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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
395/659

誘導★

挿絵(By みてみん)


 ドゴドゴドゴドゴッ!!!!


 周りを取り囲む野太い打音(リズム)

 氷に覆われた瓦礫の陰から姿を現したのは、分厚い胸板をドラミングする巨大な黒い影。

 全身を黒い体毛に覆われた、身の丈三メートルを超える類人猿の群れでした。


「なんて大きい!」


 まるで(ひぐま)です!

 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の中層に現れる、“羆男(ワーベア)” 並みです!


「でかい猿だぜ!」


「大きいだけじゃないわ! 寄生もされてる!」


 フェルさんがジグさんに警告したとおりでした。

 “類人猿” の身体からは細い針のような触手が突き出していて、例のヒュンヒュンとした不快で不吉な風切り音を上げています。


防円陣サークル・フォーメーション!」


 即座にレットさんが号令し、中央に固まった後衛を守って前衛が壁を作ります。


「最大火力で一気に殲滅する!」


「「「「「了解!」」」」」


 通常の探索なら足止めしてからの逃走(RUN)という選択肢(オプション) も採れますが、救出ミッションではそうもいきません。

 逃走中に自位を見失いかねず、“座標(コーディネイト)” の呪文が打ち消される最上層では、遭難者を発見できる可能性が大幅に低下してしまうからです。

 無駄な消耗をさけるためにも、持てる最強の呪文で一掃するというレットさんの判断は的確でした。

 幸いなことに “類人猿” にも寄生している“妖獣(THE THING)” にも、呪文無効化能力はありません。

 ただ――。


「配置が悪い! 分散してる!」


 円陣の中心で、パーシャが忌々しげに毒突きました。

 “類人猿” の数は九頭。

 ですが、三頭×三集団(グループ)が三方からわたしたちを取り囲んでいるのです。

 これでは一網打尽にはできません。


「――よし、俺が誘導してやる!」


 気合いを入れるように短剣を二振りすると、ジグさんが進み出ました。


「パーシャ、美味しいところをくれてやる! 外すなよ!」


「誰に言ってるのさ! そっちこそ()()()をもらわないようにね!」


「ジグさん! 足元が不安定です! 気をつけてください!」


 斥候(スカウト) であるジグさんにしてみれば百も承知でしょうが、わたしは言わずにはいられませんでした。

 ジグさんは、ニッ! とした笑みで答えると、弾丸のように飛び出しました。

 前方の三匹に飛び込み、力任せに振り抜かれた先頭の剛腕を難なく潜り抜けると、すぐに右に方向転換(ターン)、猛り狂った三頭に自らを追わせたまま、さらに別の三頭に向かいます。

 その身軽さは、まるで――。


「あいつの方が猿だ!」


「パーシャ、それはさすがに失礼というものです!」


 ですが――まさしくそのとおりです!

 ジグさんのレベルは12。

 限りなく熟練者(マスタークラス)に近い盗賊(シーフ)敏捷性アジリティは常人を遙かに超え、魔物と化した “類人猿” すら翻弄するのです。


 ジグさんはふたつめの集団の前で、再度右に転進。

 三つ目の集団に向かって突進します。

 同時に、パーシャ、フェルさん、わたしがその時に備えて精神を集中しました。


 “妖獣” に寄生されているとはいえ、高い知能を持つ “類人猿” です。

 自分たちが遊ばれていることがわかるのでしょう。

 歯を剥き出しにして、小癪なジグさんを追いかけ回します。

 六頭に追われたジグさんが、残る三頭の手前で最後のターンを決めたとき、望んでいた瞬間が訪れました。

 三頭×三集団は、九頭のひとつの集団にまとまったのです。


「――音に聞け! ホビット神速の詠唱、いざ唱えん!」


 極寒の階層(フロア)を上回る冷気と共に、無数のカミソリのような氷片が “類人猿” の群れに叩きつけられました。

 パーシャの使える最大の物理攻撃呪文、“氷嵐(アイス・ストーム)” です。

 氷結迷宮で生き延びている魔物です。

 冷気に耐性はあるのでしょうが、体毛も外皮も柔らかく物理的な攻撃への靱性(じんせい)は高くないはず。


「慈母なる女神 “ニルダニス “ の烈しき息吹持て――風よ、()き刃となれ!」


 間髪入れず、フェルさんが自身の使える最大の加護で追い撃ちをかけます。

 氷片を上回る鋭さの風の刃が九頭を包み込み、ズタズタに切り刻みました。


(――さらなる追撃は必要ない?)


 ふたりの圧倒的な攻撃魔法を見て加護の嘆願をやめかけたわたしの目に、誘導を果たしたジグさんがつんのめり、不自然な格好で倒れ込む姿が映りました。


「慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “棘縛(ソーン・ホールド)” !」


 ジグさんの異変に、不可視の(いばら)が血塗れでのたうち回る九頭を絡め取ります。


「「――おおっ!!!」」


 レットさんとカドモフさんが怒号を上げて突き進み、動きの止まった “類人猿” を次々に斬り捨て、戦いは終わりました。

 ふたりの戦士の振るった魔剣と魔斧は、“妖獣” が宿主の傷を癒す前に命を絶ったのです。

 いくら驚異的な回復力を持つ異星の生物とはいっても、断たれた命脈まではつなげられません。


「ジグ!」


「ジグさん!」


 倒れ込んだジグさんにパーシャが真っ先に駆け寄りました。

 わたしもすぐに続きます。

 ジグさんは自分の仕事を完遂した達成感のままに、石になっていました。

 九頭の “類人猿” と九匹の “妖獣” は最後の最後に、自分たちを滅ぼしたジグさんに報復を果たしたのです。


 救出ミッションの最初の消耗は、


 “氷嵐” ×1

 “烈風” ×1

 “棘縛” ×1


 そして “神癒(ゴッド・ヒール)” ×1でした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 妖獣の攻撃食らうと石化するってのは、ある意味救いかもしれませんね。 死亡して寄生されたら、どうしようもないですから。
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