君主ふたり
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 事後承諾で――ごめんなさい!」
機関銃のように謝罪し、謝罪し、謝罪し、さらに補弾し、
「でも仕方がなかったのです! あの場合はああすることが最善だと思ったのです! 今のリーンガミルには希望の光が、英雄が必要だと思ったのです! わたしたちでは駄目だと思ったのです! 隼人くんたちこそ、それにふさわしいと思ったのです! それとも――」
わたしは深々と下げていた頭をガバッと上げて、
「あなた、自分が英雄になりたいとか思っちゃったりしてるんですか!?」
目の前のゲンナリ顔に、クワッと訊ねました。
「……思わね」
「そうでしょう! そうですとも! そうであらねばなりません! それでこそアッシュロードさんです!」
晴れ晴れと満足するわたしに、ますますゲンナリするアッシュロードさん。
“円卓の間” に浮かぶ、ふたつの対照的な表情。
寺院からお城にとって返したわたしは、先ほど相談することなく隼人くんたちをわたしたちのアライアンスに誘ってしまった件について、アッシュロードさんに謝罪し了承を得ているところでした。
やがて、アッシュロードさんは深々と嘆息しました。
「……まぁ、確かにおめえの言うとおりかもな。俺たちがしゃしゃり出過ぎるのも、あとあと面倒なことになるかもしれねぇ……正直、そこまで気が回らなかった」
……トリニティがいねえからな。俺の政治力は50台だし。
ブツブツと呟き、最後の方は少しスネ夫くんが入っていました。
アッシュロードさんは “非常の人” で変に応じ機に臨む “権変の才” の持ち主ですが、基本的にも応用的にも怠惰な人なので平常を滞りなく治める “経綸の才” はありません。
某歴史シミュレーションゲーム風にいえば、知謀が高く政治力が低いタイプです。
わたしたちを残して帰国したトリニティさんのために、トレバーン陛下への親書をしたためていただけるよう、マグダラ陛下にお願いしたりもしていますが……。
これはどちらかというと、権謀術数に類する話でしょう。
内容は、自身の近衛騎士を残してくれたことに対する謝辞と、エルミナーゼ様を助け出したあかつきにはわたしたちを丁重にお返しする――というものらしく、自国の迷宮で育てた探索者を他国に横取りされるのでは? というトレバーン陛下の懸念が薄まることを期待してのものです。
もしリーンガミルが言葉を違えてわたしたちを自国の支配下に置けば、トレバーン陛下はそれを理由に兵を挙げられるようになります。
戦争好きのトレバーン陛下は宣戦布告の名分を得るため、救出ミッションの結果が出るまで様子を見るに違いありません。
つまりアッシュロードさんはマグダラ陛下に親書を送っていただくことで、当面の間トレバーン陛下の動きを封じ、リーンガミルとなにより盟友であるトリニティさんの安全を保ったのです。
上帝アカシニアス・トレバーンは紛れもなく狂っていますが、決して愚かではありません。
合理主義の権化であり、たとえリーンガミルに攻め込む名分が得られなくても、他国の迷宮で精強な探索者を鍛えられるのであれば、それはそれで自身の目的に合致するとも考えるでしょう。
しばらくは “狂気の大君主” の動向は気にせずともよさそうです。
こういう配慮を常日頃から自分のためにもしてほしいのですが……。
基本的にも応用的にも怠惰なので、にんともかんともなのです。
ですからこの人には、トリニティさんのような人が必要なのです。
で・す・か・ら――。
「パムッ!(ガブさんの真似です!) そういうことでしたら、不肖このライスライト、全身全霊・粉骨砕身トリニティさんの代わりを務めさせていただきます!」
「あ……?」
わたしのいきなりの言葉に、絶句してしまうアッシュロードさん。
そしてしばらくのフリーズ後、
「おめえが……?」
「はい!」
「トリニティの……?」
「はい!」
作画崩壊。
「もちろん今のはわたしがトリニティさんの足下にも及ばないことは重々理解しています。ですが誰かが役割を引き継がなければなりません。あなたは頭が良くて人の心理を読むことに長けてはいますが、だからといってコミュニケーション能力が高いとは言いがたく、むしろコミュ障。渉外担当が必要と言わざるを得ません」
言うなれば、ご近所付き合いが苦手な陰キャな旦那さんを支える陽キャな奥さんです。
言うなれば、わたしのお父さんにおけるわたしのお母さんです(でもお父さんは陽キャです)。
アッシュロードさんは物凄く何か言いたそうな顔をしていましたが、結局適当な言葉が見つからなかったらしく、代わりにもう一度深々と溜息を吐きました。
「……ま、俺よりかマシかもな」
「ええ、マシです」
「……」
「そうと決まれば早速セッティングしますので、隼人くんたちに会ってください」
「……それってつまり」
「はい、就職面接です!」
◆◇◆
「……見事にボールを投げ返されたわね」
瑞穂たちが辞したあと、ニルダニス大聖堂の “静養の間” で佐那子が嘆息した。
彼女の目から見て “林檎の迷宮” の情報を教える代わりに瑞穂のパーティ加入を求めた隼人の判断は、なかなかの斬り返しだった。
佐那子とて、これまでの探索で先頭を走ってきた自負がある。
それをいきなり現れた他国の冒険者たちに譲るのは、面白かろうはずがない。
さらに “女神の試練” には、元の世界への帰還も掛かっている。
隼人の言ったとおり、いくらエルミナーゼのためとはいえそこまでは譲れない。
だからといって今の自分たちの力では、変容した迷宮に挑めないのは痛感したばかりだ。
高レベルの瑞穂の助けが是が非でも必要だったのだが……。
逆に自分たちのアライアンスに加わり、その指揮下に入るように求められてしまった。
やはり枝葉瑞穂は、自分たちよりも一枚上手であると認めざるを得ない。
「俺は別に悪い話じゃないと思うぜ? 枝葉がパーティに入ってくれるだけじゃなく、熟練者やレベル12の連中とクランが組めるんだろ? いざというときの助けも期待できるし、いいことずくめじゃねーか」
月照が『何をそんな深刻な顔をしてるんだ?』――とばかりに、朗らかに笑った。
「……おめでたい奴」
「あ? なんだと!?」
吐き捨てた忍に、月照の顔色が変わる。
「おまえは肩書きを聞いただけの知りもしねー奴の指図に従うのか? 迷宮で何を学んできやがった」
おめでたい奴だ――忍は最後にもう一度つぶやき、また黙り込んだ。
月照はそんな忍を睨みつけたが、ムカつく口振りはともかく、内容の正しさは認めないわけにはいかなかった。
迷宮で信じるのは自分たちの経験と力のみ。
いくら熟練者の古強者とはいえ、力量もわからぬまま指揮下に入れるはずもない。
「枝葉さんのいっていたグレイ・アッシュロード……さんって、どういう人なのかな? 熟練者の君主で “紫衣の魔女” を最初に討滅したパーティーのリーダーだって言ってたけど……」
「経歴だけ訊くと凄い人みたいだけど……実際に目にしたわけじゃないし」
怖ず怖ずと発言した恋に、佐那子が答える。
佐那子も忍と同意見で、会ったこともない男の部隊に入る気などさらさらない。
「でも、あの枝葉が信頼してるんだぜ?」
再び月照が発言する。
慎重なのはいいが、願ってもない好オファーかもしれないのだ。
二の足を踏んでいるうちに逃してはつまらない。
「『微笑む女神に後ろ髪はない』って言うしよ」
「坊主の言うことかよ」
「だから俺はまだ在家だ!」
今度こそ忍に向かって月照がぶち切れたとき、
「――とにかく会ってみよう」
それまで沈黙していた隼人が口を開いた。
「会ってこの目で見極めたうえで判断する」
仲間たちがうなずく。
このまま躊躇していても事態が動かないことは理解しているのだ。
今は隼人の判断を是とする他はない。
佐那子も同意しながら、一方で危惧もしていた。
瑞穂は控えめに話してはいたが、表情や言葉の端々から彼女がその君主を深く信頼しているのは明らかだった。
そんな男を、果たして隼人が冷静な目で見られるのか……と。







