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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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用心棒

「どうだい、その腕っ節あたしに売らないかい? あんたを用心棒に雇おうじゃないか」


 ドーラは毛深い面に蠱惑的(コケティッシュ)な笑みを浮かべて、異邦の侍を口説いた。


「こんな所じゃ千両箱でもらっても使い道なんざねえよ」


 異世界からきた浪人者は、まるで気乗りしない様子だ。


「もちろん払いは金だけじゃないさね。あんたをあたしらの拠点に招待するよ。ここから五層ほど下にあるんだけどね。一〇〇〇人からの人間がいて、ちょっとした町みたいになってる。そこじゃ、(かわや)だって風呂だってあって、このよく燃える燃料だけじゃなく、食料や酒も造ってる」


「厠も風呂もいらねえが、食い物と酒があるのは悪かねえな」


「そうだろう。あんた、酒が入った方が調子が良くなる方だろうしね」


「へっ、なんでえ、知り合ったばかりだってのに、よくわかってるじゃねえか」


「あんたによく似た男を知ってるんでね」


「そいつはまた、ろくでもない知り合いがいたもんだ」


「ああ、とんだろくでなしだよ。だけどあたしの相棒なんだ。一緒にこの階層(フロア)に来てはぐれちまった。手遅れになる前に探し出さないとならないのさ」


 浪人者は懐手にした手で顎を撫でた。

 食い物や酒の話に心を動かされたか、あるいはドーラの最後の言葉が琴線に触れたのか。


「このまま独りでここにいたって、早晩氷付けになるのがオチだよ。この先も生き延びたいなら、あたしに雇われるしかないよ」


 ドーラの最後の一押しに、異世界の浪人者――氷壁(こおりかべ)三十郎は、


「俺は、高えぞ」


 ふてぶてしくふとぶとしい表情で、用心棒になることを承諾した。



 ズンチャチャチャッ♪

 ズンチャチャチャッ♪

 ズンチャチャチャッ♪


 ドーラの眼前を、彼女の用心棒が懐手のままズンズンと歩いて行く。

 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の最下層に比肩する危険地帯、氷結した極寒の回廊を、まるで無人の野を行くが如く、肩で風を切って歩いて行く。


(おいおい)


 猫人(フェルミス)のマスター忍者(くノ一)は呆れた。

 豪胆なのは頼もしい限りだが、捜し人の迷宮保険屋だってもう少し用心深い。


「い、急いでくれるのはありがたいけどね、あんまり急ぎすぎるとまた “九岐大蛇(ヒュドラ)” に出くわしちまうよ」


「ヒュドラ? あの首が一本多い “八岐大蛇(ヤマタノオロチ)” か」


 用心深くない用心棒は、雇い主の言葉など意に介することなく凍りついた回廊を進んでいく。


大蛇(オロチ)は刀で切れるが寒さは切れねえ。おめえのその相棒とやらがどんなに凄腕でも、このクソ寒さの中に独りでおっぽりだされてみろ。大蛇に喰われるまえに雪だるまに――」


 言ってる側から、三十郎が立ち止まった。

 寒さに弱い猫の耳も、今度はその音を捉えた。

 九つ首の大蛇ではない。

 具足を着込んだ集団の跫音。


「またあの侍たちかい」


 ドーラは舌打ちした。


「奴らのねぐらはどうも北にあるらしい。いつもそっちからくる」


 侍たちはまるで回廊を封鎖するかのように、回廊の中央に火を焚き陣を敷いている。


(どういうことだい?)


 見つからないギリギリの距離まで近づくと、ドーラが囁き声で訊ねた。


(いつもはこんなことはねえんだが――どこの家中だか知らねえが、どうやらおめえを捜してるみてえだな)


(誰かさんと違って守護者としての仕事をしてるってわけかい――やり過ごして別の道を行こうじゃないか)


(そうしたいところだが――生憎、俺がおめえを(かどわ)かしたのは、あの先だ)


 三十郎は無精髭の生えた顎を、北に向かってしゃくってみせた。

 それは取りも直さず、アッシュロードと別れた場所が、侍たちの封鎖を越えた先にあるということだ。


(なら、殺るしかないね)


 ドーラは速断した。

 人数は七人とやってやれない数ではない。

 グズグズしていたら三十郎の危惧するとおり、アッシュロードが雪だるまになってしまうかもしれない。


(ま、ここは俺に任せな)


 雇い主が黒い(こしら)えの曲剣を引き抜いたのを見て、用心棒が囁いた。

 そして何を思ったか懐手のまま物陰から出て、侍の()()に向かって()()()()と歩いて行く。


(お、おい!)


 呼気を盗まれ、ドーラは止める間もない。


 ズンチャチャチャッ♪

 ズンチャチャチャッ♪

 ズンチャチャチャッ♪


 そして呼気を盗まれたのは、回廊を封鎖している侍たちも同様だった。

 いきなり現れ、悠然と近づいてきた素浪人に虚を衝かれ、誰何(すいか)することすらできなかった。


「室戸に会いたい」


 室戸? 誰だ、それは? ――と、侍たちが思わず顔を見合わせてしまった刹那、三十郎の刀が鞘走った。

 目に留まらぬ居合いの斬撃が、瞬く間に七人の侍の命を断つ。


 ドーラは目を見張った。

 マスター忍者の自分に当て身を喰らわせ、昏倒させたほどの腕前だ。

 並みの遣い手ではないことはわかっていたが、これ程とは。

 自分がマスター(達人)なら、この男もマスター(達人)

 紛れもなく、サムライマスターだ。


「まったく、とんだ殺生だぜ」


 ビュッ! と勢いよく刀に血振りをくれると、三十郎が零した。

 そして刀を鞘に戻し、


「行くぜ」


 何事もなかったように、氷結した回廊を北に向かって歩き出す。


 ズンチャチャチャッ♪

 ズンチャチャチャッ♪

 ズンチャチャチャッ――ジャジャッジャン♪



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― 新着の感想 ―
[一言] グレイなら、雪だるまになってもそのまま動けそうな気がするんですがw
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