RUN
わたしたちは……凍りついていました。
それもトリニティさんの放った氷の魔法によってでなく、眼前に広がる惨状のために……。
リーンガミル出身の魔術師 にしか扱えない絶対零度の呪文の余波よりも、苦悶の表情を浮かべたまま石像と化した騎士や、巨大な “妖獣” に取り込まれた挙げ句、デスマスクのような無機質な顔に変貌した従士たちの方が、はるかに心を凍てつかせたのです。
中央突破・背面展開からの包囲戦術で、拠点に来襲した群れの大半は殲滅しました。
しかしその犠牲は大きく、三〇人以上の騎士や従士が石にされ、さらに一〇人程が膨張した “妖獣” に呑み込まれてしまいました。
石化した人はまだ治療が可能ですが、呑み込まれ同化されてしまった人は蘇生することも叶いません……消失です。
「負傷者をすぐに救護所に後送しろ!」
「いかん! “妖獣” は人間に寄生する! 負傷した者は絶対に拠点にいれるな! 救護所から “聖水” を輸送させて、この場で治療しろ! 事後観察して安全が確認されるまで隔離だ!」
大柄な第二小隊長さんの命令を、小柄なトリニティさんの厳命が打ち消しました。
そして声を鎮めて、
「……まだ奴らの寄生の方法がわからんのだ。傷口から微少の寄生虫を送り込んでいるのかもしれん。命懸けで戦ってくれた皆にはすまないが」
「……そういうことでしたら、部下たちは全員剣に誓いを立てた者、これから立てようと志している者たちです。不満など持ちません」
「治療の必要のない者には “妖獣” の死体を焼かせろ。油はないが、海藻の燃料を上手く使えばできるはずだ」
まるで消沈する暇を与えぬかのように、トリニティさんが次々に命令を下します。
「ライスライト」
「は、はい」
「おまえは石化された人間を調べて治療する順番を決めてくれ。優先順位は――」
「まず魔法使い。次にレベルの高い順――ですね?」
「そうだ」
「無傷の分隊をお貸ししましょう。彼らを使って石にされた連中を一箇所に集めてやってください。その方が何かと効率がいい」
トリアージを任されたわたしに、第四小隊長さんが申し出てくれました。
わたしはありがたくその申し出を受け入れ、早速作業に取り掛か――。
「伝令! 第三小隊長殿より、レイン閣下に伝令!」
――ろうとしたとき、息せき切って従士と思しき人が駆け込んできました。
「『地底湖から魔物の大群が襲来。数は敵が七分に湖が三分』、『地底湖から魔物の大群が襲来。数は敵が七分に湖が三分』――以上であります!」
「そっちもか!」
伝令を聞くなり、トリニティさんがハッとして地底湖を振り返りました。
そういえば戦いが始まる直前まで鳴り響いていた東からの金鼓の音が、いつの間にか聞こえなくなっていました。
「わたしが行く! その数ではわたしでなけば無理だ!」
「いえ、トリニティさんはここに残ってください!」
走り出しかけたトリニティさんを叩きつけるような口調で制します。
「“妖獣” の後始末は、戦う以上に慎重になる必要があります! それにはあなたの知識が必要です!」
トリニティさんは灰になっていたときに “妖獣” の姿を幻視しています。
“妖獣” の知識があり、その怖ろしさを本能で感じたことがあるのです。
なにより――。
「あれが死んでいるとは限りません! もし仮死状態に陥っているだけなら、復活する危険があります! その時こそ、あなたの力が必要になるときです!」
それは奇しくも、トリニティさんから掛けられたのと同じ意味合いの言葉でした。
巨大な氷像と化した “妖獣” が、死んでいるとは限らないのです。
あれが再び活動を始めたら、トリニティさん以外の誰にも抑えられません。
「パーシャ! フェルさん! 魔法はまだ残っていますか!?」
「三分の一なら!」
「わたしもそれぐらい!」
「十分とは言えませんが、それでやるしかありません! ――レットさん、ジグさん、カドモフさん!」
「ああ、俺たちならまだいける」
「へっ、レベルアップの足音が聞こえてくるぜ」
「……ドワーフの男は、戦いを否みはせぬ」
「――トリニティさん、東の応援には “フレッドシップ7” が行きます」
「我が四小隊四分隊も、聖女様に御一緒させて頂きたく思います!」
分隊長さんのひとりが力強く志願してくれました。
第二小隊長さんがトリーアジの手伝いに付けてくださった分隊です。
「我ら第四小隊第一分隊も御一緒しますぞ、聖女様!」
他にも負傷者の少なかった分隊がもう一隊、同行を申し出てくれました。
どちらも予備隊として後から戦闘に参加した第四小隊の分隊で、所属している騎士や従士の方は意気軒昂で士気は旺盛でした。
「わかった。おまえたちに頼もう――火急速やかに東側の増援に向かってくれ」
“フレッドシップ7” とほぼ無傷の二個分隊が一斉に駆け出しました。
迷宮でも戦場でも、最重要なスキルは何よりも走ること――走り続けられることです。
走れなくなったときが死ぬときなのです。
わたしたちは、まだ走れます。
いえ、走らなければならないのです。
だから、RUN! RUN! RUN!
探索者と騎士・従士、合わせて三〇名の集団は、全力で拠点を突っ切り東の防衛戦を目指します。
拠点の中心にある “帰還の広場” を横切るとき、チラリと視線が走りました。
もしかしたら、あの人たちが戻ってくるかも――と思ったのです。
しかし、わたしの淡い期待は期待のままでした。
広間に一陣の風が吹くことも閃光が走ることもありません。
(――わかっています、アッシュロードさん! 他力本願は最後の手段ですよね!)
まだ最後の手段を採るときではないのです。
今はまだ自力本願のときです。
わたしたちは拠点の中心で直角に東に折れ、地底湖の湖岸に殺到しました。
視界に広がったのは、湖面を覆い尽くすように林立する “動き回る海藻” の大群と、さらにはその間に見え隠れする海竜―― “壕の怪物”!
立ち向かう、近衛騎士とその従士たち!
さあ、血肉よ湧き躍れ!
“湖岸拠点” 防衛戦、第二ラウンドの開始です!







