妖獣犬★
カンカンカンッ! カンカンカンッ! カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ――。
打ち鳴らされる金鼓の音。
拍子は、三打ち、三打ち、三流し。
城塞都市 “大アカシニア” では、迷宮から魔物が溢れ出たときに発せられる警報です。
忘れもしません。
あの “火の七日間” は、このリズムから始まったのです。
そしてここ “湖岸拠点” で、その意味するところは――。
「ついに来たわね! この拠点に寄せてくるなんて良い度胸じゃない!」
「むしろ、遅すぎたくらいだな」
「全員、武装して南だ!」
レットさんの指示に、全員が一斉に自分の武具に飛びつきました。
これまでにも東側の水辺から “動き回る海藻” が這い寄ってくることはありました。
ですがそれは植物系の魔物だからです。
少しでも危険を察知する本能がある動物系の魔物が、二〇〇人を超える騎士や従士が防備を固めている拠点に近づくことはありません。
お互いの領域が不明瞭だった召喚直後には、“大蛇” が迷い込んでくるようなこともありましたが、それも今は絶えて久しいハプニングとなっていました。
それが――。
「『大山鳴動してねずみ一匹』という言葉もあります! まずは冷静に状況を確認しましょう!」
わたしは僧衣のうえに鎖帷子を着込みながら、自分に言い聞かせるようにいいました。
無論、周りにいる仲間は充分に経験を積んだ古強者の迷宮探索者です。
わたしに言われるまでもなく、緊張した面持ちながらも装備を身につける手際は落ち着いていました。
手早く武具の装着を終えると、わたしたちは鉦鼓が打ち鳴らされている拠点の南側に走りました。
「――どうした!?」
拠点の最南端に到達すると、先に到着していた騎士たちにレットさんが鋭く訊ねます。
警備に当たっていた分隊の他にも、すでに複数の分隊が押っ取り刀で駆け付けていて、槍の穂先を “永光”の光が届かない迷宮の闇に向けています。
レットさんに訊ねられた分隊長の騎士は、黙って南に向かって顎をしゃくりました。
それは……異様な光景でした。
そこには魔物の大群ではなく、一匹の……一頭の犬がいたのです。
「ねずみじゃなくて、犬かよ」
「でもただの犬じゃないよ。見覚えがある」
「ああ、わかってる。あいつはあの時の犬だ」
交わされるジグさんとパーシャの言葉には、嫌悪感が滲んでいます。
そうです……わたしたちは以前にもあの犬を見たことがあります。
迷宮の闇を背にお座りをする、シベリアンハスキー……。
あれはまさしく “海賊の首領” の愛犬。
海賊たちの要塞から脱出する際に、わたしが打ち殺そうとして果たせなかった犬です。
凶暴な海賊たち以上に、わたしの警戒心を刺激した不気味な犬。
大爆発する要塞から逃げ延び、今日まで迷宮で生き延びてきた犬。
そんな犬が、ただの犬のはわけがありません。
警備の部隊も、突然迷宮の闇から現れた犬に油断をするほど愚かではありませんし、なにより事前にわたしたちの報告を受けたトリニティさんから厳重に指示を出されていました。
『迷宮に存在しているはずのない生物には特に気をつけろ』
――と。
「財務大臣閣下から警告が出ていたのは、こいつのことだろう?」
分隊長の騎士が、やなり緊張の滲んだ声で訊ねました。
「そうです。危険な魔物の徘徊する迷宮で、普通の犬が生きていられるはずがありません。あの犬は――」
わたしが答え終わるより先に、視線の先で不気味な犬がスクッと立ち上がりました。
吠えるわけでも、唸るわけでもありません。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
背中から細い針のような触手を突き出して、鋭い風切り音を立てて大気を切り裂いたのです。
「…… “妖獣” に寄生されています」
風切り音は合図だったのでしょうか。
次の瞬間 “妖獣犬” の背後の闇から、“大蛇” や “大ナメクジ” と言った、第一層に生息する動物系の魔物の大群が姿を現したのです。
しかも、どの個体からもやはり針のように細く鋭い触手が突き出て、うねっていたのです。
「…… “大蛇” が不漁になった原因はこれか」
魔法の戦斧を構えながらカドモフさんがボソリと漏らし、
「どうやらそうみたいね。あたいたちの食料は、みんなあの犬が仲間にしちゃったんだ――ホビットの食べ物の恨みは他の種族の三倍だよ!」
今にも噛みつきそうな顔で、パーシャがうなずきました。
「“騒霊” はもちろんだけど、“塵人” の姿も見えないわね」
「不死属には寄生できないのだろうな。異星からやってきた化物とはいえ、生物は生物ってことだろう」
「つまりは殺せるってこった」
フェルさんが呟き、レットさんが答え、ジグさんが鞘から短剣を抜き放ちました。
“騒霊” も “塵人” も、第一層に出現するアンデッドモンスターです。
その姿が一切見えないということは、レットさんの推察どおりなのでしょう。
異星の生命体とは言え、死んだ生物とは同化できない――。
「まってください。植物はどうなのですか? 藻類は? あれも生きていることには――生命であることには変わりありません」
わたしがハッとしたときです。
拠点の東側から、三打ち、三打ち、三流しの金鼓の音が響いたのです。







