……さて、どうしたもんか
(……さて、どうしたもんか)
グレイ・アッシュロードは、氷結した回廊の曲がり角に身を隠しながら思案に暮れていた。
ほんの少し死角から顔を出せば、十字路の真ん中に篝火を焚いて屯している侍の集団と目が合ってしまう。
数は一三人。
全員がネームドであり、単独で正面突破を計るのはちと難しい。
燃やしているのは “動き回る蔓草” の死骸だろう。
臭いで分かる。
どうやらこの階にも生息しているようだ。
だが同僚のヴァルレハが考案したような、乾燥・圧縮はされていないようだ。
それなら火持ちは悪いはず。
(おら、とっとといなくなれ)
薪が尽きてしまえば、凍り付いた回廊の封鎖などしていられない。
ねぐらなりアジトなりに引き上げざるを得なくなる。
アッシュロードは赤々と燃える炎を妬ましく思いながら、ひたすらにその時を待っているのだ。
冷気に耐性のある “空の護符”と、永続的な体力回復効果を持つ “|癒しの指輪《リング オブ ヒーリング》”
どちらもアッシュロードが雪だるまになるのを防いでいる魔道具だが、悲しいことに温石の変わりはならず、温もりは与えてくれない。
あくまではるか氷点下が氷点下付近になるだけだ。
(侍ってのは忠義の集団だって聞いたが、それも時と場合によりけりだ。なんで自分たちを召喚した蛇の言うことなんか唯々諾々と聞いてやがる)
足元から這い上ってくる寒さのために、いつにも増してぼやきが強まるアッシュロード。
迷宮支配者に召喚された存在が、召喚者に逆らえないのはこの世界――正確には迷宮での――理だ。
迷宮支配者は己が作り出した迷宮では神であり、絶対者だ。
その意志には逆らえない。
アッシュロード自身からして、この迷宮の主である “真龍” に無理難題をふっかけられている被召喚者なのだ。
その点でいえば、守護者として召喚されたであろう侍たちと同じ身分なのである。
迷宮支配者の意思に反してその領域を侵す、通常の探索者とは違うのだ。
だから侍たちが律儀にこの階層を守っているのも理解できる。
理解はできるが……。
(ものには限度があるだろう!)
アッシュロードは胸の奥で、異邦から連れてこられた律儀者の戦士たちを口汚く罵った。
(……猫の奴はもう “九岐大蛇” と殺り合った場所に戻ったろうか)
探索者たちは事前に、不測の事態が起こり迷宮内でパーティが離散してしまった場合の取り決めをしている。
再合流の座標は、その階層の始点というのが一般的だ。
縄梯子、あるいは昇降機 が設置されている場所を、それぞれに目指す。
はぐれた仲間を捜して迷宮内を彷徨い歩いたりは、決してしない。
フルパーティを組んでいてさえ危険な迷宮を、それ以下の人数――場合によっては単独で歩き回るなど狂気の沙汰だ。
そんな真似をするのは、迷宮に取り憑かれた探索者の成れの果て、迷宮保険屋ぐらいである。
そして今のアッシュロードは、絶賛休業中だった。
状況によっては始点に戻れない場合も考えられる。
そういった時は離散した座標が再合流のポイントになる。
一方通行の扉によって帰路がわからない現状では、“九岐大蛇” と戦闘し、侍たちの襲撃を受けた座標がそのポイントだ。
アッシュロードにしてみれば一秒でも早くそこに戻りたいわけだが、記憶している順路の真ん中を目の前の侍たちが塞いでしまっている。
(迂回路を探す――アホか俺は)
古強者の探索者は、即座にその誘惑を打ち消した。
そんな真似をすれば、ますまずドツボにはまるのがオチである。
寒さでこらえ性がなくなっているのだ。
幸いにして、判断力はまだ奪われてないらしい。
だがこのままではこらえ性だけでなく、その判断力まで寒さに持って行かれる。
(……はやく消えちまえ!)
それからほどなくして、アッシュロードの忍耐はギリギリのところで報われた。
暖をもたらしていた炎が燃え尽き、異邦の益荒男たちは北へと引き返していった。
アッシュロードはそれでもしばらく、回廊の陰に身を潜め続けた。
十分に気配が遠ざかり、さらに消えたのを確認してから姿を現す。
(侵入者を捜すというより、これ以上先には行かせねえ……そんな構えだな)
侍たちが消えた回廊を見つめるアッシュロードの胸に、疑念が湧く。
(奴ら、いったい何を守ってやがる……?)
回廊の先は北に延び、侍たちの気配と共に、漂う靄の中に消えている。
何かがある――北に。
だが、今はそれを確かめる時ではない。
今は――。
その時、靄の奥に気配がした。
ヒタヒタとした跫音が近づいてくる。
数は少ない――ひとりだ。
アッシュロードは双剣を抜き、再び回廊の陰に身を潜めた。
斬り捨てる心積もりだが、可能ならとっ捕まえて情報を吐かせる。
やがて、靄の中から人影が現れた。
小柄でしなやかな人影だ。
左右の手に籠めていた殺気を解き、アッシュロードが回廊の陰から出る。
「――やあ、捜したよ」
靄の中から姿を現した猫人の相棒が、蠱惑的な笑顔を浮かべた。







