リドル★
“対転移呪文” !
探索者立ちが気づいたときには手遅れだった。
熟練者の魔術師 でも扱うことができない超高位魔術が、六人を強制的に転移させていたのだ。
そして誰もが思った。
(エバたちもこうして!)
と。
“対転移呪文” で地中深くに飛ばされてしまえば、問答無用で消失である。
分厚い岩盤の中に再出現すれば、凄まじい地圧で半瞬とて生きてはいられない。
星の意思である世界蛇でもない限り、生還はなど叶うはずもなかった。
“紫衣の魔女の迷宮” 一階の暗黒回廊に潜む謎の隠者が、自室に迷い込んできた探索者をこの呪文で城に強制送還するのは、あの迷宮に潜る者なら誰もが知っている話だ。
下層と行き来する昇降機 の間近に隠棲していることから、何らかの理由があって傷ついた探索者たちを助けているのだ――という説が有力だった。
その強大すぎる力から、あるいは紫衣の魔女本人ではないかとさえ言われている、迷宮一の怪人物である。
だがここは “紫衣の魔女の迷宮”ではなく、怪人は怪人でも同一人物のはずもない。
警戒を怠った後悔が生まれるよりも早く、六人の探索者の姿は “墓守” の視界から消え去っていた。
目眩に似た一瞬の浮遊感のあと、全員が再出現していた。
岩の中――ではない。
安堵するよりも心拍が急上昇し、総身にドッと冷たい汗が噴き出した。
「……無事か?」
言葉を失っている仲間たちに、アッシュロードが問うた。
「な、なんとかな」
「……まったく察知できなかった。不覚」
真っ先に我に返ったジグが答え、カドモフが渋面を作った。
「ここはいっ「し――心臓に悪いよ! あの枯れ木ジジイ!」
周囲を警戒するレットの呟きを、パーシャの怒声が上書きした。
「いきなりなんてことすんのよ! 今度会ったら、あたいの “ぶっ刺すもの” で蜂の巣にしてやるんだから!」
「~そん時は手を貸すぜ」
「それよりも今は現在位置を確認することが先だ。パーシャ、指輪を」
「……まったく、これ買っておいて本当によかったよ」
リーダーの指示に “憤懣やるかたなし” だった表情を引っ込め、指輪の魔力を解放するパーシャ。
「ん~と、“E14、N2” ――なんだ、あの扉の向こう側じゃない」
パーティが再出現したのは一×一区画の最少の玄室で、向かい合わせに扉がふたつあった。
「あっちが西で転移で後戻りさせられた扉。それであっちが東で開けてビックリ宝箱な扉」
パーシャが左右の手を水平に広げて、向かい合う扉をそれぞれに指さした。
「どういうこと?」
「“飛べ” ……とは “転移” の呪文で跳べということだったんだろう」
訝しげな表情を浮かべたフェリリルに、アッシュロードが答える。
「だが俺たちの魔術師は、まだその呪文を習得していなかった」
「まさか手助けされたとでも言うの? あの “墓守” に?」
エルフの少女の懐疑的な言葉に、黒衣の男はわずかに肩を竦めるに留めた。
男にわかるのは原因となった事象とそれに基づく結果だけで、発端となった怪人の心までは見通せない。
「どうする、リーダー?」
アッシュロードはエルフの少女から、赤みがかった金髪を短く刈り込んだ若い戦士に視線を移した。
「西に戻ったところで元の木阿弥だ。東に行って老人の招待に応じよう」
自分より遙かに経験豊富な――おそらくは世界最高の迷宮探索者にリーダーと呼ばれ、レットは重々しくも面はゆくうなずいた。
生命力も精神力も、まだ十分に余力がある。
ここで引き返す手はない。
メンバーに異存はなく、一度キャンプを張り心身から悪い空気を抜いたあと、東の扉を開けた。
扉を越えると、そこもまた一×一の玄室だった。
東西の向かい合わせに扉があるところも同じだ。
一瞬、また転移地点で後戻りさせられたのかとも思ったが、目眩は覚えなかった。
そしてホビットの少女が “示位の指輪” の力を四度使う前に、玄室自身が違いを示した。
“我、女神ニルダニスの代理にして、迷宮にて汝等を待つ者!”
突然頭上から響き渡った大音声に、全員が度肝を抜かれた。
だが声はすれど姿は見えず。
警戒し身構える探索者たちに、謎の音声は続ける。
“我は勇者にして従者。堅固な意思と身体を持ち、数多の戦場に立つ剛の者。我が心は折れず、我が身体は砕けず。最後に主を守る者なれど、故に騎士にはなれぬ者。答えよ、我とは?”
「謎かけだ! 謎かけだよ!」
姿なき声が止むなり、パーシャが飛び上がって叫んだ。
「勇者にして従者……堅固な意思と身体の持ち主で、数多くの戦場に立った剛の者」
「折れない心と砕けぬ身体で最後に主を守る者」
「……だが、それ故に騎士にはなれぬ者」
ジグ、レット、カドモフが次々に繰り返す。
「人間の歴史上の英雄かなにか?」
フェリリルが性格どおりの素直な答えを口にする。
エルフにはそんな武張った偉人はいないが、人間やドワーフにならいるかもしれない。
「それって真っ直ぐ過ぎない? 条件にあうような人間なんてごまんといるよ? 謎かけなんだから、もっとこう捻った答えだと思うけどなぁ」
パーシャが性格どおりの捻くれた意見を返す。
「グレイ、あなたはどう? 答えがわかる?」
「ああ」
こともなげなアッシュロードに、二回りも年下の仲間たちの視線が集中する。
実のところアッシュロードは、謎かけが出された瞬間に答えが閃いていた。
この迷宮が “呪いの大穴”のままであったなら、第一層に出現するのはあれである。
変容したとはいえ――いや変容したからこそ、“林檎の迷宮” では謎かけとなって現れたのかもしれない。
そこまで思い至れれば、謎かけに適合する答えはあれ以外になかった。
「なるほど……しっくりくるな」
「うん、悔しいけどストンときた」
納得するレットとパーシャ。
他の者も同様の表情を浮かべた。
「多分、正解だろう」
「……ならば、次は荒事だな」
アッシュロードが再びうなずくと、カドモフが現存する最高の魔戦斧を構えてみせた。
「レット」
「ああ」
アッシュロードにうながされ、レットが謎の声が響いた上空を見上げる。
そして迷うことなく、
「答えは “鎧” だ!」
“汝の答え、偉大なり!”
パーティの頭上に、聖銀に輝く鎧が出現した。







