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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
415/660

公開処刑★

 オロオロ、オロオロ!


 胸の前で手を合わせ、刑場に引き出されていく我が子を見つめる母親の心持ちで、アッシュロードさんの背中を見送ります!

 あの人が致命の一撃(クリティカル) を受けてしまう前に、神雷(ゴッドサンダー)でも落とすべきでしょうか!?

 ですが親善外交の舞踏会でそんな真似をすれば、“異世界真珠湾(パール・ハーバー)” です!

 なろうテンプレです!

 それでも愛する人を救うために、敢えてテンプレるべきでしょうか!

 ああ、女神(ニルダニス)さま! わたしは一体どうすればよいのでしょうか!?


 オロオロ、オロオロ!


 しかしそうやって煩悶、憂悶、手をこまねいているうちに、楽師の演奏が始まってしまいました!

 もはや手遅れです!

 お、お願いします、ハンナさん!

 どうか、どうかお手柔らかに!

 いえ、この際あなたが上手くリードしてあげてください!

 なにとぞ! なにとぞ!

 なにと――。


「………………は()?」


 流麗かつ華麗なステップで、見事にハンナさんを()()()()()()()()()()()()()()


 えっ? えっ?? えっ???


 ちょっ! どういうことですか!?

 あなたは踊れないのではなかったのですか!?

 ダンスが無調法で、レットさんに嫉妬していたのではないのですか!?


「ちょっと、これはいったいどういうことよ!」


 その時、飲み物を取りに行ったまま行方不明になっていたフェルさんが戻ってきました。

 ()()()()でホールの注目の的になっているアッシュロードさんを見て、“食人鬼(オーガ)” の面相になっています。

 可愛らしい淡緑の夜会服(イブニングドレス)も、これでは怪奇カマキリ夫人です。


「ああ、フェルさん、遅かったですね!」


「一歩進むごとにダンスに誘われて(エンカウント)して、なかなか戻ってこれなかったのよ――それよりもあれはどういうこと!? グレイは踊れないんじゃなかったの!?」


「それがわたしも、なにがなにやら。も、もしかして――」


 フェルさんとふたり、“ふんぬーーーっっ!!!” と “食人鬼頭(オーガロード)” の面相!


「「(たばか)ったわね、あの直立グレートデン!」」


 これは酷い!

 これこそ騙し討ちです!

 “異世界真珠湾” です!


「「踊れるのならまずなにより誰より、()()()()()誘うべきでしょう!」」


「「むっ!!!」」


「「あなたは踊れないでしょ!」」


 ユニゾン直後、“高位悪魔(グレーターデーモン)” の形相で睨み合う、一般市民&森の野生児!

 あなたは踊れないでしょ!


「――まあ、落ち着け。別にアッシュはおまえたちを騙していたわけではないよ」


 いきなり一触即発の状態に陥ってしまったわたしとフェルさんを制す、事の発端となった人の声。


「「トリニティ(さん)!」」


「「あれはいったいどういうこと(ですか)!」」


「言ったとおりだよ。アッシュはおまえたちを騙してはいない。あの男も自分が踊れるとは露も知らなかったのだ」


「「それってどういう……」」」


「“転生のコイン” を覚えているだろう。アッシュはあれを使って君主(ロード)になった。コインには過去に存在した数多の君主たちの精髄が封じられている。君主は神の祝福を受けた上級騎士だ。貴族も多く、当然ダンスの心得があった者もいただろう――見てみるがいい、誰よりもアッシュ自身が驚いている」


 視線をホールに戻すとトリニティさんの言うとおり、アッシュロードさんが困惑しきった顔でハンナさんをリードし続けています。

 確かに当の本人も、なぜ自分がこれほど踊れるのか理解できていないようです。

 そして、なにより……。


「「……激しく似合わない」」


 それが多分に(ねた)み・(そね)み・やっかみ・(ひが)みに基づく印象だということは理解しています。

 しかし、決してそれだけでもないのです。

 わたしもフェルさんも、まるでひとつの身体にふたつの魂が宿っているような居心地の悪さを覚えたのでした。

 そしてそれは、アッシュロードさん自身が誰よりも強く感じていることでしょう。

 やがて曲が終わり、称賛の視線を浴びながらふたりが戻ってきました。


「素敵だったわ、アッシュ……まるで宙を舞っているようだった。こんなダンスは初めてよ」


 顔を上気させ、うっとりと夢見心地のハンナさん。

 ぽわわん❤としています! ぽわわん❤と!

 激しく羨ましいです! 羨ましすぎます!


「アッシュロードさん、今度はわたしと踊ってください!」「グレイ、今度はわたしと踊って!」


「「――むっ!!!」」


「「だからあなたは踊れないでしょ!」」


 “高位悪魔(グレーターデーモン)” の形相で睨み合う、一般市民&森の野生児!


「アッシュロードさん!」「グレイ!」


 嫉妬は人間の感情でもっとも強い思いです!

 居心地の悪さも、それはそれこれはこれ! と吹き飛び、猛然と()()します!

 今度はわたしを公開処刑してください!


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺ぁヘバっちまって……」


 ダンスが終わった途端に、青息吐息のアッシュロードさん。

 汗びっしょりで肩で息をしている姿は、まさに夏場のグレートデンです。

 さらに、


「俺ぁ……なんで踊れるんだ?」


 薄気味悪そうに独語しています。


「え、え~と、それはですね」


「き、きっと才能があったのよ。秘められていた才能が――そうよね、エバ」


「そ、そうです。その通りです。眠っていた才能が相応しい舞台を得て開花したのですよ」


 “転生のコイン” のことを伝えてもよいものか判断がつかなかったので、作り笑顔で誤魔化します。

 アッシュロードさんはどうにも釈然としない様子で、黙り込んでしまいました。

 さすがのわたしとフェルさんも顔を見合わせてしまい、それ以上無理強いはできません。

 どうやら今宵のニルダニス様は、ハンナさんにだけ微笑んだようです。

 トホホ……なため息と共に今夜の敗北を悟ったとき、事件(イベント)は起こりました。


「アッシュロード卿、一曲お相手いただけませんか?」


 広間を割って瀟洒(しょうしゃ)夜藍色(ナイトブルー)のドレス姿のマグダラ陛下が歩み寄られ、同色の長手袋(オペラグローブ)に包まれた手をアッシュロードさんに差し出したのです。


「「「うぇっ!!!?」」」


 と、三姉妹から失礼極まる声が零れてしまい、付き従う侍女のメリッサさん(もちろん正装です)から氷槍の視線を浴びてしまいました。

 これは別に陛下のお(たわむ)れでもなんでもなく、女王陛下主催の舞踏会では陛下自ら賓客と踊り歓待を示すのが当然の儀礼なのです。

 アッシュロードさんおひとりだけでなく、オレシオン伯を初めとする訪問団の主立った方とも踊りますが、それでも最初のお相手に指名されることは、生涯の誉れとなる大変な名誉なのです。

 ……この人以外には。


「うー……あ……」


 と、アッシュロードさんが突発的失語症に陥ってしまったのも、無理はありません。

 最初に女王陛下が踊られる際には、ホールから他の踊り手は身を退くのが礼儀であり作法です。

 自分がなぜ踊れるのか、また本当に踊れるのかも理解できないまま、リーンガミルを代表する衆目の中、その主君である方と踊らなければならないのです。

 失態を演じれば自身の名誉のみならず、“大アカシニア神聖統一帝国” の国名をも貶めることになるでしょう。


((これは……酷い)))


 三人の血のつながらない姉妹は、アッシュロードさんの内心を(おもんぱか)り、純粋に、心の底から、(ほとばし)るほどに同情しました。

 いったい何の罰ゲームなのでしょうか、これは。

 もちろん “断る” 選択肢など、あろうはずもありません。

 そんな真似をすればマグダラ陛下の面目を潰すことになり、宣戦布告と言っても過言でなくなってしまいます。

 人々は敬愛する統治者を侮辱されたと思い激高し、“大アカシニア” に対する感情は一挙に悪化するでしょう。

 退路はなく、活路は目前に存在する限りない隘路(あいろ)のみ。


「…………光栄です」


 最小限の言葉だけを返し、陛下の手を取るアッシュロードさん。

 余計なことは一切漏らさず、淡々とダンスの相手を務めると決心したようです。

 賢明かつ悲壮な決断でした。

 三姉妹は互いの手を握り合い、泣き出しそうな表情でその背中を見送りました。


 舞踏場(ボールルーム)に静寂が訪れ、近衛騎士の礼服に身を包んだアッシュロードさんと夜藍色の夜会服(ボールガウン)をまとった女王陛下が、広間の中央に進み出ます。

 マグダラ陛下が堂々としているのは当然ですが、アッシュロードさんも負けてはいません。

 自信を感じさせる足取りで、驚いたことにトレードマーク?の猫背までがシャンと伸びていました。

 陛下のお手を取った途端、“転生のコイン” によって注ぎ込まれた過去の偉大な君主(ロード)たちの精髄(エキス)が覚醒したのでしょう。

 おふたりが広間の中央に達しホールドすると、宮廷楽師の皆さんが構えていた弦楽器に弓を当てました。

 優雅なワルツが奏でられ――。


 その刹那、一陣の風がわたしたち全員の前髪を揺らし、頬を撫でました!

 直後に走る閃光!

 わたしが、フェルさんが、ハンナさんが、トリニティさんが、パーシャがレットさんがスカーレットさんが!

 そしてアッシュロードさんとマグダラ陛下が!

 舞踏場にいた、すべての迷宮経験者が直感しました!


 “転移(テレポート)” !


 閃光が収まり、背けていた顔を戻したわたしたちの視線の先に、その男は立っていました。

 陛下を背中にかばうアッシュロードさんと対峙する、墨のような法衣(ローブ)に身を包んだ怪人。

 圧倒的な邪気が広間の全員を一瞬で金縛りにし、誰ひとり指一本動かすことができません。

 そして雷鳴の如き沈黙を引き裂き、舞踏場に響き渡る嘲笑。


“――墓守りの諸君、復讐と血の饗宴を求め、わしは今ここに蘇った!”


「………… “僭称者(役立たず)” !」


 マグダラ陛下の凍り付いた呟きに、地に打ち倒されたような衝撃がその場にいた全員を襲いました。


挿絵(By みてみん)



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