ボルザッグ商店、リーンガミル支店②
「どうよ?」
高級感溢れる “豪華な” 革鎧に身を包んだジグさんが、ビシッと親指で自分を指し示しました。
「似合ってます――これ、ミーナさんと同じ鎧ですよね?」
「ああ、+2の革鎧だ。現存する最高の品だな。これ以上の鎧は確認されてない。盗賊 なら誰でも欲しがる鎧だ。やっと手に入れたぜ」
表面に目を凝らすと、同色の糸で防御効果を高める秘文字がビッシリと縫い込まれています。
これは相当に手間の掛かる仕事です。
「念願が叶いましたね」
わたしの言葉に、ジグさんは嬉しそうにうなずきました。
ジグさんは鎧の他に、盾も新調しました。
軽量化の魔法が掛けられた鉄製の盾で、これはわたしがトリニティさんから頂いた物と同じ+1相当の逸品です。
この他にもジグさんは “龍の文鎮”で入手した、盗賊でも装備できるミスリル製の篭手(+1相当)と、竜属の牙で作られた守備力を高める首飾りも持っています。
すべて合わせた装甲値は、-2。
“恒楯” の加護も加えれば、-4に達します。
短剣+2
革鎧+2
盾+1
篭手+1
そして竜属の牙の首飾り。
同様に手に入れた+2の短剣と合わせて、熟練者一歩手前の盗賊に相応しい装備が整ったと言えるでしょう。
「欲をいえば、もっといい盾が欲しかったんだけどな」
「“支えるもの” は、ここでも手に入らないのですか?」
革鎧から顔を上げて訊ねました。
“支えるもの” とは、+2相当の強化が施された魔法の盾です。
“紫衣の魔女の迷宮” では珍品中の珍品とされていて、伝説の “妖刀” や “君主の聖衣” 以上に見つかりにくいとされる曰く付きの盾です。
「“呪いの大穴”の探索が盛んだった二〇年前には、結構な数が持ち込まれていたらしいんだが、今となってはここでも幻の品みたいだ」
「今潜っている人たちの探索が進めば、また手に入るようになるかもしれませんね」
ジグさんは “そうだな” ――と首肯し、盾の代わりに “転移の冠” を手に入れようと、店員さんと交渉を始めました。
25,000 D.G.P.の品物を半値(ジグさんの残金)で買おうというのですから、なかなかになかなかです。
パーシャに至っては、敵を眩惑する分身効果のある魔法のローブ(お値段なんと180,000 D.G.P.!)を気に入ってしまい、なんとか金貨二万枚で手に入れようと頑張っていますが……これはさすがに、なかなかになかなかで、なかなか過ぎると言わざるを得ません。
フェルさんは “龍の文鎮”で手に入れた+1の鎖帷子を下取りに出して、+2の鎖帷子を買い直しています。
「すごく奇麗ですね」
「そうでしょう。これはエルフが造った物なのよ。“眩い鎖帷子” よりもさらに軽くて丈夫なの――これ以上の鎖帷子はあれしかないわ」
そういってフェルさんが、立ち並んでいるマネキンのひとつに目をやりました。
いくつも飾られている鎖帷子の中でも一際目立つ、まるで霜が降りたように真っ白な一着。
「…… “氷雪の鎖帷子”」
お値段は――なんとこちらも驚きの150,000 D.G.P.!
「「あ、あはははは……歩く身代金」」
フェルさんと目を合わせ、乾いたユニゾン。
もはや住んでいる世界が違いすぎます。
「エバ、あなたは何も買わないの?」
「そうですね、トリニティさんから頂いた今の装備、気に入っているのですよね。下取りに出すつもりもありませんし――何かよい魔道具があれば、代わりにそれを買おうかな」
この “棘の指輪” などどうでしょう?
“棘縛” の加護が封じられていて、いざという時に役に立ちそうです。
あ~、でも永久品ではないのですね。
お値段も15,000 D.G.P.と、かなり高額です。
外れをつかまされていきなり壊れてしまったら、しばらく立ち直れません。
う~ん、と悩むわたしの視界に、壁に飾られた戦斧を身じろぎもせずに見上げているカドモフさんの姿が映りました。
「すごい斧ですね」
カドモフさんの隣に並んで斧を見つめます。
やや青みがかった鋼鉄製の両刃の斧で、切れ味と強度を増す秘文字が刃や柄、握りに至るまでビッシリと彫り込まれています。
「……+2の魔斧だ。“破聖の斧” と違い、持ち手の属性は問わない。切れ味を高める魔法の他にも軽量化の魔法が掛かっている。軽ければ振りが速くなり運動エネルギーが増す。攻撃回数も増える。魔斧としてこれを超える物はあるまい」
わたしはうなずきました。
強い力を秘めた武具の例に漏れず、全体から周囲を圧する気配が発せられていて、後衛のわたしが見ても大業物であることがわかります。
お値段は――ちょうど20,000 D.G.P.ですね。
「買うのですか?」
カドモフさんは無念そうに顔を左右にしました。
「……高すぎる。まずは鎧と盾と兜を新調せねばならんからな」
「“龍の文鎮”では、戦士向けの防具が手に入りませんでしたからね」
質の良い防具が出る迷宮の中層以降では、予期せぬ彷徨の他、討伐や救出任務などが多発し、純粋な強襲&強奪 があまり出来ませんでした。
かさばる板金鎧や盾は途中で破棄してしまうことが多く、カドモフさんにしろレットさんにしろ、防具は未だ魔法強化のされてない普及品ばかりでなのです。
「よいでしょう。わたしが立て替えますからこれも買いましょう」
「……なに?」
「戦斧にしろ手斧にしろ、“紫衣の魔女の迷宮” では見つかりません。ここで買っておかないともう手に入りませんよ」
「……しかし、おまえの買い物はどうするのだ?」
「わたしは今の装備でも別段困りませんから。それよりも、まず削り役であるカドモフさんの武器を充実させる方が、重要であり定石でしょう」
パーティ共有のお財布は、宿泊・飲食・寺院へのお布施などで常に必要となるので、よほどのことがない限り装備品の調達には回せません。
なによりも、あんな、
『ショーウィンドウに手を付けて、飾られたトランペットを食い入るように見つめる、貧しい黒人少年』
――のような姿を見せられてしまったら、母性だって刺激されるというものです。
「“大アカシニア” に戻ってから返して頂ければ構いません――ああ、わたしの借金なら気にしないでください。あの借金は細く長く、一生涯を懸けて返済するつもりですので」
「ちょーっ待った! そういうことなら、その斧代はわたしが出すわ!」
まったく、耳がいいのも場合によりけりですね、エルフさん!
「いいえ、これはわたしが出します」
「なにを言ってるの! 借金があるのに他人の支払いを肩代わりするなんて、多重債務の入り口よ! わたしが出すから、あなたはとっととグレイに借金を返して奇麗な身体になって!」
「新しい鎖帷子を買ったばかりで、迷宮金貨二万枚も持っていないはずですよ!」
「返品すればいいだけよ!」
「そこまでします!?」
「……ふたりから半分ずつ借りることにしよう」
「「ふんっ!」」
プイッ! ×2
結局カドモフさんは、わたしとフェルさんから10,000 D.G.P.ずつ借りて、+2の魔斧を購入した他、“中立” 専用の+2の板金鎧と、+1の盾と兜も買いました。
「……世話になった。おまえはいい斧だった」
これまで使っていた+1の魔斧を手放すとき、カドモフさんはそういって斧の表面を優しく撫でました。
“首領” の部屋で手に入れて以来、共に “龍の文鎮” を戦い抜いた斧です。愛着もひとしおなのでしょう。
斧は5,000 D.G.P.で引き取られ、すぐにカドモフさんは半分ずつわたしとフェルさんに返済してくれました。
戦斧+2
板金鎧+2
盾+1
兜+1
そして普及品ですが、品質のよい銅製の篭手。
“恒楯” を加えた装甲値は、ジグさんを上回る-6。
並みの魔物ならかすりもしません。
鉄壁の人間要塞は、ますます難攻不落になったのです。
「……人間の聖女とエルフの乙女よ。感謝する」
カドモフさんは重々しくお礼を言うと、こらえきれず、ニッ! と子供の様な笑顔で最高の戦斧を手に入れた喜びを表しました。
「――どうだ、わたしとお揃いの鎧だぞ!」
勢い込んだ声に振り向くと、白金の鎧を着込んだ美男美女が立っていました。
金縁とエングレービングの施された、一目で極上品とわかる板金鎧を身に着けた、スカーレットさんとレットさんです。
「おお、ペアルックですね!」
「うむ!」
歓声をあげたわたしに、スカーレットさんが弾んだ声でうなずきます。
「どうだ、レット! +2の着心地は?」
「ちゃんとした調整をしてないから少し窮屈だが――悪くない」
レットさんは顔を赤らめつつも、初めて着る魔法の鎧に満足した様子です。
「+1を飛び越えていきなり+2とは、贅沢な奴だ」
「それだけ苦労してきたということさ。だがこれでようやく君の隣に立っても、みすぼらしくは見えなくなった」
「ば、馬鹿、おまえはいつだって、みすぼらしくなどなかったぞ」
ヒュー、ヒュー!
いいな、いいな、羨ましいな。
いや、まったくお熱いおふたりです。
今度わたしたちも挑戦してみましょうか?
でもわたしたちのファッションって、対照的なのですよね。
わたしは “善” の僧侶なので白が基調ですし。
あの人 “白コーデ” 似合うでしょうか?
頭の中で想像してみて……。
(……駄目です、お棺の中の白装束にしか見えません)
やるせないため息。
あの人、まだ “黒コーデ” が似合っていたのですね。
それでは、わたしが黒を着たらどうでしょうか?
(……駄目です、お葬式に列席する夫婦にしか見えません)
「やっぱり緑よ。ふたりで着るなら緑しかないわ」
やはりレットさんたちのペアルックを見てブツブツ言っている森の娘に、
(――駄目です。それではただのカマキリです)
と、胸の中で適切かつ辛辣なツッコミを入れます。
レットさんもカドモフさんと同様に、鎧だけでなく盾と兜を購入しました。
段平+1
板金鎧+2
盾+1
兜+1
銅製の篭手
+2の魔剣はトレバーン陛下の “大アカシニア” で安く手に入るので、今回は見合わせたようです。
これで “恒楯”を含めた前衛三人の装甲値は、-4、-6、-6。
防御力を重視するわたしたちのパーティは、より理想の形に近づいたと言えるでしょう。
「ぬがー、値切り失敗! 無念!」
パーシャが憤懣やるかたなし! といった表情で店員さんとの交渉を諦めました。
迷宮金貨一八万枚の魔法のローブを、わずか二万枚。
いや、さすがに無理でしょう。というかお店が気の毒でしょう。
「ま、代わりにずっと欲しかった “示位の指輪” が買えたから、よしとしてあげるよ」
あくまで上から目線のパーシャです。
ここまでふとぶとしいと、いっそ清々しいと言うもの。
“示位の指輪” は、その名の示すとおり “座標” 呪文が封じられた魔法の指輪です。
大粒の宝石に封じられた魔力は尽きることがなく、地図係なら誰もが欲しがる垂涎の品です。
5,000 D.G.P.と永久品にしては比較的リーズナブルでしたが、それでも一般的な探索者がおいそれと手の出せる値段ではありません。
熟練者に届くレベルになって、パーシャもようやく手に入れることができたのです。
「短刀はどうでした? 今の物より良い品は見つかりましたか?」
「ううん、聞いてみたけど今店にあるのは+2までらしい。“ぶっ刺すもの” は+3相当だからね」
「短刀じゃないが、魔術師も使える “閃光の短剣” って短剣があるらしいぜ」
残念そうに肩をすくめたパーシャに、ジグさんが教えてくれました。
「“閃くもの”?」
「ああ、なんでも極限まで軽量化したうえに、“速度増加” の魔法まで施されてるらしい。その攻撃回数は――聞いて驚くな、なんと脅威の一〇回らしいぞ」
「一〇回!? 一〇回攻撃!?」
パーシャが大きな口を開けて、目を丸くします。
わたしも丸くします。
ふぇぇぇ……一〇回ですか。
「それって、ここで買えるの!?」
「いや、+2の盾と同じで、今はもう出回ってないらしい」
「……ガックシ」
すくめた肩を今度は落とすパーシャ。
直後やにわに顔を上げて、
「よし、こうならったら、リーンガミルに移住しよう!」
「ええっ!?」
「ローブといい短剣といい、“呪いの大穴” の方が稼ぎがいいよ! 時代はリーンガミルだよ!」
一〇回攻撃ならぬ、一〇足飛びの提案です。
「さ、さすがにそれも」
「瑞……穂?」
…………え?
引き攣った笑顔を浮かべたわたしの耳に、お店の入り口から響いた、とても……とても懐かしい声。
「……隼人……くん?」
◆◇◆
頭骨の内側に響くその音が二日酔いせいではないと気づいたとき、アッシュロードは頭から被ったシーツの下で呻いた。
呻いただけでなく、さらにその下の枕の下に頭を潜り込ませて両手で押さえつけた。
(行っちまえ……行っちまえ……俺は寝ている……死んでいる……死体は起こすな……)
呪詛のように念じるが、忍耐強く鳴らされるドア・ノッカーが止むことはない。
「ライスライト~……ライスライト~……]
堪りかねて、枕の下からくぐもった声を上げる。
「フェル~……ハンナ~……」
(誰でもいいから出てくれ……)
この辺り、アッシュロードも他の雄同様にズルい。
いつもは何のかんの言って逃げ回っているくせに、少し昨日の酒が残ったぐらいで彼女たちがいない不便さに音を上げてしまう。
「ガブ~……」
聖女も、僧侶も、副官も現れないので、最後は守護天使にまですがってみたが、無垢で無邪気で脳天気な天使が現れることはない。
この聖王都には女神ニルダニスの強い加護によって、聖魔を問わず、人類以外の種族が立ち入ることができないのだ。
ついにアッシュロードは、ノロノロとベッドからよろぼい出た。
脳味噌を苛むノックの音に発狂しそうだった。
襲い掛かる頭痛と吐き気で、ドアまでの距離が永遠に感じる。
この城は迷宮で、時空が歪んでいると本気で思った。
死ぬ思いでレバーに手を掛け、ドアを開ける……。
「お初にお目にかかります、アッシュロード卿。わたしはリーンガミル聖王国近衛騎士、エルミナーゼ。不躾を承知でお願いします。ぜひ一手御指南いただきたい」
頭からシーツを被ったまま呆ける老グレートデンを、女王マグダラに瓜二つの少女が燃える瞳で睨み付けていた。







