”影” 走る
「イェィ!!」
「「「「「「……」」」」」」
「だから、イェィ!!」
「「「「「「……」」」」」」
「なんだよ、ノリの悪い連中だな。ノリが悪いのはサイテーだぜ!」
「イ、イェィ」
し、仕方ないので、イェィ。
「お、ノッてきたな。そこの人族 の僧侶は見どころがあるぜ! だが――もっとこう、腰を振ってセクチーに!」
「イ、イェィ!」
こ、こんな感じでしょうか?
こんにちは(こんばんは?)、エバ・ライスライトです。
ええと、わたしが今なにをしているのかというとですね……。
踊ってるんです。
それも地下迷宮の二階で。
しかも、赤と青の派手な模様のケープを羽織った “カエル” さんと。
何を言っているのか分からないですよね?
わたしも自分で何を言っているのか分かりません。
シュールすぎて頭がどうにかなりそうです。
混乱だのなんだの、そんなチャチなものでは断じてありません。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わっている気がします。
わたしの目の前には、銀の円盤に載った蛙の置物があって、不思議なことにこの置物はまるで命を吹き込まれたかのように喋り、踊っているのです(ノリノリで)。
仕方ないので話を合わせるために踊ってみせたのですが、そんなわたしとカエルさんを、他のみんながドン引きした表情で眺めています。
寺院から勝手に目覚めて迷宮に入り込んでしまった アレクサンデル・タグマンさんを追っていたわたしたちが、なぜこんな所でこんな真似をしているのかと言うと……。
見つけられないのです。
依頼を受けてからすでに一週間以上経っているというのに、アレクさんを見つけ出すことができないのです。
生まれながらの君主として高い能力値を誇っていた上に、 不死属として、食べない、休まない、眠らない。さらには自らの身体を厭う必要のない限界を超えた運動能力。
そして何より、死してなお維持している生前の知性。
こんな人が広大な迷宮の暗闇に逃げ込んでいるのです。
鬼ごっこにしても、無理ゲー過ぎます。
せっかくパーシャが、アッシュロードさんたちの立ち上がりの遅さを見越して、わたしたちを焚きつける形で先手を取ったというのに、今となっては彼女の機転も一瞬の徒花に終わってしまいました。
わたしたちはこの一週間、地下一階を目まぐるしく逃げ回るアレクさんを追い掛け続けましたが、結局捕捉することはできず……。
連日 “死人占い師の杖”を使っては逃げられ、“死人占い師の杖” を使っては逃げられ、を繰り返したのでした。
こんな状況にドーラさんは早くも匙を投げてしまったのか、アッシュロードさんに丸投げして、今は迷宮に潜るどころか酒場にも顔を出していません。
マスターニンジャのドーラさんが早々にリタイヤしてくれたのは、わたしたちには幸運かもしれませんが、アレクさんにしてみれば救助される可能性が大幅に減ることを意味します。手放しでは喜べません。
そして、今そのアレクさんは通常の “腐乱死体” では不可能な、縄梯子を下りるという芸当をやってのけ、地下二階へと逃れていました。
もっとも悪いことばかりではなく、その間にわたしたちは全員がレベル5に成長して二回攻撃を覚え、後衛は第三位階の加護や呪文を会得しました。
わたしは “聖女” の恩寵でまたすべての加護を、フェルさんは自身の信仰心の高さからまっとうに、やはり第三位階の四つの加護をすべて授かりました。
パーシャも同様に、魔術師系の第三位階の二つの呪文、“焔爆” と “雷撃” を修得し、ついに支援系魔術師を卒業しました。
ただ、まだ二回しか唱えることができないので、“麻痺持ち” や “毒持ち” といった危険な魔物の集団への切り札として、温存することになっています。
「うちの後衛はみんなすこぶる優秀だな」
とは、わたしたちの報告を受けたジグさんの言葉です。
ちなみに、わたしのステータスはこんな感じになりました。
職業 :僧侶
レベル:4 ⇒ 5(+1)
HP :28 ⇒ 45(+17)
筋力 :11 ⇒ 12(+1)
知力 :11 ⇒ 12(+1)
信仰心:12 ⇒ 13(+1)
耐久力:18 ⇒ 18(+0)種族上限に到達
敏捷性:10 ⇒ 11(+1)
運 :6 ⇒ 5(-1)
二回攻撃を覚えて “筋力” も上昇。
生命力が17も増えて、ますます前衛寄りになってしまいまいした。
……運がまた1下がったのはいったいどういうことなのでしょう。
ちなみにちなみに、パーティーで一番運気が低いのはわたしで間違いはないのですが、次いで低いのが、
カドモフさんの 6
フェルさんの 7
です。
全員、見事に “死亡” 経験者ですね。はい。
それ以外にも、お金が貯まったので、レットさんとカドモフさんは以前から欲しがっていた “兜” を購入しました。
レットさんは防御力を重視して、“グレートヘルム” というバケツをひっくり返したような兜を買いました。
『俺は隊列の中央で、一番敵に狙われやすいから』
責任感の強いレットさんは、そういってボルザッグさんのお店で一番頑丈そうな兜を選んだのでした。
目の部分に視界を確保するための細い隙間がある以外は、口元に空気を取り入れるための小さな穴がいくつか空いているだけなので、少し息苦しそうです。
カドモフさんは逆に視界の良さを重視したのか、顔の前面が鼻を護るガード以外は解放されたオープンヘルム、元の世界で言うところの “グリーク・ヘルメット” 選びました。
お店で試着しているところに、わたしが “似合っていますよ” と声を掛けると、
『……ニッ』
と何も言わずに、ただ白い歯を見せてくれました。
カドモフさんはとても無口でとても無愛想な人ですが、決して愛嬌がないわけではないのです。
他にもわたしたちは、この地下二階に下りるに当たって二瓶の “解毒薬” を用意しました。
一瓶は商店で購入したもの。
もう一瓶は、運良く一階の宝箱から入手できた品を鑑定したものです。
“同じ籠に卵を盛る” 危険を避けるために、一番肉弾戦の可能性が低いパーシャとフェルさんが一本ずつ持つことにしました。
「――うん、いいぜ。不満もあるが、取りあえず合格にしてやるよ」
目が痛くなるような派手なケープをまとったカエルさんは、そういって踊るのをやめました。
「あんたの名前は?」
「エ、エバです。エバ・ライスライト」
「OK、エバ。これからよろしくな」
「え? よろしくって――」
わたしが訊ねるよりも早くカエルさんの身体が輝き、ただの彫像になってしまいました。
ええと……これは持っていってよいということなのでしょうか?
「これもキーアイテムのひとつだろうね。“銀の鍵” や “青銅の鍵” と同じだと思う」
“銀の鍵” というのは、わたしがパーシャと隠し扉の 先の玄室で、悲しい目をした悪霊から手渡されたものです。
“不確定品” だった品を鑑定した結果、“銀の鍵” という文字どおりのキーアイテムだったのです。
“青銅の鍵” も同様で、“トモダチの部屋” の近くの玄室で見つけたキーアイテムです。
(こちらは、“頭が猫で身体がニワトリ” というさらに凄まじい子から渡されたものです)
この “青銅の鍵” は、今わたしたちがいる玄室に入るために使いました。
そうすると、この迷宮のどこかに “銀の鍵” を使わなければ開かない扉があるのかもしれません。
「それじゃ、わたしが持っていきますね」
“銀の鍵” を最初に手に入れていた関係で、わたしがキーアイテムを所持することになっていました。
腰の雑嚢を開けて他の鍵と一緒に “蛙の彫像” をしまい、落とさないようにキツく蓋の紐を結びます。
「キーアイテムが手に入ったのは幸運だったが、肝心のアレクはいないみたいだな」
密閉型の兜の奥から、レットさんのくぐもった声がしました。
玄室の中は、フェルさんが嘆願した “永光”の加護で、永続的に明るく照らし出されています。
その光の中に、アレクさんの姿はありません。
「“死人占い師の杖” の念視だと、地下二階の南東って出たんだよな?」
「はい、それは間違いなく」
確認を取るジグさんにわたしは頷きながら、顎に手を当てました。
「? なにか気になることでもあるのか?」
「いえ……もしかしたらなのですが」
今わたしの頭によぎっているのは、アッシュロードさんと初めて地下二階に下りたときの一場面です。
あの時、不意にアッシュロードさんに “初心者狩りのアジト” の場所を訊ねられたわたしは、最終的にこう答えました。
『ただの “初心者狩り” は、この階に下りてくる “間抜けじゃない” 探索者には遭いたくない……』
「わたしたちがアレクさんの立場だったとして、身を潜めるなら南東区域のどこにしますか?」
「それは……」
ジグさんはいきなり話を振られて、言葉に詰まってしまいました。
「心当たりがあるの?」
フェルさんがジグさんに代わって訊ねます。
わたしは、先のアッシュロードさんとのやり取りをみんなに説明します。
「そして、この辺りが南東区域で一階の梯子から一番遠い玄室です」
わたしはパーシャの地図の中で、未だ踏破されていない空白地帯の一角を指差しました。
それはすなわち、地下二階に下りてくる探索者と一番遭遇する危険の少ない玄室を意味します。
「なるほど……ね。あの人風貌はだらしないけど、熟練者の 君主だけはあるということかしら」
少しだけ感心したように顔をほころばせるフェルさんと、
「どこが。それぐらい、あたいだってすぐに思い付いたわよ」
あくまでアッシュロードさんに対抗心を燃やすパーシャ。
わたしはそんなふたりに微笑を浮かべると、表情を引き締めてレットさんを見ました。
「よし、行ってみよう」
レットさんのバケツ型の兜が頷きます。
相変わらずの決断の早さです。
「エバ、その玄室まで案内できるか?」
「少し戻ることになりますが、道順は覚えています」
わたしは頭の中で記憶をたぐり、すぐに答えました。
「でも気をつけてください。あの玄室には一一人からの “みすぼらしい男” が潜んでいたのですから」
「わかってる。突入したら全開戦闘だ。パーシャは “焔爆”を。エバとフェルは、“棘縛” と “光壁” を使え。魔法使いがいた場合は、“静寂” だ」
この階からは、早くも加護や呪文を操る僧侶や 魔術師といった、探索者崩れの魔物が現れ始めます。
「急ぎましょう。もういい加減損傷した組織が腐敗して身体が崩れ始めてるころよ。今はなんとか維持している理性も失って、最後は “不死属” ではなく “亡者” になってしまう。そうなれば蘇生は絶望的よ」
フェルさんの言葉を合図に、わたしたちは元来た回廊を引き返し、ほんの先日まで “初心者狩り” たちがアジトにしていた、あの忌まわしい玄室へと向かいました。
手には武器を、口には加護や呪文を口ずさみながら……。
◆◇◆
深夜。
夜陰に乗じて、“影” が走っていた。
帝国中に張り巡らされ、一般人が利用することが許されない軍用道路 “覇王の道”を。
四方を敵国に囲まれた “大アカシニア神聖統一帝国”を支える内線戦略。
上帝トレバーンが直轄する中央機動軍を、迅速かつ有機的に運用するために必要不可欠な大動脈。
その大動脈を “影” はひた走っていた。
目指すは南。
“タグマン辺境伯爵領”
臭いの元を確かめるために、“影” は久方ぶりにその本分である諜報活動に身を置いていた。
鬼が出るか蛇が出るか。
――藪を突いて蛇を出すのも面白いじゃないか。
走りながら、“影” の口元がわずかに歪んだ。







