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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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旧友たち

「瑞穂……おまえ、さっき『わたしたちが転移した』って言い掛けたな? おまえ以外にも “トレバーンの城塞都市” に転移した奴らはいるのか?」


 隼人くんが硬い眼差しで問いました。

 話さないわけには……いきませんよね。

 でも……。


「――すべては話せません。田宮さんの言うとおり、迷宮は良くも悪くも人を、人生を変えてしまうものだからです」


 それも……大きく。


 わたしはひとつ息を吸い込むと表情を改めて、円卓(テーブル)に着く五人の元クラスメート見つめました。


「わたしと一緒に城塞都市 “大アカシニア” に転移したのは、


 大門(だいもん) 勇大(ゆうだい)くん。

 来栖(くるす) 冬馬(とうま)くん。

 江戸川(えどがわ) 蓮巳(はすみ)くん。

 瀬田(せだ) 真一郎(しんいちろう)くん。


 そして、


 林田(はやしだ)(すず)


 ――の五人です」


「……リンダ」


 隼人くんの瞳が驚きと喜び、そして大きな不安に揺れました。

 あれほど仲の良かったわたしとリンダが一緒にいない意味を考えたのでしょう。


「わたしたちは生きるために探索者となり、訓練場で一ヶ月の基礎訓練を受けたあと “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” に潜りました。そして最初の探索で……全滅しました」


 五人の息が飲まれ、円卓の空気が凍り付きます。


「ええ、駆け出し探索者によくある話です」


 訓練を受けていなかったわけでもない。

 情報が不足していたわけでもない。

 装備が劣っていたわけでもない。

 編成が悪かったわけでも、定法(セオリー)を無視したわけでもない。

 もちろん油断もしていなかった。

 それでも一瞬の魔に魅入られれば全滅してしまう。

 それが迷宮なのです。


「それじゃ、リンダは……他の大門くんたちは?」


 思わず訊ね返してしまった田宮さんが、結果として他の人たちの代弁者になりました。


「生きています、全員――そのはずです」


「そのはず……? そのはずってのはどういうことだ!?」


「よせ、忍」


 声を荒げた五代くんを、隼人くんが制しました。


「彼らは “トレバーン陛下の城塞都市” にいて、もう何ヶ月も会っていませんから。今も迷宮に潜り続けているのなら、無事でいるかはわからないということです」


「続けてくれ」


 隼人くんが先をうながします。


「幸い迷宮保険に加入していたわたしは、回収されて蘇生されました」


「あのうさん臭い保険か……人の生死を商いする」


 独り言ちた早乙女くんには、嫌悪感が滲んでいました。

 実家が仏寺の彼には抵抗があるのでしょう。

 そんな早乙女くんに五代くんが、


『保険ってのは本来そういうもんだろ』


 とドライに反応します。


「黙って。枝葉さんが続けられないでしょ――ごめんなさい」


 田宮さんがふたりを叱責して、わたしに謝りました。


「わたしはわたしを回収してくれた保険屋さんに頼んで、他のみんなも助けてもらいました。回収と蘇生は成功しましたが、そのあといろいろあってわたしは彼らのパーティを抜けて今のパーティに拾ってもらったのです」


「その “いろいろ” ってのは……聞かせてもらえないんだよな?」


 早乙女くんが怖ず怖ずと、わたしの顔色をうかがいました。

 わたしは静かに微笑むだけです。


「そ、それじゃ枝葉さんは今のパーティと “大アカシニア” を出て、“呪いの大穴” に潜りにきたんですね? これからはわたしたちの仲間なんですよね?」


「仲間と書いてライバルと読むやつじゃないの――でも、それなら嬉しいわ」


 安西さんが表情を輝かせ、田宮さんが苦笑混じりの笑顔を浮かべました。


「いえ、そういうわけにもいかないのです。わたしは今 “大アカシニア神聖統一帝国” から派遣された親善訪問団の一員としてこの国に来ています。ですからすべての予定が終われば、また “大アカシニア” に帰らなければなりません」


「そんな、せっかく再会できたのに……」


 輝いたばかりの安西さんの顔が、一転して泣きそうなものに。


「え、枝葉だけ、ここに残るわけにはいかないのか?」


「アホかよ、枝葉が残れたとしてもその後はどうするんだ? 俺たちはフル編成だぞ。それともエルミナーゼに抜けてもらうのか?」


 勢い込んだ早乙女くんに、五代くんが冷静に指摘します。

 エルミナーゼさんというのは、ここにいない五代くんたちの最後のパーティメンバーなのでしょう。


「そ、そんなこと、今さらできるかよ……」


「わたしも同じです。わたしも今さらパーティを抜けるわけにも、抜けるつもりもありません。お気持ちだけ、ありがたく受け取らせていただきます」


 わたしは穏やかにですが、明確な意思を込めて伝えました。

 道は常に前に向かって拓くものなのです。


「次は話せる範囲でかまいませんので、あなたたちのことを教えてくれませんか?」


「わたしたちも枝葉さんと同じよ」


 黙り込んだままの隼人くんをチラリと見てから、田宮さんがため息交じりに語ってくれました。


「あの昼休み……教室にいたら突然光の洪水に呑み込まれて、目がチカチカするトンネルを凄い勢いで押し流されて、見知らぬ草原に現れたの。

 目の前にこの城塞都市があったから取りあえず来てみたら、衛兵の人が一目で “転移者” だとわかったらしくて、そのまま王城に通されて……」


 わたしは目の前のお茶に手を着けることもなく、静かにその話を聞いていました。

 田宮さんたち五人は王城に通されたあと、幸運にもマグダラ陛下にお目通りが叶い、御慈悲を賜ることができたそうです。

 王城での生活を許され、冒険者になる決心を固めてからは訓練場に併設されている宿舎に移ったとのことでした。

 リーンガミルの訓練場は大アカシニアと違い民営の冒険者ギルドが運営していて、

冒険者を志す人に広く門戸を開いているらしく、基礎訓練を終えたあとはさらに冒険者の宿アドベンチャラーズ・インに拠点を移し、以降は二〇年ぶりに解放された地下迷宮 “呪いの大穴” に潜ってきたようです。

 あの日教室にはわたしたち以外にも大勢のクラスメートがいましたが、ここにいる五人以外についてはわからないそうです。


「その “女神ニルダニスの試練” というのは?」


 話の中に出てきた耳慣れない言葉について訊ねました。


「それは……」


 田宮さんは言い淀み、もう一度隼人くんに目をやります。


「“呪いの大穴” の最奥に到達できれば、女神の神託を授かれるらしい。俺たちは迷宮を踏破して元の世界に帰る方法を訊ねるつもりだった」


 隼人くんが田宮さんに代わって答えます。

 他の四人の表情が微かに(かげ)ったのは、わたし同様に話せない事情があるためでしょうか。


「……元の世界への帰り方」


 それは “転移者” である隼人くんたちにとって、当たり前すぎる望みでしょう。

 

「元の世界へ戻る方法がわかったら、もちろんおまえも帰るんだよな?」


「……」


「――エバ、そろそろ時間だ」


 その時レットさんが側に来て告げました。


「はい」


 わたしはうなずき、席を立ちます。

 夜に開かれる歓迎の晩餐会の前にも、いくつかの予定が組まれています。

 そろそろお城に戻らなければなりません。


「枝葉さん “大アカシニア” に帰るまでにまた会える!?」


「連絡がつけば、予定のない時間におそらくは」


「それなら大丈夫! わたしたちも前にお城でお世話になっていたし、エルミナーゼに頼めば取り持ってくれるはず! エルミナーゼは、この国の近衛騎士でもあるの!」


「わかりました。その時はまた会いましょう」


「必ずよ!」


「ええ、必ず」


 わたしは懇願する田宮さんに微笑むと、視線を隼人くんに向けました。

 隼人くんは何も言わずに、わたしを見つめ返しています。


「――幸運を」


 最後にそれだけを伝え、わたしは五人の元クラスメートと別れました。

 わたしたちは、すでに探索者であり冒険者です。

 そこにあるのは灰と隣り合わせの境遇を受け入れた、乾いた悟り。

 湿っぽさは必要ないのです。



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[一言] エバ、強くなりましたね。
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