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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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戦術

 戦いは当初、わたしたち防衛側が優勢でした。

 呪文と加護と剣槍を効果的に組み合わせた戦術が、知性を持たない “妖獣(THE THING)” の群れを圧していたのです。

 ですが戦いが長引くにつれてその勢いに翳りが見え始め、次第に “妖獣” 側が盛り返してきました。

 “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” の実に五倍という驚異的な回復力が、持久力の差となって現れてきたのです。


「――小隊長さん」


 わたしは、声を()らして死闘を演じる部下たちを叱咤している第二小隊長さんに近づき、出来るだけ目立たぬように具申しました。


「予備隊を投入すべきです」


 現在 “妖獣” たちと斬り結んでいる第二小隊の後方には、同程度の戦力を有する第四小隊が待機しています。

 それを投入して、このまま消耗戦に引きずり込まれるのを避けなければ。


「聖女さま――いやしかし、この戦場の広さで二個小隊は」


 第二小隊が “妖獣” の群れと斬り結んでいる前線は、東西四区画(ブロック)

 実測距離で四〇メートルしかありません。

 そのわずかな空間で、一五〇人もの騎士と従士が長大な剣槍を振るっているのです。

 ここでさらに同数の兵力を投入すれば混乱するだけだ――と戦場経験豊富な小隊長さんは言いたいのでしょう。


「ええ、ですがここは迷宮です。おかしいとは思いませんか? たった四〇メートルの距離しかないのに、一五〇人の騎士や従士がポールアームまで振るっているのですよ? 空間が歪んでいて実際の何倍もの距離があるのです。そして空間が歪んでいるということは時間も歪んでいます」


 わたしは戦場経験は豊富でも、迷宮での戦いの経験はない近衛騎士の小隊長さんに、忍耐強く噛んで含めるように説明します。


「おそらく、わたしたちが戦い始めてから三時間は経っているはずです」


「三時間!」


 驚愕する小隊長さんにうなずき続けます。


「ですからこのまま戦い続ければ、間もなく疲労で動けなくなってしまうでしょう。そうなる前に手を打たなければなりません」


 そしてわたしは一計を囁きました。


「なるほど、それならやれそうだ――伝令!」


 わたしの素人染みた考えを聞いた小隊長さんは即座に細部を手直しし、玄人の作戦として伝令に伝えました。

 わたしはわたしで、パーティの皆を呼び集めます。


「“フレッドシップ7”! 集まってください!」


「どうした、エバ?」


 すぐに集まってきたレットさんたちと、やはり駆け付けてきた第四小隊長さんに、先任の第二小隊長さんが作戦を説明し、それぞれに命令を下しました。


「パーシャ、フェルさん、呪文と加護は残っていますか?」


「もちろん! 使い切るわけないじゃない!」


「わたしもまだ余してあるわ」


「それを全部叩きつける勢いでお願いします。単純な作戦ですが、成功するかどうかはわたしたちに掛かっています」


「作戦は単純(シンプル)な方がいいんだって! 大丈夫、絶対成功する! させてみせる!」


 パーシャが躍り上がるように叫びました。

 小柄な身体から闘志が燃え盛っています。

 まさに “火の玉パーシャ” の面目躍如です。


「あなたに太鼓判を押されると心強いです」


 戦いの経験を積み、ゆくゆくは一軍の軍師として戦場に立つことも目標としているパーシャです。

 そういわれると、気持ちが強く持てます。


「――よし、配置についてくれ! 指示を出したら一気に頼む!」


 わたしたちはうなずき、後方に控えていた第四小隊と共に配置に着きました。

 そして、ふたつの小隊の統一指揮を執る第二小隊長さんが間合いを計り――叫びました。


Gust oul(いまだ)! “フレッドシップ7”、第四小隊突撃!」


「召しませ、ホビット氷槍の呪文、いざ馳走!」


 間髪入れず、パーシャが現時点で使える最大の物理攻撃呪文 “氷嵐(アイス・ストーム)” を、戦線中央部を圧している “妖獣” たちに叩きつけました。

 刃のような無数の氷片が外皮を切り刻み、直後に極低温の大気が傷口から噴き出した体液ごと、瞬時に異星の魔物を凍結させます。


「風よ、()き刃となれ!」


 さらにフェルさんが追撃します。

 同様に自身の使える最強の攻撃の加護 “烈風(ウィンド・ブレード)” で、凍結の効果の薄かった個体を次々に細切れにしていきます。


「よし、続け!」


 呪文と加護の絨毯爆撃で “妖獣” たちの横陣に穴が空くと、レットさんが魔法の段平(ブロードソード)を振りかざし、先陣を切って突撃しました。

 すぐさまカドモフさんとジグさんが左右後方に続き、敵陣に空いた穴をさらにこじ開けます。


「探索者に後れを取るな! 第四小隊、突撃!」


 そして主力である第四小隊の一五〇人の騎士と従士が、小隊長の号令一下、二列縦隊で “フレッドシップ7” が開けた穴に突入しました。


 横隊で殴り合っていた敵味方の中央を、鋭い槍のような縦隊で一気に突破したのです。

 わたしはその槍の穂先である “フレッドシップ7” と一緒に、“妖獣” たちの直中を駆け抜けました。


「――よし、第一、第二分隊左翼に展開! 第三、第四分隊は右翼だ!」


 全隊が突破を完了すると、すぐさま第四小隊長さんが命令を下します。

 練度の高い近衛騎士の小隊はサッと二手に別れて、“妖獣” たちの背後を(やく)しました。

 小隊を縦隊から横隊に広げて 挟撃するのです。


「やった!」


 わたしは小さく叫びました。

 これが狙いだったのです。

 挟み撃ちは魔物に対しても有効な戦術です。

 前後から攻め立てられては、どんな魔物でも対応しきれるものでありません。

 頭が複数ある “九岐大蛇(ヒュドラ)” でもない限り、制圧されるしかないのです。

 

 実際、戦況は一気に逆転し、押され気味だった味方は勢いを盛り返しました。

 第二小隊が “妖獣” を防いでいる間に、第四小隊が背後から剣や槍を突き立てる。

 “妖獣” の群れは総崩れになり、殲滅は時間の問題となりました。

 わたしは戦棍(メイス)と盾を構えながら、自身は戦いに加わらず周囲に視線を走らせ続けます。


(全滅! 全滅させるのです!)


 拠点の安全のためにも、一匹も逃すことはできません!

 今度こそ確実に、一匹残らずやっつけるのです!


「――あっ!」


 その時、わたしの目が駈け去っていく灰色の背中を捉えました!


「犬が! 犬が逃げます!」


 “妖獣” たちのおそらくはリーダーであるあのシベリアンハスキーが、俊敏な身体を活かして一頭だけ逃げ出したのです!


「まかせて!」


 すぐ近くにいたパーシャが即答しました。

 白兵戦となり強力な呪文が使えなくなっていたので、一息吐いていたのです!


「音に聞け! ホビット神速の詠唱、いざ唱えん!」


 そして唱えられる強力な攻撃呪文!

 魔術師系第六位階に属する、対象とその周辺の酸素を消滅させる “酸滅オキシジェン・デストロイ” です!

 あの “妖獣” が寄生しているのは、魔物でもなんでもなくただの犬!

 加えて “妖獣” 自体にも、魔法への抵抗力はありません!

 一瞬のうちにそこまで判断して、パーシャはこの呪文を選択したのでしょう!

 まさにホビット神速の詠唱です!


「な、なに!?」


 呪文が完成した直後、そのホビットが快哉を叫ぶどころか驚愕と畏れに両目を見開きました!

 酸欠になって倒れるはずの犬が、即死するどころか灰色の外皮を破って何倍にも膨張したのです!

 理由も理屈もわかりません!

 ただ酸素を失ったことによって、異星の魔物は激烈に活性してしまったのです!



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[一言] 中央突破からの背面展開による包囲殲滅陣はロマン!
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