廃工房の激闘①★
ズズズズッッ……!
前回の探索で解錠済みの扉を開けると、すぐに反応がありました。
湿度があるために泥と化した土埃。
床に堆積しているその泥濘が盛り上がり、身構えるわたしたちの前で不格好な人形を成したのです。
この主なき工房の守護者、“泥人形” です。
「来るぞ!」
「いいのをもらうなよ、ゲッショー!」
「ゲッショー言うな! 俺はまだ在家だ!」
雲を衝くような “泥人形” の威容に、隼人くんが警告を発し、五代くんが揶揄し、早乙女くんが言い返します。
この広間は南北一〇区画、東西五区画の面積があり、その中に一×一区画の小部屋が等間隔に八つ並んでいます。
この八つの小部屋が、かつてドワーフたちが工房として利用していた玄室なのでしょう。
イロノセさんの話ではこの小部屋のどれかに、東南区域への道を塞いでいる扉の鎖を断ち切る道具があるらしいのですが……。
「八艘飛びだ! 手近な玄室に飛び込め!」
隼人くんの言い得て妙な指示の下、わたしたちは鈍重な “土人形” の腕の一振りを掻い潜って、一番近くの小部屋に走り込みました。
「扉を閉じろ!」
最後尾のわたしが扉の隙間から身体をこじ入れるや、隼人くんが鋭く命じます。
五代くんと早乙女くんが体当たりするように扉を押し閉め、わたしたちは息を殺しました。
“泥人形” に知性はなく、探知範囲の外に出てしまえば元の泥濘に戻ってしまうのです。
やがて玄室の外で響いていた、ズチャン! ズチャン! という水分を含んだ重い足音が聞こえなくなると、全員が安堵の汗を拭いました。
「見て……!」
その時、背後を見た田宮さんが声を上げました。
そこでようやく “永光”の明かりに照らし出された室内の惨状に、わたしたちは気づかされたのです。
玄室に拡がっていたのは、荒れ果て、奪い尽くされ、破壊尽くされた、まさに廃墟でした。
言葉を失う六人。
迷宮での生活を少しでもよくしようと、屈強なドワーフによって開かれた大工房。
それがいかなる理由があってか、深閑の中に打ち捨てられていました。
かつては赤々と燃え盛っていたはずの炉の火も、階層全域に響き渡っていであろう鎚の音も、今は冷え切り、まったくの無音に支配されています。
「三〇年も無人なんだ……こんなもんだろうよ」
やっと漏れた五代くんの呟きにも、いつもの皮肉っぽさがありません。
「迷宮や兵どもが夢の跡……だな」
ハッと顔を向けたわたしに、隼人くんが怪訝な表情を浮かべます。
「? どうした?」
「……いえ、なんでもありません」
それは “龍の文鎮” を去る際に、あの人が漏らした言葉……。
わたしの胸にだけ納めておきたい言葉なのです……。
「恋、大丈夫?」
「…………うん、今のところは」
田宮さんの気遣いに、安西さんが口元を掌で押さえてうなずきました。
安西さんには喘息の持病があり、湿度が高く低温の迷宮は本来身体に悪いのです。
特にこのような厚い土埃に覆われた場所は、これまで可能な限り避けてきました。
「さっさと済ませてしまおう」
「よし、一艘目でいきなり当たりを引いてやるぜ! 俺はこう見えてガチャ運が強いんだ!」
勢い込んで僧衣の袖をめくった早乙女くんが、散乱するガラクタに歩み寄り――。
「――駄目っ!」
「えっ――ガァッ!?!?」
わたしの警告は間に合わず、ガラクタから湧き出た気配に触れられた早乙女くんが、雷に打たれたように激しく身体を震わせました!
浮かび上がる蒼黒い影!
「“氷霊”!」
わたしは戦棍と盾を構えて皆の前に出ました。
「早乙女!」「早乙女くん!」
「麻痺してる――枝葉さん!」
五代くんと安西さんが早乙女くんに駆け寄り、同様に様子をうかがった田宮さんがわたしの名前を叫びます。
「――ここは俺に任せて、おまえは早乙女を!」
魔剣を手に、隼人くんがわたしの隣に立ちました。
「俺にはまだ麻痺は治せない! おまえまで白くなったらお手上げだ!」
言っている意味がわからず、わたしは早乙女くんをチラ見しました。
そして隼人くんの言葉の意味を悟り、慄然とします。
怖ろしいことに、早乙女くんの全身には真っ白な霜が降りていたのです。
「お願いします!」
わたしは一瞬の逡巡のあと、後方に退きました。
初遭遇ですが怪物百科によると、“氷霊” のモンスターレベルはわずか1。
何体いようと、今のわたしならまとめて解呪 することができるでしょう。
ですが万が一にも先制攻撃を受けてしまえば、先に早乙女くんが麻痺してしまっている以上、治療のためにラーラさんの拠点まで戻らなければならなくなります。
その時間的なロスと道中の危険を考えれば、隼人くんの判断が正しいと認めざるを得ません。
回復役がすべて麻痺に陥る――迷宮では絶対に避けなければならない事態です。
「任せて! あなたは早乙女くんを!」
「はい!」
わたしと入れ替わり、五代くんと田宮さんが隼人くんの左右に立ちました。
“氷霊” の最大出現数は、最少の1。
レベル7の前衛が三人いれば、まず抜かれる心配はありません。
「枝葉さん!」
ピクリとも動かない早乙女くんを抱きかかえながら、安西さんが今にも泣きだしそうな顔でわたしを見上げます。
大柄な身体に回している手が低温で灼かれているのに、安西さんは気にする素振りも見せません。
「大丈夫、すぐに治療しますから」
わたしは早乙女くんの身体に手を置くと、安西さんと同じ痛みを感じながら素早く祝詞を唱えました。
「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――」
「瑞穂っ!!!」
(えっ?)
「GiYaAaaaaaーーーーーッッッ!!!」
突然頭上に転移した “氷霊” が、身も凍る金切り声を上げて躍りかかってきたのです!
――後衛攻撃!?!?
驚愕と、祝詞を唱え終えたのと、自分の身体が霜に塗れたこと……。
どれが最初だったのかは、わかりません……。







