表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
401/659

レギオン★

「……さて、いよいよ使うときが来たようだな」


 トリニティは汗にまみれ額に張り付いた前髪を煩わしく思いながら、かたわらのドワーフの老戦士や、武装した彼女の秘書官に呟いた。

 “賢者” の恩寵を持ち、魔術師(メイジ)聖職者プリーストの魔法をすべて修得しているトリニティに残された最後の呪文。

 他の呪文や加護は、聖職者系最高位の加護である “神威(ホーリースマイト)”に至るまで、すべて使い切っていた。

 すべてを使い切ってなお、波濤のように押し寄せる “妖獣(THE THING)” の群れを撃退することは叶わなかった。


「“対滅アカシック・アナイアレイター” を使う。残っている三発、すべて叩き込む」


 温存ではなく、使えなかった攻撃呪文。

 広大とはいえ密閉された地下空間で用いるには威力がありすぎ、大崩落を招きかねなかった最大最強の呪文。

 しかし焼いても焼いても、斬り刻んでも斬り刻んでも、一向に数を減らさないどころか、分裂や同化を繰り返し、増加し続ける異星の生命体(エイリアン)を退けるには、もはやそれしか術がなかった。


「ドワーフに “食人鬼(オーガ)の選択” を強いるのは酷だろうが許してくれ」


 “食人鬼オーガ” の選択――今日死ぬか、明日死ぬかの選択。


「……ドワーフなら誰でも、化物に同化されるぐらいなら岩に押し潰される方を選ぶ」


 アン・アップルトンを始めとする非戦闘員たちから、『行ってください。わたしたちなら大丈夫です』と送り出された老戦士は、そういって古の名匠の手による愛剣を見た。


「……贅沢を言えば、もう少し暴れたかったがの」


 戦闘への参加が遅れた老ドワーフは、その点だけが不満だった。


「ハンナ――」


「わたしは軍人であり武官です。最後までお供させていただきます」


 トリニティに視線を向けられたハンナが、上官の言葉を遮った。

 やはり汗にまみれ汚れてはいたが、白い革鎧(レザーアーマー)を身につけ、父親から贈られた家伝の細剣(レイピア)を握る姿は凛々しかった。

 トリニティは黙ってうなずいた。


『その姿をあいつに見せてやりたかったよ』


 とだけ胸の中で呟いて。


 トリニティ以外の魔法使い(スペルキャスター)は打ち続く戦いで、魔術師も聖職者も精神力(マジックポイント)を使い果たしてしまっている。

 兵力の大半を担う騎士や従士といった前衛職も、疲れ、傷つき、あるいは石となって、戦える者は三〇人満たない。

 聖女の機転で “動き回る海藻(クローリング・ケルプ)” の大群を退散させた東の防衛線からも、戦闘に耐えうる者はすべて応援に回させたが焼け石に水だった。


(――大崩落(カタストロフ)は避けられまい)


 トリニティは最後の呪文のための精神統一を前に思った。

 戦いの最中、彼女の小さな身体は迷宮に走る振動を何度となく感じていた。

 馬鹿でかいモグラか、それとも特大の地虫(ロックイーター)か。

 どちらにしても “龍の文鎮(岩山の迷宮)” の土台を揺るがす、何かしらの異変が起こっているのだ。

 そこに変換効率が一〇〇パーセントに近い、物質から純力への等価交換が行われるのである。

 どんなに精密に魔導方程式を書き換え、質量をごく少量に抑えたとしても、地底湖一帯の地下空間は崩れ落ちるだろう。

 誰よりも地質に通じた老ドワーフが無言でいるのが、何よりの証だ。

 自分を含めた “リーンガミル聖王国親善訪問団” は、数十万トンの岩塊の下敷きとなって全滅する。


(それでも化物に記憶を奪われ、身体を乗っ取られるよりはマシ……と考えるのは、思い上がりだと思うか?)


 トリニティは最上層に消えた猫背の盟友に、心の内で語りかけた。

 盟友は戻らず。

 救助に向かった聖女たちも還らず。

 ここにいれば貴重な戦力となったはずの、六人の女探索者たちの行方も知れず。

 もちろん援軍などあるはずもなく。


「――諸君らの勇敢で篤実な忠誠心に感謝する! アカシニアに栄光あれ!」


 そして響き渡ったのは、世界にふたりしかいない “賢者” の最後の詠唱――ではなく、朗々たる角笛(ホルン)の音。

 あるはずのない援軍の参陣・来着を告げる、勇壮なる先触れ。


 トリニティは我が耳を疑った。

 さらに我が目を疑った。


挿絵(By みてみん)


 ゲートを通じ、眩い輝きと共に次々に舞い降りる白翼の天兵(レギオン)

 手には天界の炉で鍛えられた神剣を携え、瞳には揺るぐことのない信仰に裏打ちされた闘志を宿す、最強の兵士たちゴッド・ウォリーアーズ


”矮小な人間を助けるなど、はなはだ不本意なれど――”


 トリニティの頭の中に、直接声が響いた。

 無数に舞う天使たちの中央に、一際 “燦爛(Radiant)たる姿( Figure)” が現れる。


挿絵(By みてみん)


 金色の神鎧をまとった六枚の翼を持つ、三大天使が一翼。

 神の軍団の長にして、天使たちの長。


兄弟(ブラザー)たちよ、(システム)更新(アップデート)された。結ばれた新たな盟約に従い、醜い異星の者どもを一匹残らず駆逐せよ!”


 天使長の号令一下、天使たちが一斉に攻撃を開始する。

 攻撃を開始したのは天使だけではない。



挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 いつの間にか出現していた黒鉄(くろがね)色の胴丸を着込んだ東方の剣士の集団が、白刃を煌めかせ “妖獣” の群れに突進する。

 “真龍(ラージブレス)” の眷属である “東方龍(マンダ)” が、大蛇を思わせる身体をくねらせながら頭上から氷の竜息(ブレス)を吐き付ければ、火蜥蜴(ファイアードレイク)の群れは炎の奔流で灼き尽くす。

 同化も石化も心配のない幽霊(ゴースト)精霊(バンシー)たちが、霧のようにまとわりつき生体エネルギーを吸収する。

 他にも迷宮の守護者として召喚されたありとあらゆる魔物が、今や明確に敵と認定された異星の生命体に襲い掛かった。

 迷宮は “妖獣” の屠殺場と化した。


 トリニティは眼前で繰り広げられる余りにも突拍子もない光景に脱力し、愛用の杖にもたれ掛かった。

 類い希なる知識と知能を持つ彼女でも、この展開は予想できなかった。

 それでもトリニティ・レインは、残された力を振り絞って叫んだ。


「て、天使の長よ! ご助勢感謝する! しかし我らの同胞もまた迷宮のどこかで危機に瀕しているのだ! 彼らも助けていただきたい!」


“案ずるには及ばぬ。その者たちにはすでに別の者が向かっている”


 天使長(ミカエル)はそういってから苦々しげに付け足した。


“彼女はともかく、あのような者どもに救われるなど、わたしなら到底耐えられぬがな”


◆◇◆


 スカーレットは自刃と討ち死にのどちらを採るか、葛藤していた。

 袋小路に追い詰められ退路はない。

 後方からの奇襲にノエルとヴァルレハのふたりの魔法使いが石化した今、剣だけで何十匹いるかわからない “妖獣” の包囲を突破するのは不可能だ。

 相手がただの魔物なら、最後の最後まで死力を尽くし、力尽きるその時まで一匹でも多く道連れにするところだが、寄生され記憶まで同化されるのは御免である。

 左右に立つゼブラとエレンも、同じ思いだろう。

 ふたりとも傷つき、疲れ切っていた。

 盗賊のミーナもだ。


「……ごめん」


「……気にするな。女なら仕方のないことだ」


 スカーレットは切っ先の奥の “妖獣” に意識を向けながら、背中で謝るミーナを慰めた。

 ミーナは今日、女であった。

 体調もかんばしくなく休養を摂るべきだったが、騎士隊による最下層での食料調達に不猟が続いていて、彼女たちもやむなく四層に潜ったのである。

 本来なら最後尾で警戒に当たるミーナであったが、体調を慮ったノエルが交代を申し出、ミーナは一列縦隊の四番手に就いた。

 その結果 “妖獣” の奇襲を許し、殿(しんがり)と五番手のノエルとヴァルレハが石化。パーティは全滅しようとしていた。


「……一匹でも多く道連れにしてやりたいが、力尽きて記憶を奪われるのは御免だ」


「……そうね、わたしも同化されて拠点の友だちを襲うのは嫌」


「……」


「……わたしも、それでいいよ」


 スカーレットの意見にエレンはうなずき、ゼブラは無言で、ミーナは震える声で賛同した。


(……レット、ゆるせ! わたしは化物に乗っ取られた姿を、おまえにだけは見られたくない!)


 スカーレットが恋人を想い魔剣の刃を首筋に当てたとき、勃然とその炎は燃えあがった。

 迷宮の回廊を埋め尽くす異星の生物の頭上に、突如出現した燃えさかる炎の玉。

 火球中心から炎の鞭が伸び、“妖獣” たちを舐めた。

 鞭で触れられた数匹が、一瞬で干涸らび死滅する。

 吸血鬼(バンパイア)に匹敵する、強力な吸精(エナジードレイン)

 そして揺らめき現れる “炎のよ(Fiery)うな姿(Figure)


 炎の中で(ねじ)くれた巨大な角を持つ “大悪魔(アークデーモン)” が、残忍な笑みを浮かべていた。


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おぉ~。 心強い援軍ですね。 ミカエルデレたw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ