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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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……さて、どうしたもんか

(……さて、どうしたもんか)


 グレイ・アッシュロードは、氷結した回廊の曲がり角に身を隠しながら思案に暮れていた。

 ほんの少し死角から顔を出せば、十字路の真ん中に篝火(かがりび)を焚いて(たむろ)している侍の集団と目が合ってしまう。

 数は一三人。

 全員がネームド(レベル8以上)であり、単独(ソロ)で正面突破を計るのはちと難しい。


 燃やしているのは “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” の死骸だろう。

 臭いで分かる。

 どうやらこの階にも生息しているようだ。

 だが同僚のヴァルレハが考案したような、乾燥・圧縮はされていないようだ。

 それなら火持ちは悪いはず。


(おら、とっとといなくなれ)


 薪が尽きてしまえば、凍り付いた回廊の封鎖などしていられない。

 ねぐらなりアジトなりに引き上げざるを得なくなる。

 アッシュロードは赤々と燃える炎を妬ましく思いながら、ひたすらにその時を待っているのだ。

 冷気に耐性のある “空の護符”と、永続的な体力回復効果を持つ “|癒しの指輪《リング オブ ヒーリング》”

 どちらもアッシュロードが雪だるまになるのを防いでいる魔道具(マジックアイテム)だが、悲しいことに温石の変わりはならず、温もりは与えてくれない。

 あくまで()()()()()()()()()()()になるだけだ。


(侍ってのは忠義の集団だって聞いたが、それも時と場合によりけりだ。なんで自分たちを召喚(拐か)した蛇の言うことなんか唯々諾々と聞いてやがる)


 足元から這い上ってくる寒さのために、いつにも増してぼやきが強まるアッシュロード。

 迷宮支配者(ダンジョンマスター)に召喚された存在が、召喚者に逆らえないのはこの世界――正確には迷宮での――理だ。

 迷宮支配者は己が作り出した迷宮では神であり、絶対者だ。

 その意志には逆らえない。

 アッシュロード自身からして、この迷宮の主である “真龍(ラージブレス)” に無理難題をふっかけられている被召喚者なのだ。

 その点でいえば、守護者(ガーディアン)として召喚されたであろう侍たちと同じ身分なのである。

 迷宮支配者の意思に反してその領域を侵す、通常の探索者とは違うのだ。

 だから侍たちが律儀にこの階層(フロア)を守っているのも理解できる。

 理解はできるが……。


(ものには限度があるだろう!)

 

 アッシュロードは胸の奥で、異邦から連れてこられた律儀者の戦士たちを口汚く罵った。


(……猫の奴はもう “九岐大蛇(ヒュドラ)” と殺り合った場所に戻ったろうか)


 探索者たちは事前に、不測の事態が起こり迷宮内でパーティが離散してしまった場合の取り決めをしている。

 再合流の座標は、その階層の始点というのが一般的だ。

 縄梯子、あるいは昇降機(エレベーター) が設置されている場所を、それぞれに目指す。

 はぐれた仲間を捜して迷宮内を彷徨い歩いたりは、決してしない。

 フルパーティを組んでいてさえ危険な迷宮を、それ以下の人数――場合によっては単独で歩き回るなど狂気の沙汰だ。

 そんな真似をするのは、迷宮に取り憑かれた探索者の成れの果て、迷宮保険屋ぐらいである。

 そして今のアッシュロードは、絶賛休業中だった。


 状況によっては始点に戻れない場合も考えられる。

 そういった時は離散した座標が再合流のポイントになる。

 一方通行の扉によって帰路がわからない現状では、“九岐大蛇” と戦闘し、侍たちの襲撃を受けた座標がそのポイントだ。

 アッシュロードにしてみれば一秒でも早くそこに戻りたいわけだが、記憶している順路(ルート)の真ん中を目の前の侍たちが塞いでしまっている。


(迂回路を探す――アホか俺は)


 古強者の探索者は、即座にその誘惑を打ち消した。

 そんな真似をすれば、ますまずドツボにはまるのがオチである。

 寒さでこらえ性がなくなっているのだ。

 幸いにして、判断力はまだ奪われてないらしい。

 だがこのままではこらえ性だけでなく、その判断力まで寒さに持って行かれる。


(……はやく消えちまえ!)


 それからほどなくして、アッシュロードの忍耐はギリギリのところで報われた。

 暖をもたらしていた炎が燃え尽き、異邦の益荒男たちは北へと引き返していった。

 アッシュロードはそれでもしばらく、回廊の陰に身を潜め続けた。

 十分に気配が遠ざかり、さらに消えたのを確認してから姿を現す。


(侵入者を捜すというより、これ以上先には行かせねえ……そんな構えだな)


 侍たちが消えた回廊を見つめるアッシュロードの胸に、疑念が湧く。


(奴ら、いったい何を守ってやがる……?)


 回廊の先は北に延び、侍たちの気配と共に、漂う(もや)の中に消えている。


 何かがある――北に。


 だが、今はそれを確かめる時ではない。

 今は――。

 その時、靄の奥に気配がした。

 ヒタヒタとした跫音(あしおと)が近づいてくる。

 数は少ない――ひとりだ。

 アッシュロードは双剣を抜き、再び回廊の陰に身を潜めた。

 斬り捨てる心積もりだが、可能ならとっ捕まえて情報を吐かせる。

 やがて、靄の中から人影が現れた。

 小柄でしなやかな人影だ。

 左右の手に籠めていた殺気を解き、アッシュロードが回廊の陰から出る。


「――やあ、捜したよ」


 靄の中から姿を現した猫人(フェルミス)の相棒が、蠱惑的(コケティッシュ)な笑顔を浮かべた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 運の悪いグレイが何事もなく合流できたなんて……。 ああ、もっと運が悪いことが起きるんですねw
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