孤島の灯火
ほっ、ほっ、ほ~たるこい!
藻類は植物と同様に光合成をします。
つまり向日葵が太陽に顔を向けるように、海藻もまた光を求めるのです。
迷宮に満ちる魔素によって動き回る能力を得たならば、拠点に灯された魔法光に群がってくるのは当然の現象でしょう。
さらに “妖獣” に寄生されると、宿主となった動植物の本能は激烈に強化されます。
おそらく “妖獣” 自体に知能はなく、あるのは『仲間を増やす』という本能だけなのでしょう。
そしてその手段が、他の種属と同化して能力を奪い、固有の本能を強めることなのです。
大蛇に同化すれば、凶悪な捕食性をますます強めて獲物を襲いまくり、狼犬に同化すれば、群れを作って獲物を襲う。
拠点の南を襲った大蛇や大ナメクジが、知能がないのに妙に統制の取れた襲撃をしてきたのは、最初の感染者が狼犬だったからではなないでしょうか?
同化の過程で、狼の本能が多少なりとも分配されていったのでは?
しかし東からきた “動き回る海藻” や “海竜” に、狼群のような統制された動きは見受けられませんでした。
同化を繰り返すうちに基点となった個体の本能が薄まったのか、あるいは――。
(――海藻に寄生した “妖獣” は、狼犬とは別の個体)
当然そうなります。
生き残った “妖獣” が、狼犬に取り付いていた一匹だけと考える方が甘すぎます。
広大な迷宮です。
燃やし尽くした要塞以外に巣があったとしても、まったく不思議ではありません。
むしろ自然です。
ですが、第一層から第五層までの各階層は、すでに探索者の手によって調べ尽くされています。
地図の作成も終了し、巣と思しき物は見つかりませんでした。
生き残りが一匹でもいれば増殖する生物です。
そもそも巣などは必要なくて、たまたま要塞という海賊の巣に寄生していただけなのでしょうか。
それともまだ探索していない場所に、別の――本当の巣があるのでしょうか。
(この迷宮でまだ探索していない場所があるとすれば、それは――)
「まだなの!? まだこっちにこないの!?」
焦燥に満ちたパーシャの声が、わたしを思考の泥沼から引き戻しました。
いけません、いけません。
今は目の前の戦いに集中しなければ。
わたしは再び、対岸に拡がっているはずの拠点に意識を戻します。
拠点の灯りが消えて沖合のこの島に別の光が点れば、“妖獣” によって本能が暴走している海藻たちは絶対に無視はできないはずです。
ですが、すぐに方向転換してくれるとも限りません。
“永光” を消してしまえば、拠点は闇に包まれます。
それは取りも直さず、湖畔で戦っている守備隊が盲目状態に陥ることを意味しています。
レットさんは小隊長さんに『割く戦力はわたしたちだけ』と敢えて簡単に直言しましたが、あの時その場にいた誰もがわかっていたのです。
失敗は言うに及ばず、例え成功したとしても限りなく危険な作戦だと。
「ほっ、ほっ、ほ~たるこい! そっちの水は苦~いぞ! こっちの水は甘~ぞ! ほっ、ほっ、ほ~たるこい!」
わたしは暗闇の中、遙か対岸に拡がっているはずの拠点に向かって大きな声で歌いました。
もはや人事は尽くしました。
あとは天命を待つだけです。
でも、ただ待っているだけなのには耐えられません。
「みんなも歌ってください! 簡単なフレーズですからすぐに歌えます!」
わたしは後ろを振り返って、パーティのみんなを見ました。
「呪歌なの!? どんな意味があるの!?」
「蛍を呼ぶ童歌です!」
「蛍!? 童歌ぁ!?」
フェルさんが訊ね、わたしが答え、パーシャの作画が崩壊します!
「不安に押し潰されてるくらいなら、歌でも歌った方がなんぼもマシです! 戦は気合いです! 意気消沈してしまったらそこで試合終了です!」
「面白え! こうか? ――ほいっ、ほいっ、ほ~たるほい!」
ジグさんが破顔し、微妙に違う歌詞で歌い始めました。
「ええい! こうなったら自棄だよ! ホビットの運の強さで呼び寄せてやる! ほいっ、ほいっ、ほ~たるほいっ!」
そして “湖岸拠点” の沖合に浮かぶ孤島で、調子外れな異世界の童歌が唱和されました。
「「「「「「ほいっ、ほいっ、ほ~たるほいっ! そっちの水は苦~ぞ! こっちの水は甘~ぞ!
「「「「「「ほいっ、ほいっ、ほ~たるほい!」」」」」」
歌い続けること、数十フレーズ。
暗闇から湖面が激しく波立つ音と、ビチャビチャとした水っぽい音が急速に近づいてきました。
それから点された “永光” の明かりの中に現れる、“動き回る海藻” の大群。
「ほんとにキターーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
悲鳴とも快哉とも採れる声が、パーシャの大きな口から飛び出します。
「シャッ!」
その横でわたしは、鋭く小さく拳を握りしめます。
やった! やりました、アッシュロードさん!
「よし、逃げるぞ!」
レットさんが生気の蘇った声で号令しました。
パーティ結成以来、未だかつてこれほど意気軒昂な逃走があったでしょうか。
とはいっても、ここは絶海の孤島ならぬ、迷宮地底湖の孤島です。
すでに島の周囲は群がり寄ってくる海藻の大群によって包囲され、二〇メートルの壁が出来上がってしまっています。
逃げ道があるとするなら――。
「お先!」
ジグさんが第三層から垂れている縄梯子に飛びつきました。
「フェル、パーシャ! 先に行け! ここは俺とカドモフが死守する! ――エバ、君もだ!」
レットさんが今や身体の一部となっている魔法の段平を構えて叫びます。
「いえ、わたしも残ります! 万が一石化してしまったら、わたしでなければ治せません!」
「……だが、そういうおまえ自身が石化してしまったらどうする!」
「その時は少々重くなるでしょうが――人間とドワーフの戦士がふたりもいるのです! 担いで登ってください!」
「がはははははっ! まさしく嫁にするならライスライトよ!」
わたしの無茶苦茶な答えを、寡黙な人間要塞さんは多いに気に入ってくれたようでした。
「ありがとうございます!」
戦棍と盾を身体に引き寄せ、縄梯子を背にひとつ息を吐きます。
「でも前にも言ったとおり――わたしはすでに売約済みです!」







