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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
416/659

激震★

挿絵(By みてみん)


“――墓守りの諸君、復讐と血の饗宴を求め、わしは今ここに蘇った!”


 雷鳴の如き沈黙を引き裂き、舞踏場(ボールルーム)に響き渡る嘲笑。

 確かに発声されているはずなのに、直接脳髄に響いてくる魔声。

 鋭利な爪先でうなじを擦られるようなおぞましい声音に、広間にいたすべての人間が恐怖しました。

 衝撃と、何よりも発せられる妖気の大きさに、誰ひとり身じろぎ出来ません。


「………… “僭称者(役立たず)” !」


 マグダラ陛下の凍り付いた呟きに、地に打ち倒されたような衝撃がその場にいた全員を襲いました。


僭称者(役立たず)”!


 それは口に出すことさえ禁忌とさる、リーンガミルでもっとも忌み嫌われる名!

 二〇年前、十数万の犠牲と共にこの国を滅亡の瀬戸際まで追い込んだ元凶!

 空を憎み、大地を憎み、海を憎み、川を、森を、草木を憎む!

 太陽を憎み、月を憎み、満天に輝く星々すべて憎む!

 この世界に存在するありとあらゆる存在への憎しみに身を焦がす、憎悪の権化!

 悪徳の王子! 汚濁の忌み子!

 一〇〇〇年王国史上最大の簒奪者!

 邪悪の……化身!


「……いいえ――いいえ、そんなはずはありません! わたしはこの目で見たのです! あなたの首が(アラニス)の “退魔の聖剣(エセルナード)” によって斬り落とされる瞬間を!」


 皆が金縛りにあう中、誰よりも早く立ち直ったのはやはり女王陛下でした。

 硬く強張ってはいましたが、そのお声に震えはありません。

 気高さを失わないまま、マグダラ陛下が凛と “僭称者” を見据えます。


「“僭称者” は消失(ロスト)しました! あなたがあの男であるはずがありません!」


“……クククククッ”


 痛みさえ伴う不快な笑声が、漆黒のフードの奥から漏れました。


“何を驚く、マグダラ。まさか余を忘れたわけではあるまい”


 瑞々しさの一滴もない、最古老の竜属(ドラゴン)でさえここまでではないだろうと思える、しゃがれ年老いた声。


“魔術は無限だ。そも魔法による蘇生が可能なこの世界。消失すら超越する術が生み出されたとしてもなんら不思議ではあるまい”


 消失を超越!? 消失から復活したというのですか!?


「生死の可逆は世界の(ことわり)! 消失からの不可逆も同様です! そんなことはありえません!」


“嘆かわしいことよ。“賢者” でありながら過去の常識に囚われて、未来の可能性に盲ておる。これも古代魔導帝国に連なるが故の呪縛か”


 同情しているのか、嘲っているのか。

 “僭称者” を騙る男の肩が細かく揺れます。


“その蒙を啓いてくれるよう――マグダラ、今一度二〇年前と同じ問いをしよう。予の元に参れ。さすれば神をも超える叡知を授けようぞ”


「それではわたしも二〇年前と同じ答えを返しましょう。答えは昔も今も “否” です。あなたの誘いに応じるつもりは、毛頭ありません!」


 凛とした声で撥ね付けるマグダラ陛下。

 そこにあったのは、誇りと威厳に満ちたリーンガミルの統治者の姿でした。

 人々の恐れを払い奮い立たせる、君主としてあるべき振る舞い。

 そして、こういう時に水差すのがこの人です。


()()()()()()()()()、いつの間にか奴を “役立たず” だと認め()()()()()()


 陛下を背中にかばったまま、アッシュロードさんが近しい人にしか用いない “べらんめえ調” で指摘しました。

 さすがアッシュロードさんです!

 わたしたちに出来ないことを平然とやってのけます!

 痺れも憧れもせず、ただただ呆れるばかりですが、あまりの空気の読めなさ加減に却って皆の “金縛り” が解けました。


「「「「「「「アッシュロード(さん)!!!!」」」」」」」


 親善訪問団から大挙して上がる狼狽と非難と叱責の声!

 それはそうです!

 いくら緊急事態とはいえ、仮にも他国の女王様を “おめぇ” 呼ばわりはないでしょう! “おめぇ” 呼ばわりは!

 しかし、ハッと我に帰ったのは、わたしたちだけではありませんでした。


「そ、そうですね。あなたの言うとおりです、ミ――アッシュロード卿」


「おい、闖入者。どこの誰だか知らねえが、ドレスコードを無視して舞踏会に出るなんざ、無粋ってもんだぜ」


 い、言っていることは至極もっともなのですが、言っている人が言っている人なので、まったく説得力がありません。

 わたしやフェルさんやハンナさんが、毎回正装をさせるのにどれほど苦労していることか……。


“……当代の運命の騎士か。だが “K.O.D.s” の加護もなしに、余を阻むつもりか”


「俺は()()()()()()()()じゃねえ。ただの迷宮保険屋――それも余所の国のだ。だがおめえが探索者で迷宮に潜りたいってんなら、相談に乗ってやってもいいぜ」


(何を、何を待っているのです、アッシュロードさん?)


 アッシュロードさんが時間を稼いでいるのは明らかです。

 舞踏場にはアッシュロードさんを初め、熟練者(マスタークラス)やそれに近いレベルの探索者が何人もいます。

 ですが、当然武装はしていません。

 突如現れた怪人が “僭称者” であるかどうかは定かではありませんが、周囲を圧する桁違いの邪気から、尋常ならざる遣い手であることは確かです。

 衛兵が駆け付けるのを待っているのでしょうか?


(いえ、そんなはずはありません)


 武装し相応の訓練を積んだ衛兵隊であっても、この怪人に抗し得るとはとても思えません。

 混乱に拍車が掛かり、犠牲が出るだけでしょう。

 可能性があるとすればマグダラ陛下の “近衛騎士(クィーンズ・ガーズ)” でしょうが、その主立った人たちはやはりこの舞踏会に正装して参加しています。


(舞踏会に参加していない近衛騎士が、駆け付けてくるのを待っている?)


 ですがそれは、この人にしては随分と “あやふや” に思えました。

 アッシュロードさんは、もっと悪辣(緻密)な計算に基づいて行動する人です。

 運部天部、偶然の要素が大きな “悪巧み” は、本当に追い詰められた最後の最後でしか企みません。

 この人が待っているのは、狙っているのは、もっと確実な何か――。


 ですからその人が移動し、怪人の背後に回ったことに気づいていた人は、アッシュロードさんを除いては誰もいなかったでしょう。

 それほどその人の動きは、広間にいた全員の()()を盗んでいました。

 瞬きの合間を縫うような動き。

 紛れもない忍者の動き。

 侍女(メリッサ)さんが音もなく跳躍し、手にした短刀(ダガー)で、死角である後背上方から怪人に襲い掛かったのです。


 当然です! 一国の統治者であるマグダラ陛下には、どんな時でも護衛(SP)が付き従っているのです!

 その攻撃は後衛のわたしはもちろん、生粋の前衛職であるレットさんやスカーレットさんから見ても、魔人すら屠る必殺の間合い(タイミング)でした!


 ガキッ!


 ――えっ!?


 ですが致命の一撃(クリティカル) が発生して怪人の首が飛ぶどころか、不可視の障壁に阻まれてメリッサさんの短刀が鍔元から折れ飛んだのです!


絶対物理障壁アンチ・アタック・シェル!?」


 わたしは絶句しました!

 あの完璧な奇襲を防ぐなど、すべての物理攻撃を阻止する最高位の防御魔法しか考えられません!

 しかしそれは人の身には余り、ついぞ人間には与えられなかった魔法のはずです!

 まさに神々の御業のはず!

 それがどうして!?

 まさか、本当に新たな魔法を生み出したというのですか!?


 畏怖におののくわたしを余所に、マグダラ陛下を()()()()()()アッシュロードさんが走り込んできました。

 他の誰とも違い、この瞬間を狙っていたアッシュロードさんは反応できたのです。


「へ、陛下!?」


「無事か、マグダラ!?」


 トリニティさんも駆け寄り、陛下のご無事を確認します。


「え、ええ」


 目を白黒させて、胸に手をお当てになるマグダラ陛下。


「アッシュロード卿のお陰で、どうにか」


 陛下はお顔を上げて(幸いなことに)感謝の眼差しでアッシュロードさんを見ましたが、本人はすでに背中を向け、広間の中央で対峙する怪人とメリッサさんを凝視しています。

 緊急事態ですから当然といえば当然なのですが――。


(迷宮なら迷宮でお城ならお城で、本当に心臓に悪い人です、あなたは!)


「――メリッサ!」


 奇襲に失敗し武器を失ったメリッサさんを見て、再び陛下のお声が強張ります。


お庭番()か”


 怪人がメリッサさんに口を開きました。


“なかなかの手練だが、相手が悪かったな”


 メリッサさんは答えず、徒手空拳で身構えながらなおも間合いを計っています。


「あの障壁はいったいなんだ? “神璧(グレイト・ウォール)” なんてもんじゃねえぞ」


「わからんが、あの奇襲が通らないなら物理的な攻撃は効果がないと見るべきだろうな」


 広間中央のふたりを注視したまま分析するトリニティさん。

 物理攻撃が通じない以上、残る手段は魔法しかありませんが、呪文にしろ加護にしろ威力の高いものは効果範囲も広く、この状況で使うことは出来ません。

 いくらこの舞踏場が広いとはいっても、壁際では大勢の人が震えながら肩を寄せ合ったままです。

 どうやら広間から出る扉という扉が何らかの力で固く閉ざされてしまい、逃げるに逃げられないようです。

 今魔法を使えば、あの人たちまで巻き込んでしまうでしょう。

 そもそもあれだけの物理障壁を張り巡らせている魔法使い(スペルキャスター)が、魔法に対する備えをしていないということがあるでしょうか。

 物理に匹敵する魔防(魔法防御)の結界を張っていても、なんら不思議ではありません。


「どう……しますか?」


 わたしはカラカラに渇き、ひりついた喉で訊ねました。


定石(セオリー)が通じればいいんだがな……」


 わたし、フェルさん、トリニティさん、ハンナさん――そしてマグダラ陛下。

 アッシュロードさんを中心に固まっていた関係者にはそれだけで意味が通じます。

 これまでにも幾度となく用いてきた、呪文無効化能力の高い魔物に対する戦法。

 耐呪に関係なく通る魔法の使用。

 たとえば “暗黒(ダークネス)” の呪文。

 ……ですが。


「……相手は魔術師」


 最後言い淀んだアッシュロードさんの考えを汲んで、言葉を繋げます。


「ああ、当然定石は知ってるだろうよ」


 相手は知能の低い巨人族(ジャイアンツ)や、魔界から昇ってきたばかりの魔族(デーモン)ではありません。

 魔法の専門家である魔術師です。

 探索者の間で確立されている戦術は、無論心得ているでしょう。


「問題はまだあります。たとえ魔法が通ってあの男の視界を遮ったとして、その後どうするかです。あの障壁がある限り、斬り伏せることも取り押さえることもできません」


 熟練者の司教(ビショップ)であり “賢者” でもあるマグダラ陛下が、硬いお声で補足しました。

 魔法で視界を奪ったとしても制圧ができなければ、盲目になった怪人が絶対的な物理障壁の中から、破滅的な呪文をまき散らすかもしれません。


(いったい――いったいどうすれば!)


 その時、怪人がわたしたちの逡巡を衝きました。


“よかろう、くノ一。饗宴の幕はおまえの血で上げるとしよう!”


 嘲りを浮かべたまま、先んじて詠唱を始めます。


 “酸滅オキシジェン・デストロイ”!


 呪文が完成すればメリッサさんだけでなく、広間は――全滅します!



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― 新着の感想 ―
[一言] メリッサじゃなくて、ドーラだと予想してました。 ここ数話見てないので、ちょっと気になってます。 服を着替えて、ダンスパーティーに参加して、和やかな雰囲気で別れるって話もちょっと読んでみたか…
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