プロローグ 林檎の迷宮★
甘い香りが漂う迷宮を、わたしたちは進んでいました。
カビと、湿った埃。
屍の腐乱臭。
先住者や侵入者が残した排泄物。
それら嗅ぎ慣れた臭気を上書きする、豊潤に熟した果実の匂い。
迷宮にそぐわない甘美な香りに、探索者の本能がぴんぴんと警報を発しています。
視線の先を行く五人の背中にも、必要以上の緊張が見て取れます。
盗賊 が斥候 として先陣を切る一列縦隊。
二番手に前衛でもっとも装甲値の低い盾役。
三番手には反対に攻撃力に秀でた削り役。
四番手は後衛の先頭。戦士に次ぐ装甲値を持つ回復役の僧侶。
五番手は耐久力に劣る代わりに、強力な呪文で集団戦闘の要となる魔術師 。
六番手、殿は後方警戒を兼ねたもうひとりの回復役――わたし。
隊列としては最善と言ってよいでしょう。
過去にも同様の布陣で、ふたつの迷宮を生き延びてきました。
ですが三つ目でも、その定法は通用するでしょうか。
変貌を遂げたこの迷宮では、既知の情報が無意味になっています。
わたしたちが今いる場所は、発見されたばかりの処女迷宮と変わりません。
判っているのは、これまでを遙かに超えて危険ということだけ。
経験に頼らず、経験を活かす――。
成功の記憶は諸刃の剣。
いつしか妄信となって、自らの足をすくう罠ともなるのです。
先頭をいく斥候が、右手を挙げて立ち止まりました。
“永光”の明かりが届かない数区画先の暗闇に、異変を察知したようです。
すぐに地響きをともなう乱雑な跫音が近づいてきました。
魔法光の中に現れた、醜悪極まる巨体、巨体、巨体、巨体。
“食人鬼頭” ×5
“亜巨人” ×5
期せずして前回このパーティを全滅寸前にまで追い込んだ群れと同じ編成です。
モンスターレベルは、それぞれ8と6。
“食人鬼頭” はネームドで、とても迷宮の始点からほど近い駆け出し区域に出現する集団とは思えません。
いえ――違います。
そうではないのです。
今や “林檎の迷宮” へと変容した “呪いの大穴” には、もう駆け出し区域など存在しないのです。
わたしは戦棍と盾を構え、凛と叫びました。
「隼人くん! 田宮さん! 早乙女くん! 五代くん! 安西さん! 打ち合わせのままに――戦闘開始!」
お待たせしました。
新章の開始です。
新たな迷宮に挑む、エバたち探索者の活躍にご期待ください。







