炎抜氷入
魔剣を手に雄叫びを上げるレットさんを先頭に、その左右やや後方をジグさんとカドモフさんが固める槍の穂先のような隊形で、新たな “妖獣” の群れに突っ込みます。
遅れじと後衛も前衛の傘に守られながら続き、必要に迫られれば魔法で援護する態勢です。
ですが最上層までの、そしてそこからの長い道程を思えば、ここで精神力を消耗したくはありません。
(――と、そうも言ってられませんね!)
巨大なひとつから分裂した “妖獣” は無数で、その包囲は線ではなく面でした。
隣を走っていたパーシャが、意を決して立ち止まります。
「召しませ、ホビット神速の詠唱――」
轟々々っ!
炸裂する紅蓮の炎!
パーシャが詠唱を始めるよりも早く、視界を真っ赤な猛炎が覆いました!
後方から放たれた支援の “焔嵐” です!
(――ありがとうございます!)
心の中でトリニティさんの的確な援護射撃に感謝すると、前衛の三人に続き燃え盛る “妖獣” たちの横を駆け抜けます!
真ん中にパーシャを挟み、わたしとフェルさんで盾をかざして残炎を防ぎながらの強行突破です!
「熱ちちちっ! ――でもこれから氷の最上層に登るんだ! これぐらいが丁度いいっ!」
「良く言いました!」
トレードマークの癖っ毛をますます縮れさせながらも嘯くパーシャを、我が意を得たりとばかりに称賛します!
「――一気に駆け抜けろ! 振り返るな!」
「「「「「おうっ!!!」」」」」
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「……ありがとね、“いとしいしと二世”」
パーシャは感謝の籠もった寂しげな表情でそういうと、魔力を使い果たした魔法の杖を、丁寧に迷宮の床に置きました。
“翡翠の杖” と呼ばれるその杖は、“滅消” の呪文が封じられた強力な魔道具です。
同様に “滅消” が封じられた魔法の指輪と違ってとても壊れやすく、五〇パーセントの確率で壊れてしまいます。
ですから平均して二回。
運が悪ければ一回しか使えない魔道具なのです。
それが……。
「よく頑張ってくれましたよね」
「うん」
この四層から最上層へ登る縄梯子に辿り着くまでに、杖は四度にわたって遭遇した魔物の群れを消し去ってくれました。
お陰でわたしたちは呪文や加護をほとんど消耗することなく、最上層に登ることができるのです。
二層にしろ四層にしろ踏破は済み、地図も完成しています。
先住者のいる不要な玄室を無視して、最短ルートを進むことができます。
それでもすべての玄室を素通りは出来ず、不意の遭遇戦が起こることもあります。
翡翠の柄頭がついた杖は、それらの危険を遠ざけてくれたのでした。
「この杖、グレイたちの戦利品よね……」
「……ええ」
呟くフェルさんにわたしはうなずき、
「急ぎましょう。状況は逼迫しています」
皆をうながしました。
先ほど嘆願した “探霊” の加護によると、アッシュロードさんもドーラさんも生きてはいますが、濃白の靄が覆っていてその姿を念視することは出来ませんでした。
あの靄が極寒の冷気によるものなのは明白です。
ふたりは極めて危険な状況にあると言わざるを得ません。
すでに厚い防寒着を着込み、鉄靴や革靴に鉄爪の装着も終えています。
ここでしなければならないことは、もうありません。
「行こう」
レットさんが宣言し、ジグさんが縄梯子を登り始めました。
わたしは最後にもう一度、腰のベルトに厳重に装着した雑嚢に手を当て、中身があることを確認します。
ガブリエルさんから手渡された最上層へのキーアイテムは、確かに収まっていました。
ジグさんに続いてレットさん、そしてわたし、フェルさん、パーシャ、殿をカドモフさんという、いつもの順番です。
(……集中……集中……)
縄梯子の踏み縄をつかむ毎に、自分に言い聞かせます。
今この瞬間に、集中するのです。
焦りは判断力を曇らせ、失敗を誘発します。
今回は、今回だけはどんな些細なミスも許されないのです。
(……冷静に……冷静に……)
それでも念視で見た靄よりも濃い不安が胸を圧迫し続け、ともすれば押し潰されそうになります。
(――助ける! 絶対に助ける!)
戒めの言葉は、いつしか自己を奮い立たせる決意のそれに変わっていました。
(何があっても絶対に助ける!)
だから――だから――。
(諦めないで!)
そして……縄梯子を登りきりったわたしたちが見たものは、瓦礫の山と化した氷の迷宮でした。







