突然頭上に転移した “氷霊” が、身も凍る金切り声を上げて躍りかかってきたのです!


 ――後衛攻撃(バックアタック)!?!?


 驚愕と、祝詞を唱え終えたのと、自分の身体が霜に塗れたこと……。

 どれが最初だったのかは、わかりません……。



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― 新着の感想 ―
[一言]  やっぱり隼人たちでは頼り無さすぎまして……  ライスライト嬢、命がいくつあっても足りないんじゃまいか。
[一言] 喘息は神癒で回復できないのでしょうか? >祝詞を唱えました しゅくじ、なんですね。 今まで「のりと」だと思ってました。 まあどちらでもあってるのですがw
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