わんわんわんわん
「ダメェェェっ!!!」
わたしが制止する間もなく、前衛の三人が振り上げていた武器を一斉にアッシュロードさんの頭上に振り下ろしました。
瞬間的に反射的にそして本能的に、目を閉じ顔を背けて惨劇を拒絶しました。
違和感があって当たり前なんです!
不安を覚えて当然なんです!
だってアレクさんを捜しているのは、わたしたちだけではないのですから!
この玄室にたどり着く “思考法” を教えてくれたのは、アッシュロードさんなのですから!
ここは呪われた玄室です!
こんな玄室、大っ嫌い!
ガッッッ!
ドサッ!
金属が戛と打ち合わさる音がして、誰かが吹き飛ばされ倒れ込む音がしました。
身に付けている板金鎧に三本の剣を受け、アッシュロードさんが吹き飛ばされたのでしょう。
いくらアッシュロードさんでも、扉を開けた瞬間に三人の探索者に奇襲を受けては一溜まりもありません。
まして、レットさんも、カドモフさんも、ジグさんも、めきめき剣の腕を上げているのです。
それは長いようで短い静寂でした。
わたしは恐る恐る目を開けて、再び玄室の入り口に視線を向けました。
そこには無残に斬り刻まれたアッシュロードさんの姿が……。
「……え?」
「……なんだ、おめえらか。脅かすな」
右手の剣でジグさんの短剣を、左手の短剣でカドモフさんの剣を受け止め、ひょろ長い脚の前蹴りでレットさんを壁際まで蹴りとばしたアッシュロードさんが、全然驚いた風もなくぼやきました。
驚いて固まってしまったのはわたしたちの方で、ジグさんとカドモフさんは必殺の間合いで放った一撃をカウンターで受け止められて目を見開いています。
壁際まで吹き飛ばされたレットさんも、おそらく大兜の奥で同様の表情をしていることでしょう。
そしてわたしは……。
「……バッ」
「バッ?」
「……バッ」
「バッ?」
「バカーッ! 部屋に入るときは、ちゃんとノックしてくださいーっ!!!!」
前衛二人の剣を受け止めたままのアッシュロードさんに向かって、“バカ大砲” が炸裂しました。
「死んじゃったらどうするんですかーっ!!! なんでもっと慎重にしてくれないですかーっ!!! いつもいつも心配させて、なんでそんなに意地悪するんですかーっ!!!」
『……えーー』
みたいな顔をするアッシュロードさんを尻目に、わたしはわんわんわんわん。
自分でもびっくりするほど、わんわんわんわん。
他のみんなも呆然とした顔をで、わたしを見ています。
わたしも心の中で呆然としています。
でも、わんわんわんわんは止まらなくて。
どうしても止まらなくて。
“犬のお巡りさん” どうかわたしを止めてください!
やがて、誰かの手が優しくわたしに触れました。
フェルさんが柔らかな微笑を浮かべて、わたしを見ています。
パーシャが “仕方ないなー” みたいな顔をして、清潔なハンカチを差し出してくれました。
「あ、あじが……ど……ございまず」
チーンッ!
と、鼓膜に響くほど勢い良く鼻をかみます。
「グズッ……グズッ……」
「どう、落ち着いた?」
「は、はい゛……どうに゛か……ずみまぜんでしだ」
わたしが “わんわん” したせいで気を抜かれてしまったのか、ジグさんもカドモフさんも、蹴り飛ばされたレットさんも、そしていきなり斬りつけられたアッシュロードさんまで、顔を振り振り溜め息交じりに剣を鞘に戻しました。
「すまなかった。敵かと思った」
「気にするな。迷宮ではままあることだ」
レットさんの謝罪をあっさりと受け入れるアッシュロードさん。
“悪” の戒律を持つ者が、迷宮で “善”の人間に斬り掛かられたりしたら、通常は血みどろの刀争にまで発展するものです。
たとえ “善” の属性同士でも、剣呑な殺気立った気配が漂うでしょう。
これはアッシュロードさんが “秩序にして悪” な性格をしているから……なわけではなく、ただたんに面倒くさがり屋さんなだけだからだと思われます。
「奴か?」
「ああ」
「やれやれ……先を越されちまったか。ドーラに何を言われるか」
壁際の宝箱の側で身を竦めているアレクさんを見たアッシュロードさんが、レットさんに訊ね、その答えに嘆息しました。
やはりこの人には、“殺してでも奪い取る” 系の選択肢はないようです。
「エバのお陰だ。彼女がこの玄室が怪しいと指摘してくれた」
レットさんの話に、ボリボリと頭を掻いてフケを飛ばすアッシュロードさん。
ご、ごめんなさい。
どうやら恩を仇で返してしまいました。
「どうやら一件落着みたいだね!」
状況がこれ以険悪にならないことを見て取り、パーシャが快活に叫びました。
アッシュロードさんには申し訳ないですが、確かにパーシャの言うとおりでしょう。
あとはアレクさんを地上まで連れ帰り、“死人占い師の杖”を売ったお金で蘇生させるだけです。
寺院を説得する仕事が残っていますが、これはどうとでもなるでしょう。
なんといっても、“病める者” に救いの手を差し伸べるのが寺院の――聖職者の本分なのですから。
――そんな風に思っていたときが、わたしにもありました。
玄室の隅でわたしたちのやり取りを見ていたアレクさんが、掠れた叫び声を上げるまでは――。
「……おい! ……なんで……“みすぼらしい男” と……談合……してる!」
えっ?
「さては……おまえら! 俺を……騙したな!」
アレクさんが青緑色に変色した肌を引きつらせ、鬼のように憎悪に歪んだ表情で叫びました。
認識できていない!?
アッシュロードさんを、“みすぼらしい男” だと思ってる!?
アレクさんには、迷宮に入る際にわたしが嘆願した “認知” の加護が掛かってないから?
それとも、脳の思考を司る部位が劣化して――腐敗してきている!?
「違――」
わたしが否定の声をあげるより早く、アレクさんが宝箱に手を掛けました。
それは――それはダメ!
「……ただでは……死なん! ……おまえらも……道連れだ!」
「なんだ!?」
「“強制転移の罠” です!」
わたしがアッシュロードさんに叫んだ瞬間、勢い良く宝箱の箱が開け放たれました!
虹色の光が箱の中から見る間に溢れだし、玄室が、空間が、時空がゆがみ出します!
屈曲する視界の中、血相を変えたアッシュロードさんがわたしに向かって手を伸ばしました。
わたしも手を伸ばし返し、指先が触れ合いかけた瞬間――。
唐突に意識が途絶えました。







