”イロノセ” ★
ガチャッ、
突然扉が開いて、わたしたちは腰を下ろしていたソファーから飛び上がりました。
「よぉ、久しぶりじゃな、娘っ子。元気にしとったか――」
わずかに開いた扉の隙間から現れたのは “小柄な人影” でした。
引っかかった大きな背負い袋に気を取られているため、わたしたちには気がついていないようです。
どうにか背負い袋を引っ張り込むと、髭もじゃの顔がこちらを向いて……。
「……」
「「「「「「……」」」」」」
髭もじゃさんと、わたしたち。
顔を見合わせ、硬直することしばし。
バッ!
ババババババッ!
飛び上がり、飛び退る、ひとりと六人。
「降参! 降参!」
髭もじゃの小柄な……ドワーフさんは、わたしたちを認識するなり両手を挙げて壁に引っ付きました。
「わしは善良な行商人じゃぞ! 善良じゃからあんまり儲けもない! じゃから身ぐるみ剥いでも旨味はないぞ! じゃから見逃してくれ!」
こちらの誰何も待たずに、自ら正体を明かしてしまうドワーフさん。
どうやらわたしたちを、盗賊か何かだと思っているようです。
「いや、俺たちは――」
わたしと視線を交わした隼人くんが、誤解を解こうとしたときです。
トキミさんが髭もじゃのドワーフの行商人さんに、お辞儀をしました。
「お久しぶりです、イロノセさま」
「お、おお、娘っ子か。無事じゃったか。壊されてはなかったか」
「もちろんです。こちらの方々はとてもお優しい方ばかり。とてもよくしていただいています」
「そ、そうか。うむ、それは重畳じゃ」
「志摩さま。こちらは交易商のイロノセさまです。これまでにも何度か立ち寄っていただき、入り用の物をお売りいただいております」
「交易商……迷宮にか」
「人がおればどこだって商売は成り立つんじゃ――山賊じゃなけりゃ、手を下ろしてもいいか?」
「ああ、好きにしてくれ」
「やれやれ、寿命が縮んだわい」
“イロノセ” さんはそういって両手を下ろすと、清潔そうな手ぬぐいで顔に浮いた汗を拭いました。
「その娘っ子の言ったとおり、わしはイロノセ。交易商を営んでおる。時に――おまえさんたちはいったい何者なんじゃ?」
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「……探索者とはな。久しく聞いてない、もはや忘れていた懐かしい名じゃ」
部屋の中央に置かれた来客用のソファーに腰を下ろしたイロノセさんは、わたしたしの説明を聞いて深い吐息を漏らしました。
「……しかも、この娘っ子の主を探しとる」
「そのとおりです」
わたしは小さく首肯しました。
隼人くんから目配せされて、わたしが説明役を任されたのです。
「隣の物置に手がかりがあると考えているのですが、守護者らしき亡霊がいて調べることができないのです。霊媒師の “ダック・オブ・ショート” さんならあるいは対処法を知っているのではと思っていますが、一別以来お会いすることができなくて……」
「何とかしようと、今日はまだ調べてない南東区域にも行ってみたんだけどよ。扉に鎖が巻かれてて先に進めなかったんだ」
天を仰いで補足してくれる早乙女くん。
「おまえさんたちの行き当たっている問題は、すべてひとつの答えで解決する。すなわち南東の扉の先にはアヒルの仕事場があって、そこに行けば隣の物置に巣くっている亡霊を退散させることが出来るじゃろう」
話を聞いたイロノセさんは、さらに深い溜息のあとにそう続けました。
「あの先にショートさんの仕事場があるのですか?」
「左様。遠くの仕事に向かうとき、あのアヒルはいつもああやって厳重に仕事場を封印して行くんじゃよ」
わたしたちは顔を見合わせました。
『鍵を掛けられた小箱の中に、その鍵が納められている』
……みたいな。
「どうにかショートさんの仕事場に行く方法はないでしょうか?」
イロノセさんが顔を上げました。
まだ壮年なのはずなのに、その表情はまるで老人のように憔悴して見えました。
「……その娘っ子に名前を付けてやったのか?」
「え? あ、はい」
「……トキミか。良い名じゃ。まさにその子にふさわしい」
なぜか寂しそうな瞳でトキミさんを見つめる、イロノセさん。
「ありがとうございます。わたしもとても気に入っています」
「……うんうん、そうじゃろうな、そうじゃろうな。良い名じゃ、良い名じゃ」
はにかむトキミさんに、イロノセさんは何度もうなずいてみせました。
それからグスッと鼻を啜ると、
「この部屋の真北に広間があるのを知っておるか? 小部屋が等間隔に八つ並んでいる広間じゃ」
「“泥人形” が無限に湧き出てくる広間ですね」
「然り、あの広間はもう三〇年以上昔に閉鎖された、わしらドワーフの工房跡での。あそこを漁れば、アヒルが施した封印を解く道具が見つかるかもしれん」
「三〇年……そんな昔の道具が役に立つのか?」
「魔法の道具という奴は望んで破壊せぬ限り、そこに存在し続けるものじゃ」
隼人くんの疑問に、イロノセさんの茶色の顎髭がわずかに揺れました。
「それぐらいの道具でなければ、あの頑丈な鎖は断ち切れまいて」
「なんだか申し訳ないわね。そうまでして守っている仕事場に無断で入り込むなんて」
田宮さんがバツが悪そうな顔をしました。
「考え違いをしたらいかんぞ。アヒルがあの鎖で守っているのは仕事場ではなく、おまえたちのような侵入者の方じゃ」
イロノセさんの言う意味を悟り、押し黙る田宮さん。
「守護者がいるのですね」
「それも凶悪な奴がな。じゃが、まずは別の守護者――今は去ったドワーフたちの置き土産をどうにかするのが先じゃろうて」
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「――お帰りをお待ちしております」
翌朝、礼儀正しくお辞儀をするトキミさんに見送られ、わたしたちはイロノセさんと一緒に北に向けて出立しました。
目指すはドワーフの工房だったという広間です。
しばらく共に進み、やがて回廊が北と東に分かれる地点まで来たとき、イロノセさんが立ち止まりました。
「わしは北だ。これから “竜の大瓶亭” で、ドワーフの酔漢どもを相手に大儲けよ」
「いろいろとありがとうございました」
「なになに。おまえさんたちがルーソと出会えるように祈っとるよ」
「――あの」
立ち去りかけたドワーフの行商人さんを、わたしは思わず呼び止めてしまいました。
「?」
「……なぜ、あんな寂しそうな瞳をされたのですか? 昨日トキミさんと話していたときに」
不躾な質問だとは思います。
ですが、もしかしたらわたしたちの何気ない言動が、この人を傷つけてしまったのかもしれません。
それを確かめたかったのです。
「……迷宮では時として、命を持たぬものに魂が宿ることがある。そういった者はそれ故に純粋で、それ故に儚く、それ故に危険なんじゃ」
「……」
「あの娘は人を魅入る……そうなることを恐れて、今では誰もあの部屋を訪れん。唯一わしがいるくらいじゃ。そのわしも……」
快活なイロノセさんの表情に、またしても深い翳りが差しました。
「……あの娘に名まで付けてやろうとは思わなんだ。どうせあの玄室から離れられんのなら、わしが付けてやればよかった……そう思ったんじゃよ」
それからイロノセさんは東、ドワーフの工房があるという回廊の先を見つめました。
「…… “泥人形” どもも同じじゃ。主が去ったあとも律儀に務めを果たし続けておる……業深きことよ」
イロノセさんは商品でいっぱいに膨らんだ背負い袋をかつぎ、去っていきました。
「わたしたちも行きましょう」
迷宮には人を魅入る存在がある……確かにそのとおりでしょう。
いえ、迷宮それ自体が人を魅入るのかもしれません。
ですが今はまだ感慨に耽るときではありません。
わたしたちには、やらなければならないことがあるのです。
それから半時後。
ドワーフの廃工房で待っていたのは、“泥人形” との死闘でした。







